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第17話 特使との茶会、あるいは布地の『説得』

 離れから立ち昇った銀色の魔力柱が、ついに『客』を呼び寄せた。


 昨夜の騒動から一夜明け、フロンティア家の正門には王宮の紋章を刻んだ豪華な馬車が停まっている。

 本館では父やアイリスが、想定外の事態に泡を食って右往左往しているはずだわ。


 「お、お嬢様! 王宮から特使の方がお見えです!

 今、本館の応接室でお館様が冷や汗を流しながら対応していますが、特使様は『あの離れへ案内しろ』と仰っているそうで……!」


 ケイナが息を切らして駆け込んできた。

 彼女の着ているメイド服も、昨夜のうちに私がこっそり魔法糸で強度と光沢を補強しておいたおかげで、走り回っても皺一つ寄っていない。


 「いいわよ。焦らなくても、舞台の準備はとっくに終わっているわ」


 私は、離れの入り口から玄関ホールへと続く床に、一枚の『絨毯』を広げた。

 ショウちゃんから譲り受けた銀糸を、母の魔導針で毛足の長いベルベットのように編み上げた特製品。


 一見するとただの豪華な絨毯だけれど、その裏側には歩く者の魔力波形を読み取り、瞬時に最適なリラックス効果をフィードバックする術式を縫い込んである。

 いわば、踏むだけで強制的に『お直し』される魔法のランウェイだわ。


 やがて、離れの扉が静かに開いた。


 現れたのは、磨き上げられた鎧に身を包んだ王宮魔導騎士団の特使と、見ただけでわかる上質な布で縫製されたマントを着るその随行員たち。

 彼らは一歩足を踏み入れた瞬間、まるで目に見えない温かな霧に包まれたかのように、その険しい表情を緩ませた。


 「これは……。ただの離れと聞いていたが、この空気の密度は何だ」


 (もちろん、出る杭ではなく、出る尖塔で壊せないことをわからせる為よ)


 特使の一人が、驚愕に目を見開いて足元の絨毯を見つめる。


 彼らは百戦錬磨の魔導士だ。

 自分たちの神経が、ただ絨毯を踏んでいるだけで最適化され、戦場での緊張が魔法のように解けていく感覚に戸惑っている。


 「ようこそ、フロンティア家の離れへ。

 大したおもてなしはできませんが、まずはその絨毯で旅の疲れを『脱ぎ捨てて』くださいな」


 私は魔導を大きめで展開し空間ステッチで自動制御されたティーポットを操り、彼らの前に完璧な温度の紅茶を差し出した。


 カップが宙を舞い、それぞれの目の前でピタリと止まる。

 その無駄のない動きは、どんな熟練の給仕よりも洗練されていた。


 「貴女が……ストレイ・フロンティア令嬢か。

 昨夜の魔力反応について調査に来たのだが、これは一体……。

 この部屋の調度品、全てが並の魔導具を凌駕している」


 特使は紅茶の香りに理性を揺さぶられながら、震える手でカップを取った。


 彼らが今まで見てきた貴族の権威は、金と権力で塗り固めたハリボテに過ぎない。

 けれど、この離れにあるのは、四十二年の人生経験と職人魂が産み出した『本物』のホスピタリティ。


 言葉で説明するよりも、この布地一枚、お茶一杯が、彼らにとって何よりの『説得』になるのよ。


 私は彼らの反応を楽しみながら、心の中で漫才師時代の相棒『ディーノ』との古い思い出を反芻していた。

 前世で売れない芸人をやっていた頃、舞台に客が一人しかいない時でも私たちはその一人のために全力でネタを披露した。


 今はその対象が王宮の特使になっただけ。


 最高の衣装と、最高の舞台装置。


 これだけ揃えて、落とせない客なんていないわ。


++++++++


 王宮魔導騎士団の特使は、上品なソファーに包みこまれる体に驚きながら、差し出された紅茶を一口啜った瞬間に彫像のごとく凝固した。

 彼の背筋が不自然なほど真っ直ぐに伸び、瞳には今まで見たこともないような深い休息の色が宿る。


 私の魔導で編み上げた銀糸の絨毯と、概念を視覚で捉えて考える方向性へ固定してから空間ステッチによる適切な魔力循環の相乗効果。

 それは彼らのような神経を擦り減らして戦う魔導士にとって、どんな高価なポーションよりも劇的な効能をもたらしていた。


 「……信じられん。

 体中の魔導回路が、まるでもつれた糸を解くように滑らかになっていく。

 令嬢、貴女は一体どのような魔法をこの茶会に仕込んだというのだ」


 「あら、魔法だなんてそんな。

 ただのシミ抜きみたいなものですよ、特使様。

 皆様の魔力にこびりついた日常の疲れという名の汚れを、この布地とお茶で少しだけ浮かせたに過ぎませんわ。

 美しく整った空間こそが、最も効率的に人を癒やす処方箋になるんです」


 私は優雅に微笑み、前世の不動産の案内バイトや服屋時代に培った『絶対に嘘だと悟らせない笑顔』を崩さずに答えを返した。


 特使の隣で茶を飲んでいた随行員も、今やソファに沈み込みながらカップを持つ手が震えるほど感動に浸っている。

 彼らの意識は、もはや調査や疑念ではなく、この離れが提供する『異次元の快適さ』に完全に支配されていた。


 この世界の魔導士たちは、私と違い既に概念としてルールにより『定められた魔力』という巨大な力を制御するために常に神経を張り詰めている。


 その緊張が糸の結び目のように凝り固まり、本来の能力を阻害していることに誰も気づいていなかった。


 私はそれを、服の裏地を直すような手軽さで、絨毯やティーカップの軌道という『環境のディテール』を通じて解きほぐした。


 多くの言葉はいらないわ。

 彼らもまた、この世界のルールの中で魔導、魔術、魔法、手法や置かれた立場が違ったとしてもプロの『真理を求める表現者』であることには変わりがないもの。


 プロだからこそわかるリアルで語るのが彼らへの敬意でもあるのよ。


 えてして表現者として、疑問を持つ客を自分のペース(間)に引き込むことなど、赤子の手を捻るよりも容易いことだわ。


 さぁ、どうでるかしら?


 「フロンティア家の離れに、これほどまでの魔導技術者が隠れていたとは……。

 王都ルミナ・ガルディアの魔導院ですら、これほど精緻で、かつ『穏やかな』干渉術式は見たことがない。

 ストレイ令嬢、貴女のこの技術、いずれ王宮に報告せねばなるまいな」


 (おそらく、転生チート無しでの概念の再構築はむずかしくってよ?)


 やはり国に仕える上位の魔導技術者は、私が力で『叩け無い』ぐらいの力量を持っている事くらいは、汲み取れるわけね。

 ひとまず『取り込み』に転換したようで、愚者の国でなく一安心ね。


 「まあ、光栄ですわ。

 でも今は、この小さなリフォームを楽しんでいただければそれで十分です。

 この離れは、ようやく私の居場所になったばかりですから」


 丁寧にもてなしを行う私たちに、特使たちは名残惜しそうにしながらも、最後には深々と頭を下げて離れを去っていった。


 彼らが馬車に乗り込む際、見送る私の背後には、本館の陰から青い顔をしてこちらの様子を伺うアイリスの姿があった。


 彼女は、王宮の特使が自分たちを無視して、ただの『出来損ない』であるはずの私に敬意を払って帰っていった光景が信じられないのだろう。


 アイリスの震える肩から、彼女のプライドが音を立てて崩れ落ちる音が聞こえるようだった。

 でも、お義母様。

 貴女の驚きなんて、まだ序の口よ。

 私が直すのは、この部屋の家具や特使の機嫌だけじゃない。

 私自身のこの貧弱な体も、そしてこの腐りかけた家の家計も。

 全部まとめて、私の魔法糸でキリキリと縫い上げて、誰もが二度見するような最高の喜劇に変えてあげるんだから。


 去っていく馬車を見送りながら、私は足元のショウを軽く撫でた。


 銀狐は誇らしげに喉を鳴らし、私の次の指示を待っている。


 特使とのコネクションという太い糸を手に入れた今、私の本格的な生存戦略はここから加速していくことになる。



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