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第15話 離れ、ついに王宮を超える


 本館からの帰路、私の足取りは羽が生えたように軽かったわ。


 手にはフロンティア家の全権を掌握した新約の書。


 そして背後には、アイリスの隠し金庫から徴収した最高級の魔石や伝説の織り手が遺したという幻の絹布が、ショウちゃんの影に飲み込まれて音もなく運ばれている。


 これだけのリソースがあれば、もはや離れを単なる住居として直すだけでは勿体ない。

 私の新しい人生の拠点、そしてこの世界の不条理をすべて綺麗に縫い直すための究極の『工房』へと進化させてあげる。


 「お帰りなさいませ、お嬢様! ……って、ひゃあ!?

 その浮いている影の山は一体何ですか!」


 離れで震えて待っていたケイナが、私の帰還と同時に運び込まれた莫大な財宝の気配に目を丸くしている。

 私は深紅のドレスの裾を優雅に払い母の形見である銀の針を一本、スッと中空に掲げた。


 「いい、ケイナ。

 今日からここが、この国で最も贅沢で、最も安全な場所になるわ。

 本館の連中が指をくわえて眺めるしかないような至高の楽園を仕立ててあげる」


 私は魔導を解放し、概念を視覚で捉えてショウちゃんから提供された最高純度の影銀糸と、接収したばかりの魔石のエネルギーを贅沢に混ぜ合わせ始めた。

 イメージするのは、建物の骨組みそのものを魔法の繊維で編み直し、空間そのものに『意志』を持たせるリフォームだわ。


 かつて服飾専門学校の卒業制作で、服の中に極小のスピーカーやセンサーを仕込みすぎて「お前が作っているのは服か、それとも要塞か」と呆れられたあの時のこだわりが、今、建築というスケールに拡大される。


 私はまず、離れの床下から天井の隅々に至るまで、見えない魔力糸による『神経網』を張り巡らせた。

 ただの補修じゃない。

 建物全体が私の魔力と同期し、侵入者の悪意を察知すれば自動で空間を捻じ曲げて排除する、生ける魔導要塞へのトランスフォームよ。

 イツメンたちがこの光景を見ていたら、きっと「民子、ついにお城のセルフビルドまで始めたのかw」と、画面を埋め尽くすほどの草を放流してくれたでしょうね。


 「ショウちゃん、影の根源をこの家の礎石に流し込んで。

 あなたの深淵の力、この建物の『裏地』として使わせてもらうわよ」


 『……貴様、吾輩を基礎工事の資材扱いにするとはな。だが良いだろう、この家を吾輩の影で満たし、何者も踏み込めぬ聖域へと変えてやろうではないか』


 ショウちゃんが誇らしげに咆哮すると、離れの影が生き物のように壁を這い上がり、柱の一つ一つに繊細なアラベスク模様のステッチを刻んでいった。

 汚れていた壁は瞬時に大理石以上の光沢を放ち、剥げた床は踏むたびに魔力が足裏を癒やす魔法の絨毯へと作り直される。


 (よし、いい感じ。でも、ただ丈夫なだけじゃ二流ね。ここに、王宮さえも嫉妬するような『華やかさ』を付け足してあげないと)


 私は本館から持ち帰った幻の絹布を空中に解き放ち、母の形見のハサミと針で一気に裁断していった。

 窓枠を飾るのは、外の景色を季節に関係なく、最高の彩度で描き出す光学迷彩と環境調節を兼ねた魔法のカーテン。

 天井から吊り下げるのは、私の魔力を光へと変換し、浴びるだけで肌を活性化させる美容効果付きのシャンデリアだわ。


 「あ、ああ……信じられません。

 ここが、あのボロボロだった離れだなんて。

 まるでおとぎ話の中の宮殿に迷い込んだみたいです」


 ケイナが夢見心地で新しくなった壁に触れている。

 当然よ。私のリフォームは、そこに住む人の心まで洗濯して、最高にポジティブな状態へとお直しするのがコンセプトなんだから。


 にわか令嬢による離れの魔改造。


 王宮の建築士が見たら泡を吹いて倒れるような、禁断の針仕事がいよいよ佳境を迎えていたわ。


++++++++


 私は離れの中枢、かつては隙間風が吹き荒れていた暖炉の前に立つ。


 最後の仕上げとして本館から奪取した『極光の魔石』を埋め込んだ。


 その瞬間、張り巡らされた影銀糸に脈動するような魔力が駆け巡り、離れ全体がまるで一つの巨大な生き物のように深い吐息を漏らした。


 ただの建物が、私の魔力とショウちゃんの影を核にして自律した意志を持つ『魔導城郭』へと昇華した合図だわ。


 「……できたわ。

 これこそが、私の魂の楽屋よ」


 私は満足げに室内を見渡した。

 壁は汚れを自動で分解する撥水仕様の魔法テクスチャで覆われ、床は歩く者の疲労度を検知して柔らかさを変える機能性クッションへと進化している。


 転生前の売れない芸人時代、狭い楽屋の隅でパイプ椅子に座り、緊張で酒を飲みたい衝動を抑えながら衣装のほつれを直していたあの頃の私に教えてあげたい。


 四十二歳の執念があれば、異世界のボロ屋敷だって王宮を超える最高級の空間にリフォームできるんだってね。


 「お、お嬢様……。窓の外を見てください!

 庭の枯れ木にまで、光の糸が巻き付いて、真冬なのに花が咲き始めています!」


 ケイナが窓辺で声を上げている。


 当然よ。


 離れから溢れ出した余剰魔力が、周囲の枯れ果てた土地さえも『豊穣』のバイアスで縫い直してしまったのだから。


 だって私がフロンティア。


 フロンティアのストレイよ!


 フロンティア家の本館が、古臭い貴族の虚栄心で塗り固められた煤けた額縁に見えるほど、この離れは今、神々しいまでの輝きを放っているわ。


 『ふむ……。

 貴様、やりすぎだとは言わんが、この魔力の奔流は隠しようがないぞ。

 王都の監視塔にいる連中が、新しい聖域でも誕生したかと勘違いして飛んでくるに違いないな』


 ショウちゃんが私の足元で、自らの影が建物の隅々まで行き届いていることを確認しながら呆れたように、けれどどこか楽しそうに目を細めている。


 イツメンたちがこの光景をリアルタイムで見ていたら、きっと「民子、お前はもう令嬢じゃなくて魔王の住処を作ってるだろw」と、全力で草を生やしてツッコミを入れてくれたでしょうね。


 「いいのよショウちゃん。

 目立ってナンボなのが表現者の宿命なんだから。

 あのお義母様が必死に守ろうとしていた本館なんて、今やこの離れの『物置』程度の価値しかないって、世間に知らしめてあげるわ」


 私は新しく仕立てたばかりのティーセットを空中に浮かせ、自動でお茶を淹れる空間ステッチを作動させた。


 リフォームの醍醐味は、住む人が何もしなくても最高のホスピタリティを受けられること。

 王宮の侍女たちを百人雇うよりも、私の針仕事で一万本の魔力糸を走らせる方が、よっぽど愛想が良くて完璧な仕事をしてくれるんだから。


 しかし、ショウちゃんの予感は的中していた。

 離れから空高く立ち昇る銀色の魔力柱は、もはやフロンティア家の敷地内だけに留まる規模ではなかった。

 闇夜に浮かび上がる豪華絢爛な離れの姿は、遠く離れた王宮のバルコニーからでもはっきりと視認できるほどだったのだわ。


 芸人やデザイナーに『ヤリスギ』は、ある意味、褒め言葉よ。


 少しの才能や主張は叩きたがる人達がいるのを私はよく知ってる。

 それは、四十二歳の年月を経たからわかる、自己防衛本能。


 若い人にはわからないだろうけど、彼ら力や地位をもつものダケじゃなく、普通の平民さえもが『ヤリスギ』を叩きたがるのも私が憎いからだけではなく。

 突出したものが、自分を脅かすもの、秩序を壊すもの、その可能性が怖いのよ。


 だったら、大人しく従順なふりをすれば良いの?


 いや、とんでもない。


 彼らが、みんな全員が叩け無いほど高く大きくなればいいのよ。

 そう、力で抑えきれないなら穏便に『取り込む』しか方法が無いと思わせるの。

 それが乱暴に見えて一番、血を流さんくて良い平和的な解決法なの。

 酸も甘いも体験した前世を持つ私ならハッキリとわかる。


 ねぇ、顔も見たことがない神様。

 そのためにある、私の転生チートなんでしょ?

 だから私は躊躇しないわ。


 昨日寝る前にティーンエイジャーを転生させなかったのは何故かって考えたの。

 いくら外見が若くとも、四十路をベースに心が1つになっている現状をね。


 だってラノベになっても四十二歳の心を持つおんな芸人の転生なんてメイン読者層に共感を呼ばないから嵌まらないもの。


 それに悪人だけでなく、それぞれに理由がある敵対者さえ酌量無しで、いっぱい殺してカタルシスは四十路を体験した私にはトラウマなのよ。

 そういうのが良いなら十代の学生を転生させることね。


 「さて、ケイナ。明日からは忙しくなるわよ。

 この家の本当の主が誰なのか、そして『お直し』された新しい世界の美しさがどれほどのものか。王都中の連中にたっぷり分からせてあげましょう」


 私は銀の針を唇に当て、静かに、けれど熱い決意を持って微笑んだ。


 本館のアイリスは今頃、自分の権威が音を立てて崩れていく恐怖に震えているはず。

 でも、私のリフォームはまだ始まったばかりよ。


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