第14話 深夜のピクニック、ターゲットは「本館」
影銀糸でがんじがらめにした刺客? 護衛? とにかく三人をご丁寧に引きずりながら、私はアイリスの寝室へと繋がる豪華な廊下を堂々と歩いていた。
足音を消す必要なんてないわ。
今の私は、身体強化の刺繍と影のコルセットによって、存在そのものが一つの巨大な魔力の渦となっているんだから。
ショウちゃんが私の肩の上で、自らの影が獲物を捕らえている感触を楽しみながら、満足そうに喉を鳴らしている。
『貴様、これではピクニックというよりは、公開処刑のパレードだな。
吾輩の影も、まさか生身の人間を運ぶための梱包材に使われるとは思わなんだ』
「いいのよショウちゃん。
舞台っていうのはね、主役が登場する前の『前振り』が一番大事なの。
これだけ派手な音を立てて歩けば、あのお義母様もとびきりの寝起きの顔を見せてくれるでしょ」
もちろん迷わない。
母が居た時の大切の場所っだったから。
私は寝室の重厚な扉の前で立ち止まった。
ここにも幾重もの鍵と結界が施されていたけれど、今の私にはそんなものは、安物のワンピースに付いている壊れかけのファスナーと同じだわ。
常時展開中の魔導から伸びる糸と銀の針を一本取り出し、空間のバイアスをほんの少しだけ『お直し』してあげる。
パチンと、何かが弾けるような音がして、フロンティア家で最も強固と言われた扉が、私の指先一つで呆気なく左右に開かれた。
室内には、高級な香油の香りと、贅を尽くした天蓋付きのベッド。
そこには、今まさに何事かと起き上がったばかりの継母、アイリスがいた。
彼女は自分の隠密部隊が芋虫のように縛り上げられ、死んだはずのストレイが深紅のドレスを纏って立っている光景を見て、顔を紙のように白く染めた。
「な、何事ですか! 衛兵! 誰か、この狂った娘を……!」
「無駄よお義母様。
外の衛兵たちは今、私が仕掛けた『心地よい眠りのステッチ』に包まれて、夢の中で最高の宴を楽しんでいるわ。
それよりも、この帳簿の話をしましょうか」
私は小脇に抱えていた黒革の帳簿を、アイリスの足元に放り投げた。
それは彼女がフロンティア家の資産を私物化し、実母の遺産を闇市場へと横流ししていた動かぬ証拠。
帳簿が床に叩きつけられる音は、彼女が積み上げてきた虚飾の城が崩れ落ちる音でもある。
かつて『ワイワイ放送』で、酔っ払った深夜のノリでバイト先の裏事情をネタとして暴こうとしたことがあったけれど。
あの時は、イツメンに「民子、マジやめとけw」ってガチツッコミ入れられて強制終了して、タイムシフトも閲覧禁止にしたことがあったわね。
でも、今の私を止める人間はこの世界にはいない。
イツメンたちが画面越しに「民子、その感情は芸にぶつけろ!」と草を生やして叫んでいたあの熱量が、今の私の背中を強力に押し上げている。
「……ストレイ、貴女、どうして。
毒を、あのスープを飲んで……死んだはずでは」
「残念だったわね。
あんな不味いスープ、私の魔力で最高に美味しい栄養剤にリフォームして飲み干してあげたわ。
おかげで今の私は、これまでの人生で一番、絶好調なのよ」
私はアイリスの目の前まで歩み寄り、不敵に微笑んだ。
彼女の放つ恐怖のバイアスを、私は銀の針で優しく撫でるようにして、絶望という名のテクスチャへと書き換えていく。
にわか令嬢の夜のピクニック。
目的地である『本館の心臓部』に到達した今、ここからが本当の『お直し』の始まりだわ。
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アイリスは絶望に顔を歪めながらも、その震える手でベッドの脇にある隠し引き出しをこじ開けた。
中から取り出されたのは、禍々しい赤黒い輝きを放つ一枚の羊皮紙。
それこそが、彼女が実母を亡き者にした後にフロンティア家の家督を強引に奪い取った、血の呪印が刻まれた『血塗られた契約書』だった。
明らかに母は呪いの系統で弱って亡くなった。
もちろん、目の前の義母に呪い殺されたのだ。
この場で、殺すのは簡単だ。
ただ、死は救済でもあるのよね。
偽装工作も完璧で、ラノベの世界と違い現実の世界で母の死の責任を問うことは難しいのは幼いストレイにも私にもわかる。
だから、やるべきは現状を『お直し』して正しき方向に。
じゅうぶん償う理由は沢山あるわ。
あなたに安らかな死は似合わない。
「ふ、ふふ……ストレイ、貴女がどれだけ小賢しい手品を覚えようと、この契約がある限り私はこの家の絶対的な支配者なのよ!
この呪いの糸が、貴女の魂を縛り上げ再び奈落の底へ叩き落としてくれるわ!」
彼女が叫ぶと共に契約書からおびただしい数の赤い触手が噴き出し、蛇のようにのたうちながら私へと襲いかかってきた。
物理的な攻撃じゃない、これは因果そのものを縛り付ける運命の糸だわ。
普通の人間なら、その糸に触れた瞬間に意志を奪われアイリスの言いなりになる人形に変えられてしまうでしょうね。
けれど、魔導を解放し影銀糸のコルセットで魔力視覚を極限まで研ぎ澄ませた私の目には、その呪いの糸の『致命的な欠陥』が、あまりにも鮮明に映っていた。
強引に継ぎ接ぎされた呪文、無理やり引き伸ばされた誓約。
それはまるで安物の生地を無理やり高級ブランドの型紙に押し込めて糸が悲鳴を上げているような無惨な仕立てだったわ。
「……あら、そんなに力まなくてもいいのに。
お義母様、この契約書、サイズが全然合っていないわよ。
あちこち、ほつれて中の醜い欲望が丸見えじゃないの」
私は、襲いかかる赤い糸の波を舞うようなステップで軽やかにかわした。
コルセットが私の動きを最適化し重力さえも私の味方につけてくれる。
私は、展開した魔導を視覚化し世界を構成していく空中で銀の針を閃かせ契約書から伸びる呪いの糸の『主糸』を正確に捉えた。
「ショウちゃん、力を貸して。
この古臭い契約、今すぐ最新のトレンドにリフォームしてあげるわ!」
『心得た! 吾輩の影で、その歪んだ因果の目を完全に塞いでやろう!』
私の銀の針とショウちゃんの影が、空中で複雑な幾何学模様を描き出す。
私は契約書に刻まれた『血の呪印』を、あえて破壊するのではなく、概念の再構築という『お直し』で、その『意味』を書き換えることにした。
私を縛るための鎖を、アイリス自身の罪を縛り上げる戒めへと縫い直す。
かつて『ワイワイ放送』で、私に放送禁止寸前の過激なコメントを吐く、突然現れたアンチリスナー。
ボタンひとつで沈黙へと置換したあの時のように。
ワイワイ放送運営の開発した神フィルターを思い出しながら。
魔導が不可視の概念を捉えて視覚に映し出す。
一針、二針。
私が因果の針を刺すたび、赤い糸は清らかな銀色へと浄化され、その矛先をアイリスへと向け直した。
「な、何をしているの!?
私の契約が、私を……! 止めて、止めなさいストレイ!」
「いいえ、これは止められないわ。
一度通った針は、最後まで縫い切るのが仕立て屋の流儀なの。
この汚れた契約、私が洗濯して綺麗に縫い直して、真実の持ち主へとお返しするわね」
最後のひと針を、契約書の中心にある家紋へと突き刺した瞬間。
アイリスを包んでいた豪華な魔力が霧散し、彼女はただの、欲にまみれた中年の女へと成り下がった。
血塗られた契約書は、今やフロンティア家の正当な継承権が私にあることを証明する、光り輝く『新約の書』へと生まれ変わっている。
なにか、この構図だと私が悪者のようで笑いそうになる。
ただ、私は奪われた正しい権利を元に戻しただけで奪ったのは目の前にいる派手なおばさんといっても前世の私より若いかもだけど。
だめ。笑いそう。
私は崩れ落ちるアイリスを見下ろし、ラノベで出てくる悪徳貴族のように静かに、けれど勝利を確信した笑みを浮かべた。
本館でのピクニックは、期待通りの大戦利品を得て幕を閉じる。
さあ、これであのボロボロだった離れを、本物の王宮さえも霞むような至高の楽園にリフォームする準備が整ったわ。




