第12話 魔法のコルセット開発計画
身体の芯を通る影銀糸が、私の魔力回路を心地よく締め付けている。
かつて四十二歳の身体で、舞台の合間に必死で腰痛ベルトを巻いていたあの悲哀はどこにもない。
今の私は、魔力の流れを物理的に矯正することで、本来この『ストレイ』という少女が持っていたはずのポテンシャルを強引に引き出している。
でも、これだけで満足するほど私のお直しは甘くないわよ。
「いい、ショウちゃん。
影の糸っていうのは、ただ強ければいいわけじゃないの。
重要なのは、その『弾力性』と『復元力』。激しいダンスを踊っても型崩れしない、最高級のスパンデックスのようなしなやかさが必要なのよ」
『……スパンデックスだと?
貴様の語る語彙の半分は理解不能だが、要するに吾輩の影をもっと柔軟に、かつ強靭に織り上げろということだな。
注文の多い女だ』
ショウちゃんは不機嫌そうに尻尾を振りながらも、その四肢から溢れ出す影の質をより高密度に変化させていく。
私は魔導を発動させてその影を銀の針で掬い上げ、今度は自身の肌に最も近い場所、つまり下着として機能するコルセットに編み込み、私の神経系と魔力回路を直接バイパスする術式を構築する。
イメージするのは、単なる補正下着じゃない。
脊椎を保護し、内臓の魔力代謝を活性化させ、さらには外敵からの物理衝撃をすべて魔力へと変換して吸収する、究極の『パワード・ランジェリー』だわ。
悶々とした売れない芸人時代にノートに書き殴った『ワイの考えた最強ランジェリー』がこの世界で花開こうとしているわ。
かつて服飾専門学校の卒業制作で、あえて見えない裏地に全精力を注ぎ込み、講師から「お前は変態か」と呆れられたあの情熱が、今、異世界の魔法技術と融合して現実化している。
「お嬢様、その……あまりにも細かく、複雑な模様が刻まれていて、見ていて目が回りそうです。
そんな小さな針一本で、どうしてそこまで精密な作業ができるのですか?」
「ケイナ、大事なのは手元を見ることじゃない。
糸が次にどこへ行きたがっているか、その『声』を聞くことよ。」
(売れない漫才コンビ時代の相方、ディーノに衣装を作っていた時は、彼のだらしない贅肉の声を聞くのが一番の苦労だったわ)
私は冗談めかしてケイナの問いに答えながらも、魔導を展開して糸を合成しながら針を動かす速度は一切落とさない。
一針ごとに、影銀糸は私の魔力を吸って黄金色の輝きを放ち、やがてそれは物理的な実体を伴った漆黒のコルセットへと姿を変えていく。
布地としての柔らかさを保ちながらも、おそらく、その強度はドラゴンの鱗さえ凌駕するはずよ。
逆にこれよりドラゴンの鱗が凄いなら概念がねじ曲がってるわ。
(よし、これ。このテンション、この手触り! まさに理想の『第二の骨格』だわ!)
かつて『ワイワイ放送』で、百円ショップのサポーターを組み合わせて、見た目だけは強そうなプロレスラーの衣装を作った『イベント放送』あの時の達成感。
イツメンたちが画面越しに「民子、それ絶対に動きづらいだろw」と草を生やしていたけれど、今のこれは違う。
むしろ、着ていることを忘れるほど身体の一部として馴染み、私の意志をダイレクトに魔術現象へと変換する増幅器。
私は完成した漆黒のコルセットを手に取り、不敵な笑みを浮かべた。
これを装着すれば、身体的なデバフはすべて無効化され、私の『にわか魔法』は真の意味で完成する。
本館のアイリスたちが、私を毒で弱った哀れな令嬢だと思い込んでいる間に、私はこの離れで最強の武装を完了させてやる。
理由は単純、単純なシナリオで次に行うのは、力の行使だから。
今までさんざんベタな展開できているのだから、きっと彼らは仕掛けてくる。
「さて、ケイナ。試着室の準備をして。
これから、この世界で一番贅沢で、一番危険なお着替えタイムを始めるわよ」
私はコルセットの紐を引き絞るように、自身の魔力を指先に集中させた。
銀の髪が魔力の余波でふわりと浮き上がり、離れの空気が一気に張り詰める。
さあ、舞台衣装の準備は整ったわ。
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私はケイナに手伝わせ、完成したばかりの漆黒のコルセットを身に纏った。
影銀糸で編み上げられたその生地は、肌に触れた瞬間に意志を持つ生き物のように私の曲線へと吸い付く。
背中の紐をケイナが力いっぱい引き絞ると、私の脊椎に沿って刻まれた魔力のステッチがパチリと音を立てて噛み合い、滞っていた魔力が濁流となって全身を駆け巡った。
「……っ、これはすごいわ。
身体が、まるで真空パックされたみたいに研ぎ澄まされていく」
私は鏡に映る自分を直視した。
銀色の髪は魔力の高まりに呼応して淡く発光し、病弱だったストレイの瞳にはかつてない生命の炎が宿っている。
このコルセットは単に姿勢を正すだけじゃない。
私の呼吸一つ、鼓動一つを魔力の振動へと変換して、身体能力を物理限界までブーストする『外骨格』そのものよ。
かつて『ワイワイ放送』で、深夜のハイテンションに任せて、ダンボールとガムテープで自作のロボットスーツを着て暴れ回ったことがあったけれど。
あの時の滑稽な姿とは正反対の、洗練された死の香りが漂う美しさがここにある。
イツメンたちがこの姿を見たら、きっと「民子、お前はもうどこか遠い宇宙へ行ってしまったのか」と草を生やしすぎて画面を緑色に染めてくれたでしょうね。
『ふむ……吾輩の影をここまで完璧に御するとは。
そのコルセット、もはや防具というよりは、世界を縛り上げる拘束具に近いな。
貴様、その力で何をするつもりだ』
ショウちゃんが足元で金色の瞳を細めて私を見上げている。
私はコルセットの締め付けによる心地よい緊張感の中、不敵に笑って見せた。
「決まっているでしょ。
まずは、この家を蝕んでいる『不当な契約』という名の汚れを落としに行くのよ。
ショウちゃん、あなたの影を少し貸して。このコルセットの出力を最大にして、本館の防衛結界の継ぎ目をこじ開けてやるわ」
私は離れの窓から、虚飾に満ちた本館の明かりを睨みつけた。
あそこには、アイリスが贅沢三昧のためにフロンティア家から吸い上げた富と、それを正当化するための歪んだ帳簿が眠っている。
にわか令嬢の私にとって、それらはすべて『直すべきシミ』に過ぎない。
「ケイナ、留守番をお願い。
戻ってくる頃には、この離れの生活費を百年分くらいは確保してきてあげるから」
「お、お嬢様……お気をつけて。
今のあなたなら、ドラゴンだって素手で解体してしまいそうです」
ケイナの言葉を背に、私は夜の闇へと躍り出た。
コルセットが私の意志を汲み取り、脚部の筋肉を爆発的に収縮させる。
一歩。
ただの一歩で、私は離れから本館の裏庭へと、重力を無視した軌道で跳躍していた。
風を切る音さえ置き去りにして、私は本館の壁を垂直に駆け上がる。
狙うは、アイリスの自室に繋がる秘密の隠し通路。
そこに張られた高位の防衛結界も、私の魔力視覚からすれば、ただの『安物のレースカーテン』と同じよ。
さあ、夜のピクニックの始まりだわ。
にわか令嬢が、この家の家計を根本からリフォームしてあげる。




