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第11話 ショウちゃんの恩返しは「最高級の糸」


 ショウちゃんがその肉球の下から紡ぎ出したのは、この世のどんな絹織物よりも深く、それでいて触れれば指が透けてしまいそうなほど繊細な漆黒の糸だった。


 影そのものを物理的な繊維へと変質させる、伝説の魔獣ならではの業。


 けれど、そのままではただの『影の塊』に過ぎないわ。


 これを実用的な素材として定着させるには、私というプロデューサーの手腕が不可欠なの。


 「いい、ショウちゃん。

 その影のバイアスをもう少し右に寄せて。

 テクスチャの密度を一定に保たないと、縫っている途中でほつれちゃうでしょ」


 『……貴様、吾輩の影を、その辺の安物の綿糸と同じように扱うなと言っているのだ。

 これ一本を維持するのに、どれほどの魔力制御が必要だと思っている』


 「文句を言わない。

 売れない漫才コンビ『ぐーちょきぱー』の元相方、ディーノの方がまだ素直に指示に従ったわよ。

 ほら、そこに私の銀の針を刺して……因果の目打ちを叩き込む!」


 私は魔導を展開して母の遺した魔導針を電光石火の速さで操り、ショウちゃんの紡ぐ影の糸に、私自身の銀色の魔力糸をらせん状に絡ませていった。


 漆黒と銀色が混ざり合い、月の光を浴びて妖しく明滅する。

 これこそが、かつて服飾専門学校の特別講義で耳にしたことがある、物質と概念を同時に縫い合わせる『虚実混紡』の技法だわ。


 にわか魔法使いの私には難しい理論なんて分からないけれど、要するに性質の違う二つの糸を、喧嘩しないように仲良くより合わせてあげればいいだけでしょ。


 (……よし、手応えあり。この糸、強度は鋼鉄を超えて、重さは空気よりも軽い。まさに最強の『機能性素材』じゃない!)


 かつて『ワイワイ放送』で、ビニール袋とガムテープを組み合わせて、見た目だけは防弾仕様に見える舞台衣装を『イベント配信』で作ったことがあったわね。

 家にあそびに来ていた芸人仲間にテニスボールを思いっきり当てて貰って強靭性をはかるオチでマジで息が詰まってノタウチマワッたのは思い出したく無いわ。

 あの時は見た目だけのハッタリだったけれど、今の私の手元にあるのは、本物の物理法則さえ書き換えかねない究極の素材。

 イツメンたちが画面越しに「民子、お前はもうその糸で世界を縛り上げろ」と草を生やして叫んでいたあのノリが、今まさに形になろうとしている。


 「お嬢様、その糸……見ているだけで吸い込まれそうです。

 こんなに禍々しいのに、どうしてこんなに美しいのでしょうか」


 ケイナがうっとりとその輝きを見つめている。


 恐怖を美しさが上回る。

 それは、演出家として最高の賛辞だわ。

 私はその完成したばかりの『影銀糸』を指に巻き付け、満足げに微笑んだ。


 「この糸があれば、昨日仕立てたドレスの性能をさらに十倍は引き上げられる。

 でも、ただ外側を飾るだけじゃ二流ね。

 一流の表現者は、見えないところにこそ最高の技術を仕込むものよ。

 ねえ、ショウちゃん。

 あなたの影、もう少しだけ『弾力』を強められる?」


 『……弾力だと?

 吾輩の影をゴムか何かと勘違いしていないか?』


 「いいからやりなさい。

 次は、私のこのひ弱な器を物理的に支え、魔力の循環を強制的に最適化する、究極の『補正下着』コルセットを作るんだから」


 私は離れの床に腰を下ろし、新しい型紙を空中に描き出した。


 狙うは、ストレイという少女の細すぎる腰回りと、滞りきった魔力の中枢。


 内側から身体を縫い直し、絶望を希望へと強制リフォームする。

 にわか令嬢の逆襲は、ついにその『芯』の部分へと手を伸ばし始めた。


++++++++


 影と銀が混ざり合った未知の繊維は私の指先で生命体のように脈動している。

 ショウちゃんが提供してくれたこの『影銀糸』は、ただの素材じゃないわ。


 概念の定着性が凄まじく高いので何にでも応用が効き、持ち主の魔力を吸い込んでその強度を自在に変える、まさに意志を持つ布地も簡単さくせい。


 私はその糸を銀の針に通し、魔導を発動し巧みな動きで自分の肌に直接触れる薄手の絹布へと滑らせていった。


 「いい、ショウちゃん。その影の密度を一定に保ちなさい。

 ここからが一番繊細な『 芯地(しんじ)』の埋め込みなんだから」


 『……貴様、吾輩をなんだと思っている。

 この影の一本一本は、本来なら城壁をも断ち切る鋭利な刃なのだぞ。

 それを肌着の補強に使うなど、正気の沙汰ではない』


 ショウちゃんは不満げに喉を鳴らしながらも、私の指先の動きに合わせて完璧なテンションで影を供給し続けてくれる。

 なんだかんだ言って、この洗濯されたての神様、私のようなプロの仕事には理解があるみたいね。


 私はストレイの背骨のラインに沿って、魔導で合成した影銀糸で螺旋状の刺繍を刻み込んでいった。

 狙うのは、母がなくなってからの仕打ちで滞りきった魔力のバイアスを強制的に矯正する、魔法の『コルセット機能』だわ。


 かつて『ワイワイ放送』で、猫背のイツメンのために、着るだけで背筋がピンと伸びる『魔法のTシャツ』を自作配信したことがあった。

 あの時は背中に入れた鉄板に市販のゴムバンドを縫い付けただけだったけれど、今の私は本物の因果の糸を操っている。


 一針通すごとに、私の身体の奥底で眠っていた魔力の澱が、影銀糸に吸い込まれて浄化されていくのが分かった。


 「お嬢様、背中の刺繍が……まるで生きているみたいに動いて。

 お嬢様の身体そのものが、今までよりずっと、こう、凛として見えます」


 「当然よケイナ。美しさは骨格から。そして強さは、見えない裏地から生まれるものなの」


 仕上げに腰回りを一周するように、影の糸で強固なサポーターを縫い上げた。

 その瞬間、私の視界がパッと開けた。

 身体の重だるさは完全に消失し、指先から足の先まで、まるで一本の研ぎ澄まされた鋼が通ったような、圧倒的な安定感が宿ったわ。


 これが、にわか令嬢の自己リフォームの到達点。

 病弱という名の『質の悪い生地』だった私の身体が、今、最強の『機能性素材』へと生まれ変わったのよ。


 私は立ち上がり、軽くその場で跳躍してみた。


 身体強化の刺繍下着と、この影銀のコルセット。

 二重の補正によって、私の身体能力はもはや人間の域を軽々と越えている。

 試しに指先で空中のバイアスを弾いてみれば、その微震だけで離れの窓ガラスが共鳴して鳴り響いた。


 『……ふむ。吾輩の影をここまで使いこなすとはな。

 そのコルセット、もはや防具というよりは、世界を縛り上げる拘束具に近いな。

 貴様、その力で何をするつもりだ』


 「あら、ショウちゃん。

 それ、最高の褒め言葉として受け取っておくわ。

 世界なんていう大きな風呂敷、広げるのは得意なのよ」


 私は不敵に笑い、自分自身の新しい『芯』を確かめるように拳を握り締めた。

 本館のアイリスや、無能な父親。


 少し前のTVドラマで「何倍返しだ!」というフレーズが流行ったけど、私が行いたいのは復讐ではなく、『お直し』よ。

 それが結果的に何倍返しになる事はあるけど、つまり私は本来のあるべきところに戻すのが私がコチラで目覚めた使命なんじゃないかって思えるの。


 だから彼らが私に押し付けようとした『悲劇のヒロイン』という型紙は、もうズタズタに切り裂いて捨ててやったわ。

 次に私が仕立てるのは、この離れから始まる、最高に痛快な逆転劇の台本よ。


 「さて、身体のメンテナンスは完璧。

 次は、この溢れる魔力を使って、あのお義母様へのとびきりのサプライズを準備しましょうか」


 私は裁縫箱を閉じ、夜のしじまに包まれた本館へと視線を投げた。


 にわか令嬢の反撃は、ここからが本番だわ。



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