最初の一歩がもうミスチョイス
突然だが、今を生きる現代人にとっての一番の平和とはなんだろうか?
お金持ちになって何不自由なく裕福な暮らしができること。
戦争という理不尽な争いの概念が存在しない世界で生き抜くこと。
周囲からの評価などお構いなしに、自分がやりたいことだけを実行して好き勝手に過ごすこと。
このように、考えようによってはスケールがでかくなったり、もっと限定的に考え方を狭めれば身近な意見が挙げられるだろう。毎日ラーメン食えて幸せ、みたいな素朴な感じで。
個人の平和は十人十色で、様々な形がある。それを否定するつもりはないし、好きに自分だけの平和を描けばいいと思う。
ただ、敢えて俺個人から言わせてもらうことがあるとすれば、誰も彼もが欲深いのではないかと思うのだ。
これは完全に俺の持論だが、平和とは何も求めない状態のことを言い表すのではないだろうか。
……いや、その言い方には少し語弊があるだろうか。
何も求めないというか、何もないことこそが平和。誰からも注目を浴びることなく、平々凡々な日常にすっと溶け込むのだ。
それはさながら水の中をゆらゆら泳ぐ魚や、草木に混じる虫のように。
そしてそれは俺自身も例外ではなく、少なくとも中学卒業をするに至るまでは、緩い日常に潜んでいられた。
刺激的な日常が多少は必要なのかもしれないが、そんなものを欲したことなど一度もないし、今後もきっとこの考え方が変わりゆくことはないのだろう。
でもそれでいいのだ。縁側にて湯呑みを啜りながら日向ぼっこする老人達のように、平和を絵に描いたような日常こそ至高なのだから。
刺激を求めず、退屈を否定せず、ただただありきたりで何の面白味もない日々を送る。それが俺の思い描く理想的な平和の風景だ。
「ねぇ白、利き手じゃない方で良いんだけど、ちょっと手首を斬らせてくれない?」
そんな平和的な情景に思いを馳せる俺とは裏腹に、隣を歩くポニーテールが特徴の彼女は、若干息を荒げながら突拍子も無い暴言を口にしていた。
その危険人物の右手には、鞘から抜かれて剥き出しになった一本の刀が握られており、刃が太陽の光に反射して怪しげな光を発している。
普通ならば模造刀だと思うだろうが、果たして本当にそうなのだろうか。念の為に確かめておかねばならないだろう。
「海衣那さんや、普段はお目にかかれないであろうその物騒な物をよく見せていただいても?」
「ん」
素直に頷く彼女こと海衣那(以後はミーナと呼ぶ)は、俺の首筋に刃を当てるように見せてくる。
ふと路傍の石ころが目に入ったので、さっと拾って刃の上に落としてみた。
石ころはものの見事に真っ二つに切り裂かれ、綺麗な断面を残して地に転がった。
俺はミーナの頭をハリセンで引っ叩いた。
「歯に衣着せぬネットアンチのコメント並みの斬れ味なんですけど。どんだけ研いだらこうなんの?」
「これは私の努力の結晶よ。ここ最近はずっと家に引き篭もってこれを研ぎ続けていたわけ。模造刀でありながらこの斬れ味、思わずうっとりするでしょう?心奪われるでしょう?」
「心じゃなくて命を奪う勢いだね。生命の危機を感じざるを得ないね」
模造刀と言えど刀身が鉄製なので、ひたすら研ぐことで無理矢理本物の刀に仕上げたわけだ。その執念はどこから湧いてくるのだろうか。
「じゃ、手首出して」
「今のやりとりがあって手首を差し出す馬鹿がいるとしたら、それはもう人間やめてると思うよ」
「じゃあ問題ないじゃない。ほら出して」
「むしろ問題しかないことに気付いてほしいんだけど。常人の境界線を平気で越えようとするの止めよう?」
「常識に囚われて己の野望や欲望を縛られるというのなら、私は喜んで常識という概念を放棄するわ。斬りたいものを斬る、それこそ我が本懐よ」
「指名手配犯が江戸時代からタイムスリップでもしたきたのかな?」
生まれた時代を間違えた辻斬り女は、刀身を飴のようにべろべろと舐め回し、正気を失いかけている真っ黒な瞳を向けてくる。
誤って舌を斬ってしまいかねない動作に、見ているこっちがはらはらして落ち着かない。
昔からよくあるその挙動だが、果たして何の意味があるのか未だに理解していない。というか理解できない。
「そもそもなんで手首限定?せめて対象を人体から無機物に変える努力をしようか」
斬れ味を確かめるためなら、大量の竹でも斬っていればいい。少なくとも剣の達人を目指す者ならそうすることだろう。
「石やら木やらを斬って何が楽しいのよ。綺麗な切断面を眺めながら醜い悲鳴を聞くのがいいんじゃない。素敵なハーモニーに耳が蕩けること間違いなし」
「蕩けてるのは貴女の脳内だよ。アホなこと言ってないで前向いて歩きなさい」
「フッ、前など見なくとも道なんて見えているわ。私レベルの達人の領域になると、目を瞑っていても三百六十度全てを見渡せるのよ」
と言った矢先、ミーナは後ろ頭から思い切り電柱に衝突した。
更に追い討ちをかけるように頭上からカラスのフンが落下し、腐臭が俺達の鼻に劈いた。
「……逆に運が良いとも言えるわね。カラスのフンが降ってくるなんて、まさに寝耳に水といったところかしら」
「いや、頭に糞だよ」
その鋼の精神は目を見張るものがあるが、決して見習おうとは思わない。
リュックの中にたまたま入っていたタオルを仕方なく渡すと、流石に懲りたのか剥き出しの刀を鞘にしまい、綺麗に頭を拭った。
「入学初日からそんな暴走してたら体力持たないって。もういい大人なんだから慎みを持とうよ」
「はい残念私まだ十六歳ですぅ〜。タバコも吸えなければ酒も飲めない未熟な未成年ですぅ〜」
「そうだね俺が間違ってるねごめんね」
まるで小学生のちびっ子を相手にしている気分だ。全国の小学生教師は毎度こんな気持ちを抱えて授業をしているのだろうか。凄まじい忍耐力だと尊敬してしまう。
「それにしても、まさか高校まで被るとは思ってなかったよ」
公立独徒高校と呼ばれるその学び舎は、俺とミーナの家から徒歩十分先に存在する。
通うには最適で快適な距離であり、必要偏差値も並みなので受験も滞りなく済んだ。平和至上主義の俺にとってこれ以上に好条件な学校は実在しなかったわけだ。
俺の家の隣に住んでいるミーナもまた、俺と似たような理由で独校を選んだのだろうか。何にせよ、懸命な判断である。
「俺は家の近さを重点において選んだけど、そっちは?」
「白が独校にするって言ったから、私はそれに合わせただけよ」
どうやらミーナの基準は、俺がいるかいないかだったらしい。
本来であれば男として照れる場面なのかもしれないが、ミーナが俺を基準にしている理由は多分そういうことじゃない。
「考えてもみなさいよ。仮に私が一人で白とは別の高校に行っていたとしたら、どんな青春時代が待ち受けていると思う?」
「今のままだったとしたら、二度と瞳の奥に光が差し込むことはないだろうね」
先程見せていた異常な性癖がミーナという人間の根幹ではあるが、問題はそれだけに収まらない。
というのも、彼女は内弁慶であり、更にはコミュ障なのだ。
俺や家族相手には本性を包み隠すことなく素を出すのだが、赤の他人が相手だとまるで別人のように縮こまり、飼い慣らされた小動物のようになってしまうわけだ。
そんなミーナをぼっち状態で他校に放り込めばどうなるかなんて、赤子の手を捻るかのように想像が容易い。
「同じ学校についてくることに関して拒む理由ないけど、でもずっと俺が寄り添えるわけじゃないよ。そもそもクラスが別だったりしたらどうするのさ。流石にそこまでフォローできんよ」
「あぁ、それに関しては何も問題ないわ。春休み期間に寺という寺を巡り歩いて、終わりの見えない賽銭箱マラソンしていたから。徳という徳が積まれ過ぎて、今や賽の河原のシンボルになってるくらいよ」
「それ疲労困憊が災いして三途の川渡りかけてない?」
しかもその必死こいて積んだ徳、最終的に鬼に蹴られて無に帰すオチまで見えてしまっている。
時間の無駄というか、報われない時間の使い方をしている彼女を見ていると頭が痛くなってくる。
「ちなみに積まれた徳とは反比例して、私の財布の中身はすべて賽銭箱に吸い込まれたわ。今月おこづかいの日まだ先だし、お昼ご飯とかマジでどうしよう」
後先考えない行動を取り続けたが故の末路だが、そんなミーナは何故か誇らしげに親指を立てていた。
「そのポジティブ精神は時に身を滅ぼすかと。レベル1で魔王に挑む井の中の蛙勇者じゃあるまいし」
「でもその無謀さが時に奇跡を引き起こすのよ」
「奇跡ねぇ……例えばどんな?」
ミーナは少し悩んだ素振りを見せ、腕を組みながら答えた。
「ほら、あれ、パチスロとか」
「パチスロによる煩悩ダダ漏れ勇者とか印象最悪では?」
「フッ、その考え方はつまらない偏見に捉われているわね。昨今のRPG勇者はカジノに入り浸るところから始まるのよ」
「景品にある強い武器を手に入れるまで粘って、最終的にそれで無双するみたいな?」
「いや、スロットをひたすら回し続けることでまずは洞察力を鍛える」
「地味ぃ……それもっと他にやりようがあるでしょ」
そもそも話が脱線し過ぎである。何が楽しくてギャンブル中毒勇者の人生設計をしなくてはならないのか。
「そういうわけだから、しばらく昼食は私の分もお願いします。この通り頭下げるんで」
と言うミーナは腰に手を当て、堂々と胸を張っていた。
「人に物を頼むやり方くらい学んでいてほしかったなぁ」
「過去に履修してないんだからしょうがないわね」
「一般常識の一つすら学んでないなんてことはないでしょうよ」
「あんたの当たり前が私の当たり前であると思わないでくれる?私の辞書には私にとって都合の良い文字しか載ってないのよ。他力本願こそ至高の生きる術」
「ダンベル代わりになりそうな分厚い広辞苑持って出直してきなさい」
とは言いつつ言うことを聞くつもりではある。甘やかしているつもりはないが、周りからすれば甘く見えているのかもしれない。
「うわっ、凄い人の数だね」
無駄話に花を咲かせているうちに校門が見えてきて、その奥には既に入学生の人盛りができていた。
わらわらと群がるひとの群れの先には、いくつかのホワイトボードが設置されており、クラスの振り分け表が張り出されていた。
「大丈夫大丈夫何も問題ないわ運なら金で買い占めたのだから私の意のままに物事全てが丸く収まるように道筋が照らされているはずだもの不安なんて微塵もないわイケるイケるこういう時はノリでどうとでもなるのよお願いしますお願いしますお願いします神様マジのガチのゴチになります」
突如ニュースキャスター顔負けの饒舌っぷりを見せるミーナの表情は、さっきまでの能天気で元気な様子が嘘だったかのように青白くなっていた。
手を握りしめて祈りを込めながら何度も頷き、ミーナは人混みの中に突入して行った。
そんな彼女を尻目にこちらも自分の名前を探しに行こうとすると、ふと後ろから忙しない気配を感じて反射的に振り返った。
「フハハハハッ!そこのけそこのけ僕が通るよ!」
眩いオーラのようなものを発した金髪のイケメンが高らかに笑っており、人混みの中を無理矢理通ろうとしていた。
「ぐはぁっ!?」
勢いに身を任せて押し通ろうとするイケメンだったが、何者かによる偶然か悪意か分からないが、顔に肘打ちを当てられて倒れてしまい、何人かに踏み潰されてしまっていた。
「そこをおどきなさい一般市民!私様が通りますわよ!」
今度はなんだと右の方角に視線を向けると、髪を縦ロールに巻いた典型的な高飛車お嬢様チックな人が脚を組んで玉座に座っており、彼女の部下らしき人達が四人がかりでその玉座を持ち上げながら歩いていた。
「おどきなさいと申しているのよ!そこ!そこのいかにもモブっぽい男!私の邪魔をする――ちょっ、痛っ!?そんな押すんじゃないわよ!あぁぁ!?」
高圧的な態度が災いしたのか、部下らしき人達が諸々人混みの波という暴力に飲まれてしまい、お嬢様らしき人もまた玉座から転がり落とされてしまっていた。
「やれやれ、鬱陶しい人混みよのぅ。道を開けよ俗物共よ」
立て続けに騒がしい何者かが左の方角から現れたと思いきや、ゆらゆらと揺れる十本の大きな尻尾を生やした妖狐らしき女性がいた。
「道を開けよと言っておる。凡愚め、耳がついておらぬのか?これだから尻の青い猿は嫌い゛たたたぁっ!?」
嫌でも目立つ尻尾が絡まってしまったのか、奇妙な結び方で結ばれてしまった尻尾が引っ張られてしまい、彼女もまた人混みの群れの犠牲者となって消えてしまった。
「……なんかキャラ濃い人多くない?そもそも人間ですらない人が紛れていたような――」
「だらっしゃぁっ!!どら見たかオラァ!」
よく聞き覚えのある歓喜と気合いに満ちた声。
その声を頼りになんとか前に進んでみると、ミーナが何度もガッツポーズをして暴れ回っていた。
周りの目を気にせずにシャドーボクシングをしていて、今にも刀を振り回してもおかしくない高揚感に包まれている。正直関わりたくない。
露骨に喜んでいる様子から察するに、俺と自分の名前を同じクラスで見つけたのだろう。何とも単純で分かりやすい子である。
「遅いわよ白!何をちんたらしてるのよ!」
「あぁ、うん、ちょっと妙に悪目立ちしてる人達を見かけてさ。で、クラスはどうだった?」
「私も白も三組よ。フッ、やはり賽銭箱神力エナジーはマジだったわね。私の執念が運を引き寄せたと言っても過言ではないわね」
執念=全財産という悲しき犠牲の元に得た結果であるということは、本人が落ち込みかねないので黙っておくことにする。
「さぁ行くわよ白!神力増し増しの神々しい私に付いて来るといいわ!うははははっ!」
いつにも増して上機嫌なご様子でだらしなく笑うミーナは、豪快に歩幅を大きくして学校の中へと入って行った。
〜※〜
「…………こんなはずでは」
これから一年間お世話になる我らが教室までやって来た矢先、ミーナは飼い慣らされた獣のように大人しくなり、ちょこんと自分の席に座っていた。
同じクラスになれたことで安堵していたところに追い討ちをかけるべく、席順という度外視していた問題が彼女の前に立ち塞がった。
特に出席番号順というわけでもないのだが、既に座るべき席は全員決められており、結果ミーナは俺と離れた位置となっていた。
俺は一番窓際の後ろという恵まれた環境に対し、ミーナの席は教室のど真ん中。コミュ障の彼女にとって人に囲まれるという状況は、針の筵にされているのと同義である。
先程までのテンションとの落差に思わず苦笑していると、ミーナはすっと立ち上がってズカズカとこちらに近付いて来た。
「私の計画は完璧だったはずなのに!目の前の現実が受け入れられない!認めない!認めないわよ私はぁ!」
頭を抱えて悶絶する彼女を尻目にして、自前で持って来ていた湯呑みで暖かいお茶を啜る。
喉越しに優しい味が身体中を巡り、自然と長い息が出る。
「くっ!余裕こいたその態度ムカつく!こっちの気も知らずに!」
「だって他人事だもの。現状に嘆いている暇があるのなら、少しは自分のコミュ障と向き合った方がいいですよミーナさん」
「それでコンプレックスが治るのなら苦労なんてしないでしょうが!」
なんて文句は言えど、既にこれは決定事項。後々に先生が来てどうにかしない限り、現状打破は難しいだろう。
少しして担任の先生らしき人がやって来ると、ミーナはぶつくさ言いながら渋々自分の席へと戻っていった。その後ろ姿はこぢんまりとしていて、普段の彼女が嘘かのように弱々しく見える。
クラス内の全員が自分の席についたところで、視線が先生の方へと一斉に向けられる。
黒いジャージの上から白衣を着て、手入れのなっていないボサボサの黒い髪をかきながら、彼女は少しズレた眼鏡を直して深いため息を吐いた。
「あー……私がこのクラスの担任を務めることになった佐川だ。正直言ってクラスの担任とかダルいし、そもそもやりたくないっていうか無理矢理やらされたというか、つーか帰ってもう寝たいから帰って良い?」
開口一番に先生から出てくる台詞じゃないことだけは確かである。
内の本音を包み隠すことなす吐き出す彼女は、心の底から面倒臭そうにしており、クラスの何人かが戸惑っているように見えた。
「先生!職務放棄はいけません!気持ちは分からなくはないですが、生徒達を率いる立場である以上、せめてやるべきことは全うするべきです!」
すると、一番前の席に座っていた男子生徒が勢い良く立ち上がり、至極真っ当なことを口にしていた。
白い鉢巻につんつんした印象の髪型をした彼の目には、曇りなき純粋な光が輝いている。今時珍しいその純朴さは、果たして吉と出るか凶と出るか。
「でも面倒臭いし、こうして立ってるだけでも疲れるし、ここんところ徹夜続きで眠いし、私のコンディションは絶不調なわけでよろしくどうぞって感じ?」
「体調不良は可哀想だとは思いますが、今日は大事な大事な登校初日!無理をしてでも皆のために明るく振る舞うべきです!太陽のように直視できないくらい眩い存在であるべきです!」
「私夜型だから太陽とかちょっと。月明かりの下で飲むコーヒーが一番美味しいんだから。分かってないなお前」
「いえ、猛暑日の運動の後に飲むスポーツドリンクに勝るものはありません!あの五臓六腑に染み渡る感覚は病み付きになります!」
「私が運動をするような奴に見えるか?どう見ても不健康と不健全の象徴みたいな大人だろうが。観察眼がまるでなってない、出直して来い小童が」
これ本当に登校初日のホームルームなんだろうか。まるで異世界にでも紛れ込んでしまったかのような感覚である。
周りはほんの少しの人数だけが動揺しているだけで、黙ってこの異次元のやり取りを見ている人がいれば、そもそも話を聞いていない様子の人までいる。大丈夫なんだろうかこのクラス。
「さっきから黙って聞いていれば何なんですの?下民は尊ぶべき味というものがまるで分かっていませんわね。お夕食前に飲むダージリンティーに勝るものなどこの世に存在しませんわ」
「やれやれ分かっていないね君達。寒空の下で手を振るわせながら飲むココアが頂点に決まっているじゃないか。飲む前にふーふー息を吹きかける瞬間を考えただけで僕はもう……」
「たわけ共め、何一つ理解しておらんようじゃの。真夜中に背徳感を感じながら啜るカップ麺の汁が一番に決まっておろう。それが醤油味だとより素晴らしいものじゃ」
何も大丈夫などではなく、先程見かけたイケメンとお嬢様と妖狐の御三方が無理矢理話に混じっていた。胃もたれ起こしそうな濃いメンバーの面々を目の当たりにして、無意識に頭を抱えている俺がいた。
よりにもよってあの三人が同じクラスにまとめられており、そしてそのクラスの一員に混ざることになるだなんて。幸先不安でしかないし、そもそもこのままだとまともにホームルームが成り立たずに学級崩壊してしまいかねない。
正直あの中に飛び込むようなことはしたくないが、このまま放置するわけにもいかないだろう。
「あのーすいません。そういうのもういいんで、本題入ってくれます?」
すっと立ち上がって少し手を上げ、そんな主張を試みる。
すると何故か急に辺りがしーんと静まり返り、この場にいる全員が俺に視線を向けて来た。
「なんだお前、私達の飲み物談義に混ざりたいってか?これ見よがしに湯呑みなんて用意しやがってやる気満々か?」
タイミングの悪いことに常に持ち歩いている湯呑みセットを先生に見られて指摘されてしまった。
「いや違いますから。ただ普通にホームルーム進めてほしいだけですから。飲み物談義は別の機会にね?」
「んだよ優等生ぶりやがって。なんかムカつくからお前が代わりにホームルームやれジト目小僧」
言ってることが滅茶苦茶である。平気で誹謗中傷なこと言うし、本当に教師なんだろうかこの人?
「内容も何も知らない一生徒にできるわけないでしょうが」
「別に良いだろ、初日のホームルームなんてあってないようなもんなんだからよ。つーわけでお前がやれ、えーと……藤堂白か。名前覚え辛ぇな、もう白だからワンコで良いだろワンコで」
「じゃああとよろしく」と強制的に話を打ち切った佐川先生は、自分の席に深く座って爆睡し始めてしまった。
なんか犬みたいな適当なあだ名はつけられるし、自分勝手な都合で面倒な役回りを押し付けられるし、出る杭となってしまったのはやはり間違いであった。
先生が使い物にならないボロ雑巾になってしまった以上、周囲が注目を浴びせる相手は自ずと特定の一人へと定められる。
どうしてこんなことに、なんて後悔は後に立たず。この最初の一歩に踏み込んでしまったのは俺自身なのだから。
ふとミーナの方に視線を向けると、ニヤニヤと憎たらしい笑みを浮かべながらこちらを見つめていた。何とも癪に障る笑顔に若干の苛立ちを覚える。
この抗えない理不尽に自然とため息を吐きながらも、俺の足は自然と教卓の方へと進んでいた。




