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剣と薔薇と悪魔奇譚  作者: 桂真琴
Episode 5 The Godfather
37/44

5-5


「マスター藤堂にこんな綺麗な娘さんがいたなんてね!」


 ティナはうれしそうに淹れたてのコーヒーを麗子の前に置いた。香ばしい芳香が鼻腔をくすぐる。麗子は背筋を伸ばした姿勢でにこやかに会釈した。


「ありがとうございます」

「うわお、本物の大和撫子! ジャパニーズ・ビューティーだわあ。所作しょさも美しいわねえ」

「……あの、コーヒー、オレには?」

「あんたはミネラルウォーターでいいでしょ」


 素っ気なく言われ、仕方なくリュカはペットボトルの蓋を開ける。


「ところでティナ、どう思う?」

「そうねえ」


 ティナは麗子の前にシュガーポットやミルクピッチャーを出しながら、さりげなくリュカに紙袋を渡す。日用品が入っているようなその紙袋の中には、藤堂宅の戦闘で失われた弾倉マガジンの補充分とプラスアルファが入っていた。


「悪魔に囚われし者を救え 偽りの聖座が生まれるとき 樹海の聖なる石は龍脈で悪魔の穢れを祓わん……うーん、正直よくわからないけど、時間が無いことは確かかもね」

「なぜですか?」


 聞いたのは麗子だった。


「だって時間をかけてもいいことなら、そもそもこんな謎めいた言い方しないだろうし、タイミングも唐突だし、娘である麗子ちゃんや、メールをもらったリュカも危険な目に遭ってるでしょう。何か差し迫った事情があって、マスター藤堂は身を隠さずにいられなくなったか、もしくは強制的に身を隠されている。それでリュカにメールを送った。あたしが推察するのはそんなところね」


 さらりと言うティナに麗子は目を輝かせた。


「素晴らしい……ティナさんの言う通りですわ! わたくし、貴女のような女性に憧れますわ。わたくしのお姉様になっていただきたいですわ!」

「見境無いなマドモアゼル。『妹』の次は『お姉様』かよ」

 うんざり顔のリュカをティナは軽く睨む。

「あらいいじゃない。あたしはそういうの、嫌いじゃないわよ。しかもこーんな大和撫子に『お姉様』って言われるなんて、ゾクゾクしちゃう」

「ティナも変なこと言わないでくれ。話がややこしくなる」

「あーあ、妹っていいなあ。家族っていいなあ」

「だからやめろって!」


 リュカとティナががーがー言い合っているのを見て、麗子はふと微笑んだ。


「リュカさんとティナさんて、家族みたい」

「ええ?!」「はあ?!」


 両脇から抗議の声が上がるが、麗子は微笑んでコーヒーを一口飲んだ。


「だって、こうやって美味しいコーヒーを前にしたら、家族はおしゃべりしますわよね。ドラマや映画でもそういうシーンを見ますわ。小説でも。家族って、そういうものなのでしょう?」

「うーん、そういうイメージが一般的、かな?」

「まあ、そういうものかもしれないが」

 ティナもリュカも「一般的な」家庭で育っていないので、曖昧な返事しか返せない。しかし麗子が気にしているのはそこではなかった。

「父は、わたくしとはほとんど会話をしませんの」


 麗子は湯気の上がるコーヒーカップをのぞきこんで呟いた。


「いつも忙しくて、家にいなくて。授業参観に来てくれたことも、学校の話を聞いてくれたこともありませんわ。今回だって……なぜ父はリュカさんにメールしたのかしら。わたくし、ではなく」

「きっと、麗子ちゃんがマスター藤堂にとって、いちばん心配をかけたくない相手だからよ」


 ティナの言葉に、麗子は顔を上げた。


「わたくしは! 家族なら、なんでも話してほしいですわ! 家族とは、苦しいときに支え合うものじゃないのですか?」

 訴えるような麗子の視線を、リュカは静かに受け止める。

「家族にもいろんな関係性があるんじゃないか? マスターと麗子は、実の親子だろう。親だから、娘である君を守りたいという思いはあるんじゃないか?」

「そんな……そんなの、勝手だわ!」

「そうかな。現にメールに『悪魔に囚われし者を救え』とあるってことは、誰かが悪魔にとらわれているってことだろう。それだけで危険な案件だってことはわかる。そんな危険なことに、家族だからって娘を巻きこみたい父親はいないんじゃないかな」

「…………」

「家族だからこうありたい、という君の気持ちと同じく、家族だから危険な目に遭わせたくない、というマスターの気持ちも考慮してあげてもいいんじゃないか?」

「リュカの言う通りだわ、麗子ちゃん。こう見えて、リュカはマスター藤堂が聖騎士団時代、もっとも信頼していた騎士なのよ。安心して任せて大丈夫だわ」

「そう、なんですか?」

「いろいろと雑用を押しつけられる格好でなぜかオレだけマスターと一緒に仕事をすることが多かったのは事実だ」


 リュカが顔をしかめると、麗子が笑った。


「ふふ、リュカさんって、貧乏くじ引くタイプなんですわね」

「あははっ、そうかも。麗子ちゃん、たとえがうまいわね」

「似てますね、父と。そういうところ」

「あー、そうかも! 思い返せば貧乏くじ師弟していって感じだわ!」


 さらにティナは笑ったが、リュカは半目で二人を睨む。


「で? 悪魔に囚われし者って誰なんだ。それがわからなきゃ救いようもない」

「そうね。祓魔師協会の祓魔師たちが麗子ちゃんを襲撃したことを考えると麗子ちゃんかなって思うけど、麗子ちゃんは無事だったし」

「……父、でしょうか?」


 麗子の言葉にリュカとティナは顔を見合わせる。


「そうか。マスター藤堂は行方不明になっている。あのメールは《《自分を探してほしい》》、というメッセージか!」

「でも、そう考えると偽りの聖座ってなにかしら。そもそも、マスターはグレゴリオ枢機卿の側近から外されたんでしょう? 聖座もなにも」

「聖座……」

 宙を睨んでいたリュカが目を険しく細める。

「もしかして五賢人のことか?」

「ますますマスター藤堂は関係ないじゃない」

 リュカが首を振った。

「そうじゃない。マスターが仕えていたグレゴリオ枢機卿。生まれる、と言うフレーズは新しく就任するという意味じゃないか?」


 ティナと麗子は目を見開いた。


「そっか。そうだわ。グレゴリオ枢機卿は今回、初めて五賢人に選ばれた」

「でも、樹海の聖なる石、ってなんでしょうか。樹海って言えば、富士山かしら。なんだか唐突ですわ。富士山が聖地で、古来の占いによれば龍脈というものが通っているという話は聞いたことがありますけれど――」

「ちょっと待った! 今なんて言った?」

「え? 龍脈の事ですか?」

「違う! その前だ」

「ああ。富士山は聖地だってことですか?」

「そう! それだ! ティナ」

「ええ」

 リュカとティナの視線が合う。

「『聖戦』終結時、サタンの殿しんがりを務めた七柱悪魔は世界各地の聖地に封印された。日本にも聖地のひとつがある」

「ええ。日本の聖地は富士山の麓、青木ヶ原樹海ね」


 五年前、悪魔エイリアンと人類が戦った『聖戦』の最終局面で、悪魔の長・サタンをゲヘナへ帰還させるためか、七体の強大な悪魔がサタンを追う聖騎士団をはばんだ。

 サタンがゲヘナへ撤収後、その七体の悪魔は聖騎士団と他の宗教の対悪魔戦闘特殊部隊によって世界各地に封印された。


「おかしいですわね。父からのメールに、樹海の聖なる石は龍脈で悪魔の穢れを祓わん、ってありますわ。でも、実際には《《樹海には悪魔がすでに封印されているはず》》ですのよね?」

「まさか……」


 何か真剣に思考していたリュカが突然、立ち上がった。


「ティナ。『聖戦』終結時、青木ヶ原樹海に悪魔の一柱が封印された件の詳細について調べられるか?」

「ええ。祓魔師協会に古い友人がいるから、聞けるには聞けるけど」

「じゃあ頼む。ついでに麗子とローズのことも」

「ローズも? リュカはどこ行くのよ?」

「オレは青木ヶ原樹海に行ってみる。当時封印予定地にされていたポイントは覚えているからな」

「待って!」


 リュカの僧衣カソックを、麗子がつかんだ。


「わたくしも参りますわ!」

「ダメだ」

「どうしてですの?! わたくしだって戦えますわ!」

「戦わなくていいっ。話がややこしく――」


 そのとき、通話ウィンドウがカウンターの上に浮かぶ。ちょうどいいタイミングだ。リュカはすぐに出た。


「ローズか? ちょうどよかった、今からおまえもティナの店に来い。麗子もいるから二人でここに――」


 言いかけてリュカは止まる。ウィンドウに映ったローズの顔がいつもと違う。泣いているような笑っているような奇妙な表情だ。


「どうした、ローズ」

「リュカ、なんか外の様子が変なの」


 気弱そうにかすれた声に、胸がざわつく。さっきから打ち消したいと思っている不安がリュカの思いとは反比例に増大する。


「どうした? 何かあったか? 誰か来たか?」

「ううん、誰も。監視カメラには何も映ってないし。だから変なの」

「何も映ってない、だと?」

「そんなわけないって、思うんだけど。気配がす」


 そこで通話が切れた。

 映像も、空中ウィンドウごと唐突に消える(アウト)


「ローズ! おいっ」

 すぐに通話を掛け直すが、ローズの端末自体につながらなくなっていた。

「くそっ、嫌な予想にかぎって当たりやがる!」

「リュカ、どういうこと?」

 一瞬ためらって、リュカは声を低めた。

「――『聖戦』終結時に封印されるはずだった悪魔が、もし封印されていなかったのだとしたら?」

「なっ……」

 絶句したティナの顔色が変わった。

「ローズ……リュカ、すぐに戻った方がいいわ。麗子ちゃん、貴女はここにいなさい。この店の上はあたしの家だから、そこにいてくれてもいい」

「いいえ」


 麗子はスツールから立ち上がった。


「あたしも、行きます」

「でも」

「ローズのことが心配だし、父のことも……あたし、知りたいんです。父が何に巻きこまれているのか。そしたら、父のこと、少しはわかるかもしれないから」


 麗子の決心は硬いようだ。

 リュカは大きく息を吐き、ヘルメットを麗子に渡した。



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