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剣と薔薇と悪魔奇譚  作者: 桂真琴
Episode 4  Stand by Me
31/44

4-10


「身体で返すってこういうことかよ……」

 陽人はるとは大きな剣スコップを地面に差し、そこにもたれて大きく息を吐いた。


 季節は進み、もう初夏の陽気だ。

 制服のジャケットは脱いでワイシャツ一枚だったが、あっという間に汗だくになった。土を耕すというのは見た目よりも重労働だ。


「陽人!」

 銀色のツインテールを揺らしてハッとするような美少女が花壇の端に立っていた。


「なにボサっとつっ立ってんのよ。花壇の準備できたの?」


 陽人より一つ年下というこの少女を初めて見た時、この世にこんなに綺麗な女の子がいるのかと驚き、正直、見惚れた。

 今はそんなことを思ったことが懐かしい。


「うるせーなできたよ、だから休憩してるんだろーが」

「あらほんと? ふうん、確かに肥料も撒いてあるわね。耕し方が下手すぎてわからなかったわ」

「……おまえマジでかわいくねえなっ」

「あんたにかわいいとか思われなくてけっこうよ」


 ローズがツンと顔をそらすと銀色のツインテールと黒いフリルのスカートが揺れる。

 この陽気の中では暑苦しく見えるゴスロリファッションも、ローズが着ているとしっくりとして少しも暑さを感じないのはやっぱりこの綺麗な容姿の成せる業だろうかと陽人が思ったところで、ローズが傲然と言い放った。


「じゃ、もうちょっと肥料撒いといてくれる? あたしたちはその間に向こうの花壇にお花植えるから。行きましょ、星愛せいあちゃん」


 後ろからローズと兄のやり取りをニコニコと見ていた少女が、嬉しそうにローズの手を取った。


「うん!」

「あ、おい、星愛、俺と一緒にここの花壇に花を植えるんじゃなかったのか?」

「ごめんねお兄ちゃん、星愛、ローズお姉ちゃんとお花植えたいの」


 兄に気を使いつつも、星愛はローズと手をつないでうれしそうに話しながら行ってしまった。


「なんだよ、星愛のやつ……」

 少し前まではお兄ちゃんお兄ちゃんと後ろをくっついてきたのに、最近ではローズにべったりだ。

 口をとがらせつつも、陽人がふと笑んだそのとき。


「星愛ちゃんが来てくれてよかった。ローズは小さな友だちができたし、陽人はシスコン矯正できるしな」


 振り返るといつの間にか、オーバーサイズの白Tシャツにデニム姿の神父が立っていた。陽人は今度は本気で口を尖らせた。


「誰がシスコンだよ」

「おまえに決まってんじゃん」


 リュカは台車を花壇の横につけた。


「で、どうだ、星愛ちゃんの体調は」

「うん。リュカの言う通り、祓魔師協会に憑依・祓魔済み申請したら、祓魔後経過観察の無料診療を受けさせてもらえた。驚くほどあっさり」

「祓魔済みってことは、祓魔師協会に金を振り込み済みってことだからな」

「え、でも、リュカはフリー祓魔師だから――」

「そ。だから協会所属の祓魔師が祓魔したっていう偽造申請書を作ったのさ。祓魔してあることには変わりないんだから、問題ないだろ」

「俺たちはありがたいけど、リュカはだいじょうぶなのか? 問題ないのかよ」

「まーったく問題ない。オレはこう見えて祓魔師協会には貸しがあるし、陽人と星愛ちゃんは散々遠回りしたあげくにやっと祓魔できたんだ。アフターケアくらいサービスしてもらってもバチはあたらないさ」


 リュカは台車で運んできた花のポットを花壇の脇に並べる。陽人も手伝った。


「医者はもう大丈夫だって言ってた。星愛、来週から学校に行ってもいいって」

「そうか。よかったな」

「うん」


  しばらく二人はポットを並べ、台車が空になった。


「ホバーバイクに買ってきたポットがまだ残ってるんだ。取ってくるから花を出しておいてくれ」

「ああ、わかった」


 作業に戻ろうとした陽人が、ハッと顔を上げた。


「そうだ! クリスタルローズ、全部売れたんだ!」

「へえ、もう完売か。すごいな」


 あのポットのクリスタルローズからローズが製造したのは薬ではなく、栄養剤だった。

『クリスタルローズエキスを配合した美容と健康と悪魔避けに効くタブレット』と称したその製品は飛ぶように売れ、即日完売。


「でも……リュカの言った通りだった。『エキス配合』だと、花弁そのものじゃないからっていう理由で値段設定が低くなって……」


 陽人は、ズボンのポケットから茶封筒を取り出した。


「これが売上の全部」

 その皺くちゃになった封筒の厚みは、陽人が最初に予言した500万ドラーには程遠い厚みだ。


「一包10万なんて、ぜんぜん夢だった」

「はは、社会の現実は厳しいだろ?」

「もうじゅうぶん知ってるよ」


 陽人は苦笑し、皺くちゃの茶封筒をリュカの手に押しつけた。


「それでも完売したからな。祓魔代にはなった。約束の250万ダラーは、今後働いて返す。それでお願いできないかな」


 陽人は真剣な眼差しでリュカを見上げる。

 考え抜いて、勇気を振り絞って言ったのであろうその言葉に、リュカは答える代わりに茶封筒の中から三枚、一万ダラー札を抜き取り、茶封筒を陽人のワイシャツのポケットにつっこんだ。


「は?! なんで――」

「言ったろ。社会の現実は厳しいんだ。まずはこの金でアパートを借りろ。星愛ちゃんのためにも、コロニーは出たほうがいい。陽人がちゃんと学校に行って、ちゃんと仕事に就いて、自分で食っていけるようになれ」

「でもそれじゃあ報酬が」


 リュカは三枚の札をひらめかせた。


「一枚は祓魔代、二枚は約束の報酬。そういう内訳でもらっとく」

「でも」

「おまえが将来、金があまってしょうがなくなったら250万ドラー届けにこい。その時は断らないから」


 陽人はじっとリュカを見て、それから深々と頭を下げた。


「ありがとう、ございます」

「へえ、ちゃんと敬語使えるじゃん」

「あ、当たり前だろ。俺をなんだと思ってるんだよ」

「急に尋ねてきて、金も無いのに仕事頼んで、厄介ごとを押しつけていくずうずうしい中学生」

「……なんかムカつくなあ」

「でもそういうのは、オレは嫌いじゃない」


 え、と顔を上げると、リュカが立ち上がった。


「とても懐かしい――ずうずうしさだ」

「は?」

「社会は厳しいが可能性は無限だ。がんばれよ、少年」


 なんだそれ、と言ったが、リュカの耳には届いていない。長身の後ろ姿はもう台車を推して門の方へ走っていってしまった。


「へんな奴」

 陽人は思わず顔がほころぶ。ワイシャツの茶封筒の皺を丁寧に伸ばして、脱いである制服のジャケットにしっかり入れた。


――俺も、いつかあんな風になれたら。

 

 祓魔師になるにはどうしたらいいかとリュカに聞いたら、どんな顔をするだろう。

 その反応を想像しながら、陽人は花壇に追加の肥料を撒いた。






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