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剣と薔薇と悪魔奇譚  作者: 桂真琴
Episode 4  Stand by Me
29/44

4-8


 男たちは同士討ちを警戒して発砲を止めた。

 声を掛け合い煙の包囲から出ようとしている。人種や国籍はさまざまなようだが、さすがは元・兵士の対応だ。


 そういう状況をさっと観察しつつ煙幕の外側、テントに近い木の下でリュカは瞬時に銃を替える。セミオートの旧式ハンドガン『ケルビム』。これには非致死性のゴム弾が装填されており、相手の命を奪うことなく、至近距離からの射撃でかなりのダメージを与えることができる。


 リュカは音を頼りに標的に向かって次々とトリガーを引いた。


「うっ」「がっ?!」「ぐお?!」


 いくつものうめき声が煙幕の中で上がる。だんだんと煙の薄れてきたエリアからなんとか這い出てきたのはわずかに五人。


「よし」

 さらに弾倉を再装填リロード、再び射撃を開始しようとしたとき――。


「なんだあ、うるせえなあ」


 しゃがれた声がして、薄く煙る闇の中、むくり、と小さな影が起き上がった。


「しまった!」

 額の六芒星ヘキサグラムは完璧ではない。騒音と血の臭いが星愛せいあの中の悪魔を起こしてしまったのだ。


 傍にいた迷彩服の男がぎょっとしたときには、星愛は男が持っていた銃を奪って片手で握り潰していた。


「へ……? ひっ、ひいいいい!」

 目の前でひしゃげた銃を見て男は悲鳴を上げる。

「あが?!」

 悲鳴を上げていた口に星愛の小さな手が突っ込まれた。一瞬のことに男は抵抗も身動きもできない。動けば歯が折れるか顎の骨が外れる。

「んごっ、ぐ?!」

「はあーあ、人間てのはどうしてこうブタみてえにうるせえんだ。少しは黙ってろ」 


 星愛が男の口の中で思いきり拳を握って、ぐるりと動かした。


「ひゃあああああっ、がっあああ!!」

 骨の砕ける嫌な音と共に男は悲鳴を上げてうずくまる。にたりと嗤った星愛が男の背中に喰いつこうとした。


「星愛ちゃん!」

 リュカの呼びかけに男を押さえつけていた星愛が顔を上げる。

「ヒトを喰っちゃダメだ! 悪魔になってしまう――『exi ab ipso et confitere peccata tua in nomine patris et filii et spiritus sancti』」


 リュカは咄嗟に聖句を紡いだ。

 刹那、星愛のか細い手首と足首に、いばらの縛めが青白く発光して浮き上がった。


「ぐおおおおっ」

 少女のものとは思えない咆哮を発して星愛が地面に転がった。いたぶられて蠢く芋虫のように地面でぐねぐねと動くが、聖句が紡ぎ出した棘で両手首足首を縛められているため手足の自由が利かず、立ち上がれない。


 その様子を見ていた兵士たちの顔に戦慄が走る。

「あ、あのガキ憑依体だったのか!」

「射殺しろ!」


 一斉に銃が星愛に向けられる。が、次の瞬間、


「ぐあ?!」

「うわああ!」


 男たちは手にしていた銃を落とし、肩を押さえて倒れた。


「……悪魔には普通の銃は効かない。憑依された人間を無駄に傷つけることになるから絶対に致命傷を負わせない。陸軍学校で教わらなかったのか?」


 リュカは『ケルビム』を素早くホルダーに収め、暴れる星愛の服の裾をつかみ「ごめん星愛!」と言いつつ荷物のようにテントの中へ放り込んだ。


「くそっ、狩師のくせに!」

 目の前で憎々し気にリュカを睨んで呻く男たち。

「ぐおおおっ、このブタ神父がぁっ」

 手足の自由を奪われ、テントの中で絶叫する悪魔。

 

「……狩師とかブタとか好き勝手言ってくれんなあ」


 方々からの罵詈雑言にリュカは顔をしかめつつ走る。

 発砲を避けつつ木の影に滑りこみ、素早く状況を分析した。


 

「向こうの戦力は残り二人か……」

 それと、古びたテントの中で絶叫している悪魔。これは不確定要素だ。刺激して動かし、相手の戦力を削ぐことができるかもしれないが、逆もあり得る。


「ちっ、やっぱり近接で片付けるか」

 移動しようと足を踏み出したとき、発砲音が耳を劈いた。

 とっさに身体を元の位置に翻す。身を隠している木の幹と足元の地面に衝撃が響いた。

 敵を足止めする正確な射撃。やはりプロだ。

「足止め……?」

 薄闇に目を凝らしていたリュカがハッと目を見開いた。


「エージェントの残りは二人だったはず」


 違う。一人消えている。


「もしかして」


 月が雲から解放されたようだ。さっきよりも明るい闇の中、こんもりと茂るツツジの影に動く影がある

「陽人か。よかった、あそこにたどり着いて――」

 リュカの言葉が止まる。陽人のいる茂みに大きな影が向かっていた。

 黒髪を後ろへなでつけた大柄な男が、大ぶりのハンドガンを構えて闇をすり抜けるように移動している。


「しまった! あの大佐ラスボスが!」


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