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剣と薔薇と悪魔奇譚  作者: 桂真琴
Episode 4  Stand by Me
23/44

4-2


「あら、車の来客? 大きな仕事の依頼かしら」


 車の停車音を聞いてローズは目を輝かせる。それとは正反対に少年は険しい表情でまくし立てた。


「これで薬を調合したらどんな薬でも一包10万ドラー以上で売れるってきいた。この一瓶で50包、つまり500万ドラーの薬が作れる。半分、いや八割はあんたに払う。だから」

「つまり前払金まえばらいきんナシで仕事引き受けろってか? 無理無理、前払金はこの仕事の鉄則――」

「絶対に金は払うから! 頼むよ! 助けてくれ!」


 少年の叫びに困惑した刹那、リュカは鋭く目を細めた。


「ローズ」

「うん。わかってる」

 リュカとローズは素早く視線を合わせた。

「残念だが、客じゃないようだ」

「そうね」


 敷地のすぐ外から、大勢の人間が車を降りる音、重い金属を扱う音が響き、固い足音が近付いてくる。

 少年は慌てた様子でカプセルポットの袋の口をきつく縛り、再びリュカに押しつけた。


「ごめんこれ預かってくれ!」

「はあ?! なんでオレが」

「今夜20時、武蔵野エリア外れのコロニーに来てくれ!」

「はあ?! あっ、ちょっと待ておい!」


 しかし少年はそのまま教会の裏、雑木林の方へ向かってあっという間に走り去ってしまった。


「……すげー速い。陸上部かな」

「くだらないこと言ってる場合ですか。あまり歓迎できないお客様がいらっしゃいましたよ」


 ローズが視線を送った先、門から続く石畳からぞろぞろと男たちが入ってきた。


「お庭の手入れ中、失礼。神父様、ここに少年が一人来たかと思うのですが」


 迷彩服を着たボスらしき男が慇懃いんぎんに会釈した。

 口調は丁寧だが、まったく敬う風ではない。やはり迷彩服の部下らしき男たちは手にした銃器を隠そうともしない。サブマシンガンやハンドガンを抱えて、庭の中を無遠慮に歩き回っている。


「ちょっとっ、不法侵入って言葉を――」

 言いかけたローズを手で制してリュカは答えた。


「少年、来ましたよ」

「何っ……いや、そ、そうですか。で、どこへ行きましたかな?」

「さあ。助けてくれって言ってたなあ。助ける余裕も義理もないんで追い払いましたけど。あっちに走って行ったなあ」


 リュカは少年が走って消えた教会の裏手を指す。ぎょっとしたローズを無視して、リュカは続けた。


「もちろん、お疑いでしたら教会の中を見てもらっても構いませんが。ところであなた方は中学校の先生ですか?」


 突然の質問に迷彩服の男たちは面食らったようだ。


「は……いや、その」

「彼、中学生でしょ? この時間、健全な中学生なら学校行ってないとダメですよねえ。JSAFに補導を要請しようと思っていたところなんです。ちょうどよかった、今通報するんで――」


 リュカが左手を動かし空中に通話ウィンドウを出現させると、先頭の男が慌てて言った。


「わ、私どもで責任を持って連れ戻す。通報しなくても結構」

「そうですか? 彼、助けてくれって言ってましたが、どういう意味なんでしょう? 学校外でのトラブルならやっぱり通報したほうがいいんじゃないかなあ」


 男たちが銃を構えるより早く、リュカは剣スコップの鋭利な先端を目の前の男の顎下に突き付けていた。


「オトナが束になって中学生に銃を向けるなんて、感心しないなあ。それだけでも充分、通報の理由になるけど。あ、ついでに善良で丸腰な祓魔師に銃器を向けるのも犯罪だって知ってた? だってほら、祓魔師が減ったら悪魔祓えなくて世の中みんな困るでしょ?」


「ぐ……」

 男の背中に冷たい汗が噴き出す。

(なんなのだ、この神父は)

 にこやかだが、まったく隙がない。それが不気味だった。

 まちがいなく反撃する前にスコップで喉を突かれる。

 それを直感した男は後ろに向かって手を上げた。


 迷彩服の男たちがいっせいに銃を下げ、場の空気が溶けた。


「ではどうぞ、お引き取りを」

 にこやかに門の方向を指したリュカを睨み、男が吐き捨てるように言った。


「……狩師が」

 その悪態に血相を変えたローズを押しとどめ、リュカは迷彩服の集団が去るのをじっと見ていた。


「――素人じゃないな」

 騒々しいエンジン音が去った後リュカが呟く。

「『ゲヘナ開門』後の混迷期、軍と警察が統合・再編成されてSAFになった時、編成にあぶれた各国の兵士たちが各地でビジネス組織を作った。個人のボディガードやエージェントを請け負って荒稼ぎしていると聞く」


 何気なく見えて無駄のない、訓練された動作。統率された猟犬の群れのような一団。あれは、軍隊で訓練を受けた者の動きだ。


「誰だか知らないが、あんなエージェントをあの少年一人のために使うとはね。世の中金があるところにはあるものだ」

「厄介ごとのにおいがプンプンしますよ。あの男子が持ってきたコレ、見ましたか?」


 ローズは嘆息してゴミ袋に目をやる。半透明の白い袋の中には、リュカが少年から押し付けられた袋が入っていた。


「何かの植物だってことはわかったけど」

 リュカが肩をすくめると、ローズは大きく息を吐いた。

「知らないんですか? はあ、仕方ない。掃除は中断です。お茶にしましょうか」


 ローズはさっさと教会の中へ入っていってしまった。


 リュカは少年が消えた雑木林を見やって、目を細める。

「懐かしいねえ」

 独り言と鼻歌混じりに、リュカは剣スコップを倉庫へ置きに行った。



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