3-1
「ねえリュカ。コズミックゲート管制センターって今もあるんですね」
ある晩、ローズが言った。
ハチミツ色の月が皓々《こうこう》と照らす晩だった。
いつものようにローズとリュカは執務室のソファでくつろぎ、骨董品の瀟洒なティーセットで夕飯後のお茶を飲んでいた――と言えば聞こえはいいが、実際の事情は少し、いやだいぶ異なる。
まず、執務室のソファに集まるのは電気代節約のためだ。
そしてお茶を飲むのは、育ち盛りの14歳とムダに身体の大きい22歳成人男子のリュカにとってはだいぶ少ない――これは事務所の財政事情によるものだが――夕飯の埋め合わせのためだった。
ソファとティーセットの品質の高さだけは場の雰囲気に合っている。
深い飴色の重厚なチェスターフィールドソファに優美な花柄のティーセット。どちらもこの教会を購入したときに付いてきた骨董品だが、趣味も状態も良く、ローズもリュカも気に入っていた。
これまた節約のため、だいぶ茶葉を少なくした薄い紅茶。そこに砂糖とミルクをたっぷり入れていたリュカの手が止まった。
「失礼、なんだって?」
「もうっ、リュカったらいっつも人の話聞いてないんだからっ」
「そんなことは……ところで、さっきから何読んでるんだ?」
「科学雑誌『FUTURE』ですよ」
ローズの膝の上には珍しい物が載っている。紙を束ねて冊子の形にした雑誌。一世紀ほど前の骨董品にリュカは目を丸くする。
「紙の読み物なんてまだあったのか。ていうか、どこで手に入れたんだ?」
「今日、昼間ティナさんのお店で」
ローズは澄まして答える。そういえばローズは今日、一人で商品を卸しに行くと言ってティナの店に行っていた。
「ていうか注目するところはそこじゃないです! ほら、これ見てください」
その紙の雑誌に映っているのは、美しい景色でも珍しい自然現象でもない。
大海原を背景に佇む、無残にひしゃげた巨大な円環型の金属塊だ。
それはどこか、子どもの気まぐれで途中まで食べられて放棄された巨大なロリポップキャンディーを思わせた。
「……きれいな海だ。そのシュールなオブジェがなければ海水浴が恋しくなる写真だな」
「そうじゃなくて! これ! この残骸、これこそがコズミックゲートの残骸……つまり『ゲヘナの門』ってことですよね?!」
ローズは興奮気味に叫んだ。
この銀髪紫瞳の天才科学美少女の唯一の欠点は、過去の記憶のほとんどについて失っている点だ。
鎮静剤の他あらゆる薬、香油、そして祓魔に必要な聖花をはじめとする加工聖具。そういった様々な物を八畳一間の物置小屋で製造してしまう能力を持っている一方、自分の本当の名前や出身地、家族のことや過去の出来事などについては一切記憶が無い。
その記憶喪失を補うため、ローズはしばしば過去に起きた事件について調べ、知識を得ている。リュカにもこうして、よく質問をしてくる。
「まあ、そういうことになるだろうな」
「もうっ、なんでそんなに感動薄いんですかっ。あ、そうか、リュカはリアルタイムだからか。ゲヘナの門が閉じたのって、今から五年前だから……リュカ17歳?! 17歳のリュカなんて想像できないですっ」
「失礼な。オレにだってちゃんと17歳時代はある」
「17歳のリュカって、何してたんですか? あ、そうか。きっとどこかのハイスクールでアホな高校生やってたんでしょうねえ。女の子と遊んでばっかりいたんでしょう、どうせ」
「……前から思ってたんだが、なんでおまえの中のオレの評価はそんなに低俗なんだ?」
リュカの問いを無視して、ローズは雑誌の写真を食い入るように見た。
「ロマンチックですよねえ、惑星間を一瞬でワープできるなんて……」
うっとりと雑誌を抱きしめるローズを見て、思わずリュカは苦笑した。
「話だけ聞けばロマンだが、実際2149年に開始された『コズミックゲート計画』は明らかに失敗だった。その写真が厳然たる証拠だ」
リュカは気付かれない程度のトゲを添えて言葉を返すが、写真と記事に夢中になっているローズはそのトゲに気付かなかったようだ。
「そうそう、その『コズミックゲート計画』ってなんなんです? ここには詳細が書いてないんです。教えてくださいよ、リュカ」
もはや『紅茶味のミルク』の様相を呈しているお茶をすすり、リュカは大きく息を吐いた。ローズの知りたがりは今に始まったことではない。説明するまで寝室へ行かせてもらえないだろう。
リュカは大きく溜息をついて紅茶のカップを静かに置く。薔薇がモチーフとなった揃いのソーサーがかちゃり、と微かな音をたてる。
「昔むかしの話だが」
リュカはゆっくりとつぶやいた。