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過ぎ去る想い

 タクシイの中で康雄は過ぎ去る木々を見ながら物思いに耽っていた。

 秋陽の秘書の千重という少女に興味を持ち、秋陽が不在の時を狙って千重の元を訪ねたが、康雄は見事に嫌われてしまったと後悔を感じていた。

 秋陽と話している時に、千重の存在に気づき、話を秋陽に降ってみたが、秋陽は秘書と答えた。ただ、その表情は赤らめ、康雄の遠い記憶の中に存在した、十代の頃に自分に向けていた表情に酷似していた。

 康雄は久し振りに秋陽と再開し、秋陽の成長した美しさ、そしてその中で秋陽への昔、愛したノスタルジイが再び熱をあげたのもあり、秋陽の身の回りが気になりつつあった。

 話をしている時に秋陽は千重と愛し合っているのではないかと疑うようになっていった。秋陽の近くに男の影が無いことがまたそう思うようになる理由でもあった。

 その真相を確かめるように、千重の元を訪ねたが、康雄は断定こそできないものの、心の中では予想は当たっていたと思うようになった。

 千重を訪ねる時に、その真相を探る理由のほかに康雄は千重への嫉妬の気持ちも隠すように存在していた。秋陽の初めて愛した人物は自分だという自負が康雄について周り、その嫉妬の矛先が秋陽へも向かって行くようであった。その思いを千重にのみ向けるために千重という人物を知ることも目的としてあった。

 秋陽は同姓も愛することができる小児愛なのではないかと思っていた。

 そして、千重に会う時に康雄はその本来の目的を隠すために、わざとキザな役回りを演じた。

 千重には冷たい態度を取られてしまったが、康雄自身はそれが当然であると思っていた。随分と強引に聞き過ぎた事を反省したが、秋陽が千重に惹かれる理由がわかるような気がした。冷たい態度を取られるも、その瞳に少女のような純粋な想いが見え隠れし、その美しさはやはり誰もが目を引いてしまうのであった。

 康雄は子供の頃に抱いたような心持ちにさせられ、もし、次に会うのであったら、きっと彼女は自分に対して目に見えるほどの嫌悪感を示すのだろうと思われた。

 ただ、同じ女同士の秋陽からしたら、千重はどう見えるのであろう。自分とは違い、純粋な想いを見え隠れさせることなく、大っぴらに見せられるとしたら、そして秋陽が同姓に対しての愛があれば、それは拒否することがないように思われた。

 そう思うと自分は邪魔者そのものではないかと思い始めた。

 だが、邪魔者などは康雄の人生では慣れたものであり、そこで遠慮する性格ではなかった。

 二人の尊い関係に首を差し込むことさらも容易であった。

 そして千重の美しさにはやはり目を惹かれるものがあり、いつの間にか興味が彼女の方へ移るようにも思えた。

 やはり、もう一度今度は秋陽もそこにいる時に出くわせてみようか。そんな邪な思いにかられた。

 ホテルの部屋に戻り、ベッドで横になると、千重の怒りを向けた目を思い出した。その表情ですら、美しくあり、可憐であった。

 秋陽とは違い、美しさと共にあどけなさが入り混じった可愛さを持つ千重はこれがそのうちに消えてしまうことを予感させ、康雄はこううかうかしてはいられないことを思い知った。

「菊は彼女と同じ年の頃にはもう美しさだけが見えていたような気がする。可憐さなど捨てていたんだがな」

 康雄はそう呟いたが、すぐにそれは自分自身がまだ若く、年が上の秋陽には可憐さが感じないように映ったからであり、千重に可憐が残っているように見えるのは自分自身が歳をとったからであると思った。

 秋陽の若い時の写真なども見たらこの思いも変わってしまうのかもしれないと思い、もしそうであったらその思い出にひびが入ってしまうのではないかと思った。

 雨の匂いが今になって染み込んでくるようであり、その蒸し蒸しした気温が今の康雄の気持ちと合わさってやるせない思いに苦しめられた。

 酒を飲もうにも、手元に無く、あるのはペンと原稿用紙のみであった。それを見て、鎌倉の時の思い出がありありと浮かび、山口の家のダンスホオルで二人っきりで踊ったのを思った。響く足音に二人だけの孤独があり、今の自分達にはもう手に入らないものであったと今になって強く感じた。

 雨上がりに湧く夏の虫達がいっそうに邪魔ったらしく、顔や耳の周りを常に飛んでいた。耳からは虫の声が気持ち悪く聞こえ、その粒のような声に苛立ちが込み上げた。

 この虫達は夏の命であろう。康雄は逃げるように部屋を後にした。どこか、静かな場所を目指し歩いた。

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