表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/6

5. いのち、だいじに

 僕とアトがロアを助けるべく、古代狼ダイアウルフの方に駆けた。しかし到底とうてい、間に合う距離ではない。


 しかしロアは怯まずに牙の方を向いて、その下顎に小さな手で触れた。頭の上で、黒い子犬が「きゅう!」と勢いよく鳴いた。古代狼はロアの目を見て、ビクッと後ずさった。それを追いかけ、ロアが古代狼の鼻のあたりを両手で包んだ。


「おおかみしゃん、私は敵じゃないよ」


 ロアは顔を上げて、古代狼の目をまっすぐ見据えていた。狼は動かない。僕とアトは、その光景を時が止まったようにして見守っていた。


 やがて狼が我にかえったかのように大きく顎を開けた。僕とアトも金縛りが解けたように、駆け寄ろうとする。それをロアが、手で制した。


「大丈夫だよ!」


 古代狼の舌がロアの頬をベロっと舐めた。ロアはくすぐったそうにして、きゃっきゃと笑う。


「おおかみしゃんのベロ、くさーい!」

 

 僕はその光景を見て、よろよろと座り込んだ。大丈夫、なのか?


 アトは怒ったようにロアに詰め寄る。すると古代狼が再び構えて、低く唸り声を上げた。


「ちょっとお兄ちゃん、おおかみしゃん、怖がってるじゃない!ごめんねえ、うちのお兄ちゃん、キョーボーなのよ。ロアが守ったげるから、安心してねえ」


 ロアが狼を守るようにアトの前に立ち塞がった。その頭の上でクエちゃんまでが、きゅうきゅう!吠えている。


 アトが顔を手で押さえた。


「ちょっと、なんだかオレが悪者みたいじゃんか」


「そうよ!お兄ちゃんは悪者じゃん!」


「ええ?でも、このクエストの目的は魔物の討伐だよね」


 アトが困ったように振り返り、僕の方を見た。僕はよっこいせっと立ち上がり、頷いた。


「古代狼は、ロアには懐いたのかもしれないけど、でも明らかにこの辺にしては強力すぎる魔物だよ。村人たちが襲われたら、ひとたまりもない」


 その言葉に、絶望したようにロアが僕を見た。


「おいちゃんまで、おおかみしゃんを退治するっていうの?」


「このままにはしておけないよ」


 すると赤い目をきっと鋭くしたかと思うと、やがてその大きな瞳から涙が溢れてきた。


「おいちゃん、いのちだいじに、だよね?」


 いのち、だいじに。


 確かにそれは、僕が教えたことだ。




 物心ついた頃から双子は、その自身の強力さからか、自分自身への命に無頓着なところがあった。

 そして、それは他の命に対しても同様だった。

 双子のそのあたりの感覚は、人間本来の、命に対する意識とは根本的に異なった部分がある。


 それで、僕が最初に双子に教えたことは「いのち、だいじに」だった。


 命はただ一つで存在しているわけではなく、双子を守り、育てたたくさんの他の命がある。


 そして、失われた命は帰ってこない。僕の脳裏にちらりと、双子の両親の顔が浮かんだ。


 僕の大切な友達の顔だ。




 僕はロアに微笑んだ。



「もちろん、そうさ」


「じゃあ!」


「クエストの目的は、討伐じゃないだろ。追い払うことだ。本来、いるべきところに返してあげよう」


 先ほどの若いゴブリン、そして大きなゴブリン。僕の考えた通りなら、この右側の通路の先にまだ、ゴブリンがいるはずだ。


 進もうとすると、ゴブリン(大)がよろよろと立ち上がった。僕はそのゴブリン(大)に向かって、戦う意志がないことを示すように手の平を振った。これだけじゃ、伝わらないかな。僕は肩にかけたパックから干し肉を取り出し、ゴブリン(大)に投げた。それからいくつかの干し肉を出し、ゴブリン(大)に見せてやる。


「この肉は美味しいよ。君の家族にも食べさせてあげたいんだけど、いいかな」


 ゴブリン(大)はなおも警戒している様子だったが、僕に並んでロアがニコニコと手を振ると、ごくりと唾を飲み込んで、怯えたように平伏した。


「見て、おいちゃん!ゴブリンしゃんもロアとお友達になりたいって」


 いや、明らかに怯えてないか?まあ、閉鎖した洞窟で後先考えない爆熱火球を放ち、頼みの狼まで籠絡ろうらくしてしまったのだ。気持ちはすごくわかるよ。


 通路の先にいたのは、小柄な子供のゴブリンだった。それからメスと思われる何匹かのゴブリン。僕はゴブリンの身体的特徴から、これまでの個体たちが家族ではないかと思っていたのだが、当たっていたようだ。


 彼らがこの洞窟の付近で目撃され、数ヶ月。多分、流れのゴブリンだろう。魔物の領界からはぐれて、人の領域に迷い込んでしまったのだ。


 僕とアト、ロアの誘導に従ってゴブリンたちが洞窟を出た。火球を喰らって焦げていたゴブリンたちも、ゴブリン(大)が蹴飛ばして怒鳴りつけると、のそのそと起き上がった。あれを喰らってまだ動けるとは…戦闘能力は人間に劣るとは言ったが、耐久力は侮れないものがあるな。


 人間と魔物たちの住むところの間には、本来、境界がある。けれど、特に封鎖されているわけでもないので、人間も魔物もうっかりそこを踏み越えてしまうことがあるのだ。僕はその境界の場所を知っているが、いかんせん、だいぶ遠回りになる。


 けれど、ねえ。


 ゴブリンの子供たちと一緒に狼の背中に乗ってはしゃぐロア、みればアトも一緒になって笑っていて、クエちゃんが二人の周りを跳ね回っている。言葉は通じないはずだが、ゴブリンたちと何やら言い合ったり、遠くの動物を指差したりして一緒に遊んでいた。まあ、この子供達の笑顔を考えれば、多少の遠回りは仕方ないか。


…多少じゃないんだけどさ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ