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養花天の薬術師  作者: 智郷めぐる
第一章
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第二集 大事な生活

「そういえば、今日の私のお仕事はなんでしょう?」

「いつも通り、魑魅(すだま)の駆除だな」

「毎度毎度、よくもまぁ、都周辺に出ますねぇ」

「戦国の世だからな。本来なら善良なはずの木霊が、人間の無念の残滓や悪意を吸い込んじまうんだよ。それが動植物や昆虫に憑依するもんだから、魑魅(すだま)なんてもんが生まれちまうんだな」

「それくらい知ってますよぅ」

「……ああ?」

「なんでもないです」

 祁旌(きせい)は顔が怖い。女人(にょにん)にはこの精悍で涼やかな目元が格好いいと人気があるようだが、霓瓏(げいろう)にはその良さがわからない。

 ただただ、怖い。

「お腹いっぱいになったらきっと私のこと怒らなくなりますよ」

「……もう溜息も出ない」

 霓瓏(げいろう)は「それはなにより」と笑いつつ、近くにある食堂へ入り、祁旌(きせい)とともに牛肉麺を注文した。

 昼時だから混んでいるが、祁旌(きせい)のことを知っている武官が「(しゅ)の若様! こちらへどうぞ!」と席を譲ってくれた。

「今日行ってもらう所は魑魅(すだま)だけじゃなく、鬼魅(きみ)も出るらしいから気をつけろよ」

「え、祁旌(きせい)殿は行かないのですか?」

「俺は軍議がある。兄上が放っている間者たちの報告で、近々、クハルゥ族が馬市を開くらしくてな。慎重に動く必要があるんだ」

「ああ……。なるほど。それについて朱燕軍に何も連絡が無かったんですね?」

「まぁ、そういうことだ。うちは文官……、特に兵部の奴らに嫌われているからな」

「馬市は軍馬調達にはうってつけの催し物ですからね。そうなると、もし馬市を開くことを知らずにクハルゥ族と戦闘になれば、陛下の御不興をかうどころか、国家間の問題に発展。朱燕軍は解体され、朱侯府も没落することに」

「卑怯だよなぁ、本当に」

「もしこれから馬市の連絡がきたとして、護衛の任務を頼まれても、兵部とクハルゥ族が結託して朱燕軍を攻めてきたら、大打撃を追うし、きっと兵部は『朱燕軍が勝手に動いた』とかなんとか陛下に報告するでしょうね」

「その通り。大長公主 (上皇の姉妹)の祖母がなくなって三年。兵部は攻勢に出てきたってことだろうな。お祖母様はとても人徳があり、国民から慕われていたから、朱家には手を出せなかったんだろう」

「まったく、朝廷はドロドロですね」

「まぁな」

 二人で話していると、良い香りが近づいてきた。

「お待ちどう、若様。軍医さん」

「ありがとうございます」

 熱々の牛肉麺を受け取ると、机の真ん中に置かれている筒から橋を摂り、美味しく食べ始めた。

「ふあぁ、美味しい。あ、もし鬼魅(きみ)も出てくるなら、泊りになるかもしれません。薬湯の袋は百味箪笥の前にある籠に入っているので、適当に使ってください」

「わかった。お前が来てから毎日風呂に入れるようになったから、屋敷のみんなが感謝している」

「そうでしょう、そうでしょう! 聖域で買った湯源錠(ゆげんじょう)――お湯が好きなだけ出てくる蛇口を湯船に取り付けただけですけど、喜んでもらえて嬉しいです」

「本当に不思議な種族だな、仙子(せんし)族は。こう、霓瓏(げいろう)に会う前は女神様のような神秘的な存在を想像していたのだが……」

「なんですかどういうことですか! わたしがただの美少年でがっかりしましたか!」

「何が美少年だこの野郎。……まぁ、顔がやたらと綺麗なことは否定しないが」

「ふふふん! 両親が素敵な容姿に産んでくれましたから! でも、なぜ現世(うつしよ)では人気が出ないのですか⁉ 身体がひょろひょろだからですか⁉ 弱そうだからですか⁉ 祁旌(きせい)さんはいいですよね! 女人からの熱い視線を独り占めですもんね!」

「はあ? そんなの、武人なら普通だろ」

 普通ではない。祁旌(きせい)は甲冑を着ていても深衣を着ていてもどこへ行っても、町娘たちから熱視線を向けられている。

「聖域とやらでは人気があるならいいじゃないか」

「……は? そんなことないんですけど」

「え?」

「聖域には必ず聖域外城塞都市(デシェル)という商業街が付随していて、そこには人間も獣化種族も、誰でも入ることが出来るんです。そのせいで、聖域の仙子(せんし)は美の基準のようなものが変化していき……。ここ数百年は、男性は人間の武人が一番かっこいい者の象徴になっているのですよ! わたしのような美少年は『可愛いけど……』って、色々対象外なのです!」

「そ、それは……、その、まぁ、な」

「ぴぎぃい!」

 祁旌(きせい)はなんと言ってあげればいいかわからず、言葉を濁した。

 悪気はないが、祁旌(きせい)には女性から好かれない男性の気持ちはわからないのだ。

 そう。人は自分が経験したことのない事象についてはうまく説明できないものだから。

「好みは人それぞれだからな。未来を信じろ。な」

「……けっ」

 祁旌(きせい)は小さくため息をつきつつ、いじける霓瓏(げいろう)の分も代金を払い、二人で食堂を後にした。

「では、わたしは気を取り直して魑魅(すだま)討伐に行ってまいります。ということで」

 霓瓏(げいろう)祁旌(きせい)に薬草がたくさん入った籠を渡した。

「これ、持って帰っておいてください」

「重いからだろ」

「いえ? 魑魅(すだま)は危険ですから! 特に、鬼魅(きみ)は。はやく退治しないとですもの!」

「耳障りの良いこと言ってごまかしやがって。お前の部屋に置いておくからな。俺は薬草についてはよくわからないから仕分けとかは無理だぞ」

「大丈夫です! 仙術で鮮度を保てるようにしてあるので。帰宅したら自分で干します」

「わかった。じゃぁ、気を付けて行けよ」

「了解!」

 霓瓏(げいろう)は籠を降ろして軽くなった肩をぐるんぐるんと回しながら、人込みの中を進んでいった。

 都から出る門は東西南北にあるが、今いる場所からすると、北の門から出るのが一番早い。

 北門は目の前が山なので、都合がいい。

 霓瓏(げいろう)は門を出ると、山に入り、周囲に人がいないか確かめた。

「……よし」

 (くう)から身長ほどの杖を取り出した。

 結晶化した桃の木で出来た仙子(せんし)族特有の杖。

 空を飛ぶのも、仙術を使うのも、戦うのも、薬の調合にも使うまさに相棒。

「さぁ、行きましょうか。太桃矢(タイタオシー)

 霓瓏(げいろう)は昼間でも陽の光が届きづらい鬱蒼とした山の中へと入っていった。

 ここは人間にとっては少し険しいが、山向こうにある鉱山がある州と都を繋ぐ道だ。

 使えなくなれば、経済が滞る。

「頑張るか」

 霓瓏(げいろう)は歩き始めた。素晴らしい生活を維持するために。


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