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養花天の薬術師  作者: 智郷めぐる
第一章
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第九集 いい天気

「快晴ですね!」

 雲一つない碧羅の天(へきらのてん)

 広大な囲いの中に集められている商品である馬たちも、どこか嬉しそうだ。

「けっこう寒いな」

「平原と言っても、わりと高地にありますからね。生姜湯飲みます?」

「おお、欲しい欲しい」

「すぐ淹れますね」

 霓瓏(げいろう)は鞄から茶器と瓶を出すと、お湯を沸かし、瓶から蜜漬け紅花(ベニバナ)生姜を取り出して茶器に入れた。

 そしてお湯を注ぐ。ふわりと立ち昇る甘くすっきりとした香り。

「どうぞ」

「ありがとう。……美味い」

「ふふふん! 母の特別な調合を真似して作った物ですから。美味しいはずです」

「そういえば、両親とは連絡を取っているのか?」

「まぁ、たまに。母は色々物資とか送ってくれます」

「そうかそうか。きっとお父上も心配しているよ」

「そうですかねぇ」

「可愛い息子だからな」

「まぁ、わたしは美少年ですけど」

「違う、そうじゃない」

「へ?」

「もういい。飲んだら行こう」

「そうですね。わたしは族長殿の診察をしてから向かいます」

「おう。頼んだ」

 霓瓏(げいろう)祁旌(きせい)は他愛のない話をしながら生姜湯を飲み干し、それぞれの仕事場所へと向かっていった。

「入ってもよろしいですか?」

「おお、霓瓏(げいろう)殿。どうぞ中へ」

 クハルゥの族長の天幕へと入った霓瓏(げいろう)は、挨拶がてら体調を聞いてみた。

「ごきげんよう、族長殿。どこか痛いところはありませんか? 今朝は冷えますから」

「身体の節々がちょっと痛むくらいですな」

「食事は出来そうですか?」

「食欲はあるのです。ただ、においのきついものはどうも……」

「しばらくは柔らかく茹でた麺やお粥がいいでしょう。胃腸に不安があるのなら、大棗(タイソウ)(アワ)曽波牟岐(ソバムギ) (蕎麦)の実を使うと良いと思います」

「ああ、麺か……。今日はそうしてもらうよう、伝えるとします」

 そのあとも、排泄物の具合を聞き取り、腹部を押して痛みの度合いや脈をはかるなどして診察を終えた。

「では、またお昼ごろ診に来ます」

「助かります」

 天幕を出て、霓瓏(げいろう)は馬市の会場へと向かった。

「あ、ウルナ殿」

「おお、霓瓏(げいろう)。母上が父上の側にいたいとおっしゃるのでな。俺が取り仕切ることになったんだ。安心だろう?」

「ええ、とっても。良い馬を祁旌(きせい)殿に回してくださいね」

祁旌(きせい)が買い付けするならそうしたいんだが……。あの兵部侍郎、わざと俺たちに嫌われようとしているのかってくらい態度が悪いんだよ。他の一族も、すでにピリピリし出してる」

「……厄介ですね。毒でも盛っておきましょうか」

「お、いいじゃん」

「いやいや、流石に祁旌(きせい)殿に怒られてしまいます」

「そりゃそうか。まぁ、朱燕軍が自軍用に買う馬には良いのを回しておくよ」

「ありがとうございます」

 視線を祁旌(きせい)の方へ移すと、たしかに緊張感が漂っている。

 顔を真っ赤にして詰め寄ろうとする草原の民に対し、柔和な笑顔で制しながら背に兵部侍郎たちをかばっている。

 少ししか聞こえないが、あの兵部侍郎、「金は払うと言っているのだから良いだろう」となおも草原の民たちを煽っているようだ。

祁旌(きせい)殿、大変そうだなぁ」

 霓瓏(げいろう)は馬市を見て回りながら、「おーい、軍医殿、こっちに来てくれ! 馬に蹴られた!」と呼ぶ声や、「寒気がする……」という兵士たちの手当てをして過ごした。

 そして夕方。馬市初日は言葉による小競り合いはあったものの、一応けが人はなく終えることが出来た。

 霓瓏(げいろう)は任務を終えて帰ってきた祁旌(きせい)に近づき、「どうでした?」と聞いた。

「……戦に行く方がマシだな」

「あらあら。大変そうでしたもんねぇ」

「あいつ、馬市に文句言いながら、世間話を装ってお前のこと聞いてきたぞ」

「そうですか。わたしは女性が好きなので、男性に興味を持たれても嬉しくも何ともありません」

「知ってるよ、それは。多分、気づいてるんじゃないか? お前が仙子(せんし)だって」

「まぁ、いいですよ。むしろ次聞かれたら話しちゃっていいですよ」

「わかったけど……」

 祁旌(きせい)は心配そうに眉根を寄せ、霓瓏(げいろう)を見つめた。

「大丈夫ですって。いざとなればちょっと毒でも盛りますから」

「それはやめてくれ」

「はあい」

 やはり、毒を盛るのは駄目だった。

 霓瓏(げいろう)は「今日のお夕飯はなんですか?」と話を変え、微笑んだ。

「ううん、肉でも焼くか」

「賛成です!」

 ウルナからたくさん羊肉をもらったらしい。

茴香(ウイキョウ)もらってもいいか?」

「粉末のをすぐ出します!」

 霓瓏(げいろう)は鞄から百味箪笥を出すと、たくさん並ぶ引き出しから見つけ、薬包(やくほう)に包んであるものをいくつか渡した。

「良い香りだ。さすが霓瓏(げいろう)。良い目利きだ」

「そうでしょう、そうでしょう! 薬の質は皇宮の太医(たいい)にも勝っている自信があります」

「はいはい。そりゃすごい」

「……もっと積極的に褒めてくださいよ! わたしは褒められないと伸びません!」

「だからつい数秒前に褒めただろうが」

「足りない!」

「……はぁ」

「溜息をつくなんて、相当疲れていらっしゃるんですね。何か処方しましょうか?」

「いや、いい」

 祁旌(きせい)はまた大袈裟に溜息をつきながら、料理番のところへ行ってしまった。

 霓瓏(げいろう)は「お疲れなんですねぇ」などとのんきなことを言っている。

 自分のせいで祁旌(きせい)が溜息をついているとは思っていないようだ。


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