7、おやすみ。
風呂から湯気をまとって出ると、聴具の部屋のドアが少し開いていて、鼻歌が聞こえてきた。少しのぞいて見ると、聴具は鏡台の前で髪をとかしていた。指にはもらったばかりの指輪がつけてあった。
「聴具、次お風呂いいよ」
「具視」
「ん?」
濡れた髪をワシャワシャしながら具視は聴具の隣に座った。いつも陽気な聴具らしからぬ思いつめた目をしていた。聴具は具視がついた手に自分の手を重ねてしばらくそうしていた。
「どうしたの?」
笑ってみたものの、聴具は長い沈黙を貫くだけだった。
「約束してくれる?」
「約束?」
「うん。私たちがもっと年とって、大人になったらの話。具視は私より先に死なないでよ」
真面目な顔で言うので具視は肩をすくめた。
「突然何を言うのさ」
具視は急におかしくなってクスリと笑った。
「具視が先に死んじゃったら、さみしいもん」
「俺だって、聴具が先に死んだら嫌だよ。それに、年なんて変わらないんだから、どっちが先に死ぬかなんて分からないよ」
「約束は約束」
随分と押しつけがましい約束だな、と具視は思いながらふてくされた。
「分かったよ」
「ありがと。私ね、時々すっごく怖くなるの。死んだらどうしようって、そういうの、考えていたら怖くなる。こんなこと言えるの、具視だからだよ。他の人に言うと、考え過ぎとか言われちゃうから」
具視は唇をすぼめた。
「分からなくもないよ」
「本当?」
「いずれ俺たちはみんな死ぬんだもん」
「そうだけど」
「みんな、どんなふうに生きろとか、そういうことは偉そうに言うよね。だけど、死については話したくないみたい。そりゃあ、ちょっと暗い話題だもんね。誰だって大切な人には死なないでほしいって思っているはずだよ」
具視はほほ笑んで聴具と手をたたき合った。
「ありがと、具視。具視に話したら、元気でた!」
そう言って聴具は勢いよく立ち上がった。
「私もお風呂、入ってくるね。具視はもう寝るの?」
「うん」
「おやすみ」
聴具はにっこり笑った。
「うん、おやすみ」
具視も自分の部屋に戻った。聴具がくれた5年日記と、父と母からもらった服をながめる。Tシャツの着心地を確かめてみたくなり、頭からかぶった。その瞬間、ビリリと嫌な音がしてびっくりした。ぬいでみると、シャツに大きな切れ目が走っていた。
「あぁ……やっちゃった」
乱暴に着たせいかもしれない。せっかくもらったばかりのプレゼントなのに。具視はこのことをなんて話したらいいのか分からず、たたんで枕元に隠した。心の中に芽生えた一瞬の違和感の正体は分からない。布団の中に身を置きながら目をつむった。今日も一日、おいしい料理を食べたり、楽しく話したり、本当に楽しかった。さっきの違和感は気のせいだ。悪いふうに考えるのはよそう。せっかくの誕生日なのだし。
(そうだ、日記をつけなくちゃ!)
聴具にもらったのに、さっそく忘れるなんて。具視は起きてランプをつけた。書くことは決まっていた。
【2019年6月23日】
きょうは俺と聴具の誕生日。
10歳になった。おめでとう、聴具。
おいしい食べ物をたくさん食べて、楽しかった。
これからいろんなことを書こう。
みんなとおばあちゃんちに行った話とか、聴具と遊んだ話とか……
それじゃあ、また明日。
おやすみ。