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視聴の払霧師  作者: 秋長 豊
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59、姉の本性

「あ! いたいた!」


 麗一は会議室後方に座っている具視を見た途端、無邪気な声で手を振った。


(俺?)


 戸惑っていると、麗一は縦の通路を進んで具視の前にやってきた。


「よく来たね!」


 麗一は優しく笑い掛けた。彼が、御三家尾崎流頭首――水沢麗一。その役職は、子どもみたいに無邪気な笑顔からは想像つかなかった。


「君が南薺のお気に入りっていう、波江具視?」


 いきなり髪をわしづかみにされた。


 ?

 ?

 ?


 あまりに突然の出来事で、頭の整理が追いつかない。


 髪をつかまれてる? 


 なんで?


 なんだ、この男。いきなり――


「霧を吸っても溶けなかったっていう、化け物みたいな子ってさ」


 具視は一瞬で嫌な気分にさせられた。こんなに大勢の前で、なんてことを言うんだ。正直言って、頭首の器とは思えないデリカシーのなさだ。具視は拳を握りしめた。ここに来てからは、その言葉で言われたことはなかった。


 あぁ、分かってたよ。


 結局どこに行っても、嫌なやつはいる。


 龍太郎が立ち上がった。具視はまばたきもせずに冷たい視線を注ぐ麗一のことを見返していた。違う。この目。村でいじめてきたやつらなんかとは比較にならないほど、危険な感じがする。龍太郎が麗一につかみかかろうとした時だった。場内全体がゆらめいた。


(なんだ?)


 室内の明かりに照らされてできた影が、左右に揺れている。揺れは次第に大きくなり、フワッと目の前で風が起こった。具視と麗一の間に黒い影が膨れ上がり、


 麗一が消えた。


 何があったのか、具視には理解できなかった。


 0.1秒後には、場内の壁が破壊されていた。駆け寄ろうとしていた龍太郎でさえ、口をあんぐりと開けている。徐々に、吹き飛ばされたのが麗一だということが分かった。壁に体をめりこませた麗一の体に、小さな足が乗る。


「おい」


 どすのきいた声。


「誰に向かって化け物っつった」


 聴具は無表情で踏みつけた足に力を込めた。


 具視はフラフラしてその場に膝を着いた。あの、明るくて優しい聴具がこんなことを? 頭の中がグルグル回って理解が追いつかない。


「今度言ったら――その指折んぞ」


 麗一はゲホゲホ言いながら立ち上がった。壁に穴を開けるほどの威力にもかかわらず、彼は傷一つついていなかった。よく見ると、彼の背後でニュルッと黒い影が動いた気がした。麗一は笑っていた。


「怖い怖い。人間が守護影だからどんなやつかと思ってみれば、ブラコンをこじらせた女の子とは」


 聴具は会場の中で一番高い台に上がると、何一つ臆することなくこう言い放った。


「弟を”化け物”と呼ぶことは許さない。もし言ったら、私に蹴り飛ばされても文句は言えないと心得なさい」


 水を打ったようにしんとなる会議室。


 そこでドアが開き、何も知らない橋本南薺が入ってきた。


 穴の開いた壁。倒れた麗一。台の上に乗る聴具……南薺はこれらの状況を見て状況を判断したのか、会議資料をテーブルの上に置くと中央の椅子に座った。すーっと息を吸い、目を閉じて数秒押し黙った。耐え難い沈黙の後、南薺は目を開けた。


「説明しろ」


 圧のこもった言葉。


 麗一は手をヒラヒラさせながら自分の席にボスッと座った。南薺は不愉快そうに眉をゆがめ目を細めた。


「麗一頭首が変ないいがかりをつけて、その子の髪をつかんだように見えたけど。龍太郎が止めに入ろうとしたら守護影が出てきて麗一のことを吹っ飛ばした。そんなところだね。いやぁ、びっくりしたなぁ。会議室の壁に穴まで開けちゃうなんて」


 そう言ったのは千代田座長の与雀だった。南薺は口を挟むことなく最後まで聞き終えると、面倒事を処理し終えた冷静な目を具視に向けた。いきなり視線を向けられドキッとした具視は何を言われるのかとハラハラして待った。


「波江具視。これがお前の守護影か」


「はい」


「協会規則第12項、守護影を使い人を攻撃することを禁止する。それが払霧師相手だとしても、問題解決の手段にその力を行使してはならない。覚えておけ」


 具視は返事をし、慌てて頭を下げた。すごい。彼が言葉を発しただけで、どこかまとまらなかった会議室の空気に統一感が生まれた。具視と聴具の話はそれだけで、南薺は切り替えの速い顔で、椅子にのけぞって座る麗一を見た。


「波江具視の入学兼協会加入への件は元老委員会で既に可決したことだ。それに関して異議があるなら、この場ではなく委員会の場で公平に話し合いを行う。この話は以上だ。席に着け。会議を始める」


 終わり?


 あまりにもあっけなく終わった話し合いに、具視は拍子抜けした顔で突っ立っていた。すると後ろから也草が来て、具視の腕を引っ張り強制的に座らせた。気が付けば聴具の姿はなく、何事もなかったように会議は始まっていた。


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