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視聴の払霧師  作者: 秋長 豊
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31、はやる気持ち

 この日以降、具視は勉強と審査通いを両立する日々を送った。100円ショップで買った卓上カレンダーに審査の日を赤い丸で囲った。家事は積極的に行い、自分の部屋で中学校卒業程度認定試験の勉強と対策に励む。分からないところは日中家にいる龍太郎に聞いた。彼は中学レベルの勉強なら全教科完璧で、教科書を少し見ただけで自分の記憶を頼りに解答の解説をしてくれた。


 勉強はやればやっただけ身に着いた。そういった意味では先が見えるし自信もつく。ところが、守護影審査だけはまったく異質だった。予習や復習というものはないし、身に付くというものでもない。


 身近な先生である龍太郎は、大抵夜の時間になると家を出て行く。日が暮れる前に帰ってくる也草と入れ違いになることもあり、それは彼が戦場に向かうことを意味していた。具視は龍太郎に尋ねなかったが、そうなのだ。そして、具視が朝目覚めるころには居間でいびきをかいていることが多い。具視たちが眠っている間、いったいどれほどの戦いをしてきたのだろうか。そう考えるだけで眠れない日もあった。


 村にいる祖母にはたまに電話をかけるくらいだったが、病気もなく元気でいるようだ。電話の終わりには必ず「体に気を付けてね」と具視のことを心配してくれた。時々、地元の食べ物を宅配便で送ってくれることもあった。その際は毎回手紙が同封されていて、いつも具視が世話になっているという内容の話や、みんなで食べてほしいとの言葉が記されていた。ジャガイモが大量に届いた時は、みんなでジャガイモ料理パーティーを開き、野菜が山と届いた時は具視が直々に野菜炒めや鍋を作った。


 やがて夏は終わり、底冷えする11月が訪れた。相変わらず資格試験に没頭する具視は、今さらながら自分は浪人生なのだと思い至り、早く審査に合格しなければとはやる気持ちでいっぱいになった。


 13回目の審査を前にした11月24日。


 この日は龍太郎が仕事で朝から家にいなかったので、電車で払霧師大学まで行くことになった。前にも何回かあったことなので、具視は電車通学に慣れた也草と家を出た。総武線で高円寺駅から中野駅へ。東西線に乗り換えて、7駅を経由し大手町で千代田線に乗り換える。そこから二重橋前、日比谷を経由して目的地の霞ケ関へ。東西線で乗り換えるのは、始発で座れるという恩恵があるからだった。


 霞ケ関駅で降りた2人は、地上へ続く階段を上がって桜田通り沿いに出た。そこから数十分歩き、大学に着いたところで具視は也草と分かれ、事務局で審査の手続きを済ませた。いつものように採血をして心の準備を整えていると、審査会場から初めて見る顔の少女が出てきた。絹を思わせる真っ白な髪を腰丈まで伸ばし、緩く一つにしばっている。前髪は両目を隠すほど長く鼻先までかかっている。


「あの」


 すれ違う瞬間、具視は勇気を出して声を掛けていた。


「こんにちは」


 少女はそう言って、人懐こい笑みをたたえた。自分の顔も見られたくない恥ずかしがり屋なのかと思いきや、意外と明るい第一印象だった。


「もしかして、守護影審査に通っているんですか?」


「はい」


 年は同じくらいなのに、やけに上品なしゃべり方をする少女だ。具視は少し気恥ずかしくなって頭に手を当てた。


「俺は、きょうで13回目の審査です」


「頑張ってるんですね」


「はい。でも、進歩はなくて」


「波江具視さん」


 具視はドキッとした。


「知っているんですか?」


 少女はグイッと顔を近づけた。白くてキラキラした前髪の隙間から、わずかに青い瞳がのぞいた。


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