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帰省 092と003

今回はいつも通りの長さです。


俺達は高速鉄道に乗ってエリア092へ向かっていた。003と092は遠く離れた位置にあるので、到着は今日の夜になる予定だった。

「おお…色んなエリアがあるなぁ…」

ライネスは列車の窓から、他のエリアの景色を眺めていた。遺跡群が存在するエリア004や近代的な街並みのエリア017は、092や003とは異なった雰囲気だった。

「……」

爺ちゃんは不毛な荒野と化したエリア021を、静かに見つめていた。かつて住んでいた土地が、人が住めなくなっている様子を見て思うところがあるのかも知れない。


13時頃になると腹が減って来たので、メニューを確認する事にした。以前食べた牛丼以外にも色々あったが、なんとラーメンまで提供しているらしい。

「ラーメン…持ってくる間に麺が伸びたりしないのか?」

「折角だし、頼んでみようよ」

気になった俺は、3人分の豚骨ラーメンを注文した。数分後に俺達3人がいる個室に、三つの豚骨ラーメンが運ばれて来た。

「豚骨にしてはあっさりしてるな」

「俺にとってはこれくらいが食べやすいかな」

具材はチャーシューと青ネギだけのシンプルなラーメンだった。爺ちゃんにとっては物足りないみたいだけど、俺にとってはこれくらいあっさりしたラーメンが好みだった。


ラーメンを食べ終わるとすぐにロボットがやって来て、器を回収して行った。豚骨の匂いが残らない様に、俺は個室の送風を強くした。

「普通に美味かったな、あのラーメン」

「あのロボットは警備マシンも兼ねているらしいな」

この高速鉄道のシステムの大半はロボットによって制御されていた。人間の乗務員は、ロボット達の制御を行うエンジニアくらいである。

「今日の夜は、俺とサマンサの家に来ないか?」

「うん…それもいいかも」

エリア092が近づいて来た頃、爺ちゃんからの提案があった。確かに母親と、あの父親がいる家にすぐに戻りたくは無かった。

「それにしても車窓の景色は見てて飽きないなぁ…」

「見てると楽しいよね」

ライネスの言う通り、列車での旅は車窓からの景色も楽しいものだ。荒涼とした荒野もあれば、針葉樹が立ち並ぶ森林もある、大自然を感じさせる景色を眺めていると、自分達人間の悩みがちっぽけなものに思えてくるのだ。


「じゃあなエドガー、爺ちゃんと婆ちゃんによろしくな」

「うん、また明日」

ライネスと別れた俺は爺ちゃんと一緒に、婆ちゃんが待っている家へと向かった。今日は爺ちゃんと婆ちゃんの家で、ゆっくり休みたかったのだ。


「おかえりエドちゃん!」

「婆ちゃん…一ヵ月いなかっただけだよ…」

婆ちゃんは相変わらず押しが強かったが、そこに俺は安心感を覚えた。婆ちゃんは既に俺の分まで夕食を作ってくれていたようだ。


夕食には特別な料理は無かったが、婆ちゃんは俺の好物であるハンバーグを作ってくれていた。俺はありふれた家庭料理の数々を味わいながら食べていた。

「エドちゃん、母さんには…」

「まだ顔を見せてない」

「一度は見せてあげた方がいい」

俺は爺ちゃんの言葉を聞いて、ゆっくりと頷いた。正月休みの期間によっては、父親とも顔を合わせる事になるかも知れない。

「どれくらいの間ここにいるの?」

「うーん…12日には向こうに戻るつもり」

俺には、いつまでもここでのんびりしている気は無かった。またここに、ずっと居たいと思ってしまうかも知れないからだ。

「そう言えば…明日は朝食を外で食べない?」

「えっ?あの喫茶店が開くのは昼でしょ?」

「行きつけの喫茶店じゃなくて、OLDstarの方だろう」

爺ちゃんは以前にもOLDstarのフードメニューを食べた事があった。今回は俺だけでなく、爺ちゃんや婆ちゃんと一緒にOLDstarに行きたいのだ。


「若い人ばっかり…浮いてないかしら?」

「大丈夫だよ」

1月7日の朝、俺は爺ちゃんと婆ちゃんと一緒に、OLDstarに来ていた。婆ちゃんは慣れない店に来てるからか、落ち着かない様子を見せていた。

「じゃあ私は…」

「俺はこれかな…」

婆ちゃんと爺ちゃんはドリップコーヒーで、俺はアールグレイを頼んでいた。フードメニューの方は、婆ちゃんはハムエッグのホットサンド、爺ちゃんはペッパーハムとオニオンのフォカッチャ、俺はソーセージ&スクランブルエッグサンドを注文した。


「やはり美味いな」

「普通のカフェのより美味しいわ」

爺ちゃんはフォカッチャを食べていて、婆ちゃんはハムエッグのホットサンドの美味しさに驚いていた。俺はソーセージ&スクランブルエッグサンドを食べていたが、以前食べたハンバーガーのチェーン店のセットメニューと比べると、感動できるほどの美味しさだった。

「ここのコーヒーも美味しいわね」

婆ちゃんもここのコーヒーを気に入ってくれた様だ。俺が飲んでいるアールグレイも、かなり美味しかった。

「もう少しここでゆっくりして行こうよ」

俺達は朝食は食べ終わったが、コーヒーやアールグレイを飲みながらのんびりする事にした。こうして爺ちゃんや婆ちゃんと一緒落ち着ける時間も、俺にとっては大事だった。


「中々いいカフェだったわ」

「今度は昼に行くのもいいと思うよ」

朝食を食べ終わった俺は、婆ちゃんと爺ちゃんの家でのんびりしていた。婆ちゃんもOLDstarを気に入ってくれて、何よりだった。

「お昼はどうするの?」

「自分の家に帰って食べるよ」

勿論、この時間に帰れば母親に会う事になる可能性が高くなる。だが、一度は母親に顔を見せておくべきだというのは、爺ちゃんの言う通りだった。

「エルナは…お前の母親は、お前を愛していなかったわけでは無い…そう信じている」

「爺ちゃん…」

俺は爺ちゃんの言う事も理解はできるが、あの母親の事は苦手だった。勝手に期待して、勝手に落胆した様にしか見えないからだ。


「エドちゃん、困ったらいつでも来ていいからね」

「婆ちゃん…ありがとう」

俺は爺ちゃんと婆ちゃんの家を出て、自分の家に向かった。路面電車に乗れば1時間ぐらいで着くのだが、年始だからかかなり混んでいた。

(人が多いが…もうすぐだ)

この程度の混み具合でもうんざりしてしまう俺には、満員電車など我慢できそうにない。自分の家の最寄りの駅に着いて電車を降りた俺は、真っ直ぐ帰る事にした。


「ただいま」

「エドガー…おかえりなさい」

俺が家に帰ってくると、母さんがすぐに反応した。俺は母さんと積極的に言葉を交わす事なく、リビングに向かった。

「おっエドガーか、おかえり」

「兄さん、ただいま」

ライネスはリビングで、対戦ゲームの1人用モードをプレイしていた。俺は冷たい麦茶を飲んだ後、しばらくその様子を見ていた。

「その…エドガー」

母さんは俺に声をかけようとしていたが、言葉に詰まっている様子だった。いつからこんな関係性になってしまったのかは、俺にも分からない。

「母さん、何?」

「えっとね…その、困っている事は…」

俺から声をかけたが、母さんは上手く言葉にできない様子だった。俺とどんな風にコミニュケーションを取ればいいのかすら、分からないようだ。

「一人暮らしで困っている事は無いよ…」

「ああ…そうなのね」

俺は母さんの助けを借りるつもりは殆ど無かった。困った時はあるだろうがそう言う時は、まず爺ちゃんか婆ちゃんに相談する。

「その母さんは…あなたの味方でいるから」

「うん」

口だけでは何とでも言えるし、以前にも似たような事を言っていた。最低限顔は見せたし、これ以上話したい事は無かった。


「一人でやるの飽きたから、エドガーも付き合えよ」

「分かったよ兄さん」

俺は1人用モードに飽きたライネスの対戦相手になってあげる事にした。俺も久しぶりに、ライネスと対戦してみたかったのだ。


「そう言えば向こうにある孤児院の手伝いをした時、子供と一緒にこのゲームやったよ」

「へぇ、どうだった」

俺はゲームをしながら、向こうでの生活についてライネスと話した。ライネスも弟である俺の一人暮らしには興味がある様だ。

「俺の事を弱いとか言った生意気なガキがいたから、本気で打ち負かしてやった」

「ははは!大人気ねぇなぁ!」

ライネスは俺の事を大人気ないと言ったが、その通りではある。とは言え、あの時は本気でムカついたので、しょうがないだろう。

「でも、中には本当に強い子もいた。本気で挑んでも勝てないほど強かった」

「マジかよ…」

俺の話を聞いたライネスは意外そうな表情を見せていた。まぁ、孤児の中にゲームが上手い子が居ると聞いたら、普通は驚くだろう。

「そういう子もいるし…色んなエリアが孤児の保護を積極的にやれば良いのにな」

「ホント、そうだよね…」

孤児の保護の積極的なエリアは資産が潤沢な003や017くらいであり、貧しい人々への救済が行き届いていないエリアも多い。それこそエリア013では孤児など、人身売買の格好の的だろう。


「さっきの、貧しい子供達の話だけどさ…」

「何、兄さん?」

風呂上がり、23時くらいにライネスが話しかけて来た。先程の孤児の話について思うところがあるみたいだ。

「その…俺にも何かできる事は無いのかなって…」

「地道に信頼できる組織に募金するしか無いでしょ」

ライネスは急に孤児達の未来を考え始めたようだ。才能があっても生かす事ができないまま埋もれていく事が、可哀想だと思っているらしい。

「後は…教育支援かな。学ぶ機会を得られない貧しい子供は未だに多いし…」

「上手くやってるエリアもあれば、全然出来て無いエリアもあるよな…」

教育支援については003や017は上手くやっているが、それ以外のエリアは支援のやり方が明後日の方向に向かって、税金を無駄にして終わるだけの場合も多い。その様な事が重なると中流階級以上の市民が、貧民を救うための政策に不満を抱く様になるのだ。

「まぁ、自分達がこういう事を避けない様にする事が、大事だと思うよ」

「そう…だな」

いつの時代も人間社会には、富める者と貧しい者がいる。社会が続いていく限り、貧富の差は埋まらないのかも知れない。それでも、諦めないことが大事なのだと、俺は信じている。


1月8日の昼、俺は寒空の下で爺ちゃんの行きつけの喫茶店に急いでいた。折角エリア092に戻って来たのだから、一度はあのカレーライスを食べておきたいのだ。

(爺ちゃんとの待ち合わせの時間までもうすぐ…今日もジェームズさん達を読んでるらしいけど…)

爺ちゃんはジェームズさん達に、俺が帰省していると伝えたらしい。そうしたら、俺の一人暮らしがどんな感じか、気になったらしい。

「何話せばいいかな…時々メッセージのやり取りはしてたし…」

俺はそんな事を考えながら、人にぶつからない様に喫茶店へ向かう。いつまでも寒空の下にいて、風邪をひかないように急ぎながら。


俺は待ち合わせの時間の数分前に、喫茶店に到着した。既にハワードさんがいてもう一人、よく知っている人物がいた。

「あっ…カエデさん。こんにちは」

「この前桜雪庭苑で会って以来だね」

新聞を読むハワードさんの近くの席には、カエデが座っていた。カエデは既にカレーライスを食べている途中だった。

「あなた達が出発した日の夜は桜吹雪が綺麗だったよ。私が出発した時には、ほとんど花は地面に落ちてたけどね」

俺達はちょうど満開の時期の冬の桜を見る事ができたのだ。勿論カエデが見た桜吹雪の写真も、後で送って欲しいとお願いするつもりだが。

「おっ…ハワード!先に着いてたんだな」

「悪いなエドガー、待たせたか?」

「ううん。大丈夫だよ爺ちゃん」

ジェームズさんとポールさん、爺ちゃんもやって来た。爺ちゃん達はすぐに注文をして、俺もカレーライスを注文した。


具材は豚肉ぶたにく玉葱たまねぎだけの、一見シンプルなカレー。しかし様々な具材を煮込む事で、味わい深くなっている。飽きが来ない、何度でも食べたいと思う味なのだ。

「…ごちそうさまでした」

「よし、昼飯も食べ終わったし、チェスでもやるか」

カレーライスを食べ終わった後は、皆でチェスに興じた。俺は紅茶を飲みながら、果敢に攻めの戦法で挑んだ。


「うーん…」

「エドガーも、それなり強くなってると思うぞ」

俺は中々爺ちゃんとその友人達や、カエデに勝つ事ができなかった。俺の優勢が続くゲームも、増えて来てはいるのだが…

「そうだエドガー、向こうでの生活はどんな感じなんだ?」

「えっとですね…」

エリア003での一人暮らしについて、最初に聞いて来たのはポールさんだった。俺はクリスマスの後にアルバイトの人達と打ち上げに行った事や、孤児院の手伝いに行った事などを話した。

「何だエドガー、打ち上げで思いっきり騒いだりした事ないのか?」

「俺はそういう空気が苦手なんですよ」

「私も業界の人とは最低限のやり取りしかしてない」

ジェームズさんは意外そうだったが、ハワードさんは苦々しい顔をしていた。爺ちゃんとジェームズさん達の若い頃はどうだったのかが、気になってきた。

「言っておくがエドガー、俺はバカ騒ぎをするジェームズとポールが関係ない人に迷惑をかけないように見張っていたんだ」

「お前だって昔は、よく喧嘩してたじゃないか」

ハワードさんも打ち上げは苦手な様だが、昔は今ほど落ち着いた雰囲気では無かったようだ。皆のまとめ役は爺ちゃんの様で、それは昔から変わらないみたいだった。

「それにしても孤児院か…どんな感じだった?」

「えっと…思ったより明るくて…」

孤児院について俺に聞いてきたのは、カエデだった。俺は孤児院を手伝った時の印象を、出来るだけ細かく伝えた。

「へぇ…ゲームが強い子か…私も会ってみたいな」

「チェスを教えてやりたいな」

孤児院の話については、みんなが食いついてきた。孤児達がどんな生活をしているのか、興味があるのだ。

「でも…本当にみんな元気そうだった」

「まぁ、そういう場所で育った子供は、たくましくなっていくもんだ」

爺ちゃんと友人達はしみじみとした様子になっていた。爺ちゃん達は戦時下の厳しい環境で育ったので、思う事があるのだろう。

「孤児院の子達と遊んだりもしたんだけど…俺の体力が追いつかなくて…」

「…もうちょっと体力つけた方がいいんじゃないか?」

ポールさんの言う通り、俺には体力が足りていない。何とかして、もう少し体力をつける必要はあるだろう。

「でも孤児院の手伝いは楽しかったよ。子供達と対戦ゲームもできたし」

「俺には、最近のビデオゲームはよく分からないからなぁ…」

孤児院の手伝いが楽しかったのは、紛れもない事実である。ずっと小説を書いてると、気が滅入って来る事もあるので、面倒でも偶には別の事をしたくなるのだ。

「若い内に、色々やっておくといいぞ。年をとってからでも遅くは無いが、どうしてもできない事は増えていくからな」

「ポールさん…」

「あのさ…明日、君の家にゲームやりに行ってもいい?」

「あっ…うん。いいよ」

俺がポールさんの言葉を聞いて、何がやりたいかを考えていると、カエデが自分の家にゲームをしに来たいと言った。折角帰省してるんだし、カエデとまたゲームをするのもいいだろう。

「この後、また爺ちゃんの家に行ってもいい?」

「ああ…勿論だ」

俺はこのまま真っ直ぐ自分の家に帰らずに、爺ちゃんの家に寄る事にした。爺ちゃんの家でのんびりしたい気分になっていたのだ。


「エドガーもだいぶ強くなってない?」

「まだまだですよ…」

1月9日の2時過ぎ、俺とライネスは家にやって来たカエデと一緒にゲームをしていた。俺もそれなりプレイスキルは上達しているのだが、カエデと比べるとまだまだだった。

「俺の方が強いぞ…おっと」

「兄さん、油断してると足元掬われるよ」

ライネスは俺の方が弱いと思っている様で、油断している様子も見せていた。俺も負けていられないと、隙を突く様なプレイングを見せた。

「よし…勝った」

「ホントに強くなってんな…」

俺はライネスが操作するキャラを撃破して、カエデとの戦いに移った。ライネスは自分が逆転できないまま俺に負けた事に、驚きを隠せないようだ。


だが、結局カエデには勝てずに終わってしまった。カエデに真っ向から挑んで勝つ日は、まだまだ遠そうだ。

「ああ…やっぱり勝てなかったか。カエデさんは強いですね」

「そう簡単に勝ちを譲る気は無いよ」

カエデは最後まで油断せず、手を抜く事なく俺には勝利した。油断も隙も無く、自分のプレイスタイルを貫けないまま、俺は敗北してしまった。

「もうちょっとしたら003に戻るんでしょ」

「うん…12日には帰るよ」

俺はエリア003に戻る日にちを、カエデにも伝えていた。カエデも、俺の事を友人だと思っているのだろうか。

「私もそのうち092を離れようと思ってるんだけどね…」

「017に戻るの?」

カエデは何やら考え込んでいる様子を見せていた。どうやら017に戻るかどうかを考えているようだが…

「017は人が多すぎるから…004で暮らしてみたいんだよね」

「004って…」

エリア004は遺跡群があるエリアで、俺も以前行ってみたいと思っていた場所である。今住んでいる003の隣なので、行こうと思えばいけるのだが…

「004は住宅街の近くにも遺跡があったりするから退屈しないかもと思って。治安も悪くないみたいだし」

004は至る所に文化財として保護されている遺跡がある。近代化が進んだ場所は別だが、ただ単に取り壊すのでは無く、遺跡を丸ごと別の場所に移動させるなどして、文化財の保護には全力を注いでいる。

「あなたはまだ003で暮らし続けるの?」

「うん…当分の間は092には戻って来ないと思う」

俺はまだエリア092での生活を続けるつもりだった。まだ、自分の作品の大きな変化に繋がるインスピレーションを見つけられていないからである。

「そっか…じゃあしばらく顔を合わせる事は無いんだな」

「メッセージのやり取りならいつでもできるから、大丈夫だよ」

ライネスは俺がいなくなる事がやっぱり寂しいようだ。メッセージでのやり取りと直接会話する事は、やっぱり異なるからである。


出立の日まで、ゲームをしたり喫茶店に行ったり、小説の続きを書きながら過ごした。そうしている内に、エリア003に戻る日である12日は、あっという間にやって来た。

「次はいつ戻れるか分からないけど…」

「元気でな…エドガー」

夜、俺はライネスに見送られながら家を出て、駅へと向かった。爺ちゃんと婆ちゃんは、駅まで見送りに来てくれると言っていた。


「エドちゃん!」

「…また、寂しくなるな」

「婆ちゃん…爺ちゃん…」

駅に見送りに来た婆ちゃんと爺ちゃんは、やはり寂しそうだった。次の帰省がいつになるのかは、本当に分からないからだ。

「エドちゃん、無理しちゃダメだからね」

「婆ちゃんと、爺ちゃんも元気でね…」

俺は婆ちゃんと爺ちゃんに見送られながら、寝台特急のホームへ向かった。今回は予約できたチケットの関係で、寝台特急に乗る事になったのだ。エリア003に到着するのは13日の朝になると、エドワードさんにも伝えていた。


(中々いい部屋だな…)

今回泊まる寝台特急の個室であるデラックスルームは中々に広く、コンセントやゴミ箱、ドライヤーがあり暖房も完備、さらには洗面所まである部屋だった。ベッドも十分な広さで、俺ぐらいの体格なら、かなりのびのびと過ごせそうだった。

(パジャマとスリッパと…何だろう…)

俺はパジャマとスリッパの横に置かれていた袋の中身を、机の上に並べてみた。アメニティグッズの袋だったみたいで、中にはシャンプーとコンディショナー、タオルと洗顔フォーム、歯ブラシと歯磨き粉、スキンウォーターにシェーバーとシェービングフォーム、石鹸などが入っていた。

(本当に快適に過ごせそうだ…)

さらにデラックスルームには、シャワールームまで備えてあった。他のグレードの低い個室に泊まっている乗客とは違い、好きなタイミングで体を洗えるのだ。

(取り敢えずシャワーを浴びよう…)

俺は熱めのシャワーを浴びて体をしっかりと洗い流した。シャワールームから出た俺はドライヤーで髪を乾かした後、枕元のコントロールパネルを調べてみた。

(室内の調光ボタンか…)

室内の光を暗くした俺はベッドで横になりながら、ぼんやりと窓の外を見つめていた。街の明かりが無いエリアの夜空では、信じられないほど多くの星が輝いていた。

(月の光って…優しいな…)

満天の星空と満月の光が、優しく地上を照らしていた。星と月の光に照らされながら走る寝台特急の個室で、俺は眠りについた。


翌朝、俺が目を覚ました時はまだ6時で、エリア003に到着するまで、後3時間はあった。俺は個室に鍵をかけた後、別の車両にあるミニラウンジへと向かった。

(もうすぐ夜明けって感じだな…)

エリア021の荒野の向こうからは、少しずつ朝日が昇り始めているようだ。黎明の荒野も見ながら、俺は自販機で買った温かい緑茶を飲んでいた。

(朝メシも食うか…)

朝飯は寝台特急に乗る前に買った、サンドイッチだった。シンプルな味のサンドイッチで、朝食には丁度良かった。

(街が、目覚めていく…)

夜明けと同時に目覚める人も多く、街は動き始める。017で生計を立てているアニメーター、013でヤクザによる搾取を受けながらも懸命に働く営業マン、閑散とした006の街で自らの死を待つ老人、誰もがこの星で生きているのだ。

(003が終点だし…部屋に戻るか)

俺は一度個室に戻って、列車を降りる支度をする事にした。個室の窓から雪が積もったエリア004の遺跡群が見えていて、朝日を浴びて銀色に輝く美しい景色になっていた。

(忘れ物は無いな…)

俺は忘れ物が無いかを入念にチェックした後、寝台特急を降りた。真冬のエリア003には雪が積もっていて、極寒の土地になっていた。

俺は寒さで体が冷え切る前に、エドワードさんの洋食店へ急いだ。既に冬の桜は散った後なので、観光客の姿は殆ど見かけなかった。


「092はどうだった?」

「もう懐かしく感じましたよ…」

また明日からは、この店で働く日常が続いていく。昼間はこの店で働きながら、夜は小説の続きを書くのだ。


「そう言えば、銭湯ならこの街の郊外にもあるよ」

「はい、自分でも確認してみます」

この洋食店の生活スペースには風呂場は無く、後から増設したシャワールームしか無かった。シャワーを浴びるだけでは無く、お風呂にも入りたいと相談した事があったのだ。

「明日、行ってみます」

翌日は休業日だったので、早速行ってみる事にした。ちゃんとした風呂に入るのは久々だったので、少し楽しみだった。


1月15日、俺は朝10時に家を出て、街の郊外に向かった。早めの時間に銭湯に行って、どんな場所か見てみたかったのだ。

郊外にあったのは所謂スーパー銭湯で、駐車場も確保されていた。理髪店や食事スペースもあり、居心地は良さそうだった。

(客層も意外と偏っていないな…)

エリア092では、戦闘にいる客は高齢者ばかりだった。しかしこのスーパー銭湯には、様々な年代の人が訪れていた。

(ここはサウナも充実しているのか)

黄土サウナやアメジストサウナ、クールルームもあるらしい。黄土サウナは設定温度がそこまで高く無いので、俺でも入れそうだった。冷水浴が苦手な俺にとっては、クールルームの存在も嬉しかった。


大浴場へ向かった俺は、すぐに露天風呂に行ってみる事にした。室内の風呂にはそこまで興味を惹くものが無かったのだ。

(おおっ、壺湯か…)

露天風呂には岩風呂だけでは無く、一人用の壺湯もあった。ちょうど空いていたので、俺は壺湯に入って体を芯から温めた。


俺は食事スペースに行って、メニューを開いてみた。饂飩うどん蕎麦そば、丼ものやお好み焼きなどを提供している様だ。

(今日はお好み焼きにしてみよう…)

俺は豚玉のお好み焼きを注文すると、しばらくしてテーブルに運ばれて来た。湯気が上がるほど熱く、火傷しない様に慎重に冷ましながら食べ始めた。

(美味いな…)

この手の食事スペースで提供している物にしては、美味しいと感じた。お好み焼きの中には揚げ玉も入っていて、その風味によって味に深みを与えていた。


お好み焼きを食べ終えた俺は、しばらく休憩してから帰った。たまにはシャワーだけで無く、お風呂に入りたいと思った時にはここに来るのがいいだろう。

(やっぱり外は寒い…)

俺は折角暖まった体が冷めない様に、足早に帰った。俺が住まわせてもらっている洋食店とスーパー銭湯は徒歩圏内で、そこまで離れている訳では無かった。


「おかえり。銭湯はどうだった?」

「中々良かったですよ」

エドワードさんは以前行った事があって、中々のお気に入りらしい。俺が気に入ってくれた事についても、嬉しそうだった。


その晩も、俺は小説の続きを書き進めていたが、ネタに困っていた。思い切って、スーパー銭湯に行った事を題材にしてみた。

(主人公達がお好み焼きを食べて、温泉に入る回を作れば、読者にとってもいい息抜きになるかも…)

日常描写には、作者である俺自身の日常を反映させるのもありかも知れない。その日の俺は、0時を回るまで小説の続きを書き続けていた。


次回は短めの内容になります。


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