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喫茶店と古い神社 祖父と祖母

今回も重い内容の話ではありません。日常回が続く形になりました。


(うーん…次はどうしようか…)

8010年8月30日、俺は小説の続きを書くためのインスピレーションを求めていた。しかし、家で旅行ガイドを読んでいるだけでは、湧いてこなかった。

「何だ?筆折るのか?」

「そんな事…」

在宅勤務中のライネスは茶化して来たが、俺は割と悩んでいた。少し遠くに行って題材を探そうと思ったが、外はまだ暑かった。

「OLDstarにでも行ってみたらどうだ?あそこなら冷房も効いてるし、カエデさんがいるかも知れないぞ」

「カエデさん目当てじゃないし…いない可能性の方が高いけど」

単純にカフェに行って冷たい飲み物を飲みながら小説の続きを書くのもいいが、それ以外にも何かあるかもしれないと思った。何か身近な人間でもいいから、会話が必要だと思った。

「他の人との会話ねぇ…そんなにいい話題持ってる奴の方が少ないんじゃね?」

「そうだけど…」

しょうもない世間話にしかならない可能性もあるので、確かにライネスの言う事も正しい。それでも他の人と話す事で、小説を書く上で役立つ話題が見つかるかも知れないのだ。

「じゃあ好きな映画のシリーズだったのに4作目で全て台無しにされた話とか…」

「却下」

ライネスが話そうとした映画のシリーズについてはよく知らなかった。4作目が主に悪い方向性で話題になっていた事を、覚えているくらいだった。

「なんでだよぉ!」

「兄さんの愚痴じゃあ、話は書けないよ」

確かに愚痴を聞く事は大事だし、それが話のネタに繋がる可能性もなくはない。しかし、映画のシリーズが台無しになったと言う話は、流石にネタにし辛い。

「じゃあ…爺さんと婆さんのところに行ってみたらどうだ?最近あっちの家に行ってないだろ」

「近況報告なら…母さんがやってる」

俺の母方の祖父母は俺の家族と同じ、エリア092内に住んでいる。その為、会いに行こうと思えば行けるのだが、最近は中々行けていない。

「会いに行ってみればいいじゃん。向こうも忙しくて会えないなんて事はないだろ」

「分かった」

俺はすぐに携帯電話を取り出して、祖父母の家に電話をかけてみた。すぐに出たようでスピーカーから、何処か懐かしく感じる祖母の声が聞こえた。

「今からそっちの家に行ってもいい?」

「もちろんよエドちゃん!」

予想通りではあったが、祖父母の家に行っても大丈夫そうだ。俺も久々に祖母や祖父の顔を見たくなってきていた。

「じゃあ、行ってくるよ」

「ああ、水分補給はしっかりな」

俺は出かける支度を素早く整えて、祖父母の家に向かった。路面電車に乗って移動するのだが、乗客があまりいない時間帯だったので、楽に移動する事ができた。


俺は1時間もかからない内に、祖父母の家にたどり着いた。俺がインターホンを鳴らして到着を伝えると、祖母が出迎えてくれた。

「良く来てくれたねエドちゃん!」

「エドちゃんって呼ぶのやめて…」

俺はそう言ったが、サマンサ・メイソン…俺の婆ちゃんが呼び方を変えた事は無いので、殆ど諦めていた。婆ちゃんと爺ちゃんの家はエリア092では古い見た目だったが、清潔感はしっかりと保たれていた。

「エドガー…こうして顔を見るのは、久しぶりだな」

「爺ちゃん…」

俺の爺ちゃん…ハーマン・メイソンは一見すると厳つい顔立ちだがその実、不器用だが優しさを持っている人だった。昔は爺ちゃんとよくチェスをやっていたが、最近はやっていない。

「この前の誕生日にプレゼントした万年筆の使い心地はどうだ?」

「えっと…御守りにしてる」

正直、小説を執筆する時の筆記用具としては、万年筆は使いにくかった。小説を書く際に使う主な道具はボールペンで、万年筆は使い道が無いので御守りとして持ち歩いている。

「普段は婆ちゃんから貰ったボールペンを使ってる」

「あらそうなの。やっぱり万年筆なんてもう使わないじゃない」

「御守りにしているだけで、今は十分だ」

爺ちゃんは過去に小説家を目指していた事があるので、筆記用具にはそれなりにこだわりがあった。素人の目で見ても、この万年筆がとても上等な品だと分かる。

「少し、ここでゆっくりして行っていいかな?」

「もちろんよ。小説書くのも大変なんでしょ?」

婆ちゃんは、俺が小説家になる未来が確定しているかのように喋る。それは俺にとってはかなりのプレッシャーになるのだが、純粋に応援してくれているので、やめて欲しいとは言えなかった。

「この家も久しぶりだろ。居心地はどうだ」

「うん…すごく懐かしい」

祖父母の家は幼少期の頃は何度も訪れた場所だったが、小学校高学年になった辺りからあまり行かなくなった。居間を見るだけで、祖父母と一緒にボードゲームをした記憶が蘇る。

「久しぶりに双六すごろくをやりたいな…まだ取ってある?」

「もちろんよ」

「双六の後はチェスをしないか?」

俺は昔遊んだテーブルゲームを、またやりたくなった。流石に童心に帰る事は難しかったが、少し日常から離れるのも楽しい時間には必要だった。

「お茶は冷たいのでいい?」

「うん。外は暑かったからね」

俺は婆ちゃんに用意してもらった冷たい麦茶を飲みながら、サイコロを振った。この双六には運だけではなくどのタイミングでアイテムを使うかの駆け引きがあるので、頭も使わないといけないのだ。


双六の終盤に差し掛かると、優勢なのは俺と爺ちゃんだった。この双六は一番最初にゴールした人が一位という訳ではなく、最終的なポイントが多い人の勝利となる。

「うーん…やっぱり難しいわねぇ…」

このゲームが一番不得意なのは、駆け引きが苦手な婆ちゃんだった。婆ちゃんは一番ゴールに近かったが、今回は運も悪くポイントが一番少なかった。

(最初にゴールするのは婆ちゃんになりそうだな…2位を狙うか)

ゴールの順番が順位に直結する訳では無いが、ビリになるとゴール時のポイントは貰えない。1位を狙うためにも、爺ちゃんより先にゴールする必要があった。


「よし!俺が2位だからゴールポイントが入って…」

「最終的な1位はエドちゃんね!」

「…うむ」

俺が2位でゴールした事で爺ちゃんのポイントを上回り、総合1位は俺になった。爺ちゃんは相変わらず静かだったが、悔しがっているのは明らかだった。

「…エドガー、次はチェスをやらないか?」

「うん、いいよ」

小学生の頃の俺は爺ちゃんとよくチェスをやっていたが、さっぱり勝てなかった。最近はチェス自体をやっていなかったが、今なら爺ちゃんにも勝てるかも知れないと思っていた。


「やっと1勝…」

「久しぶりだと言うのに、中々やるな」

爺ちゃんのチェスの腕前は相変わらずで、俺はやっと1回目の勝利を得た。その勝利を得るまでに、俺は何回も負けているのだ。

「私の仲間とも、勝負してみるか?」

「いや、いいかな…」

爺ちゃんは昔から、土日は友人同士で集まってチェスをしている。彼らのチェスの腕前はかなりのもので、昔の俺は歯が立たなかった。

「…ここでエドガーだけを相手にチェスをするのも退屈だ。私のお気に入りの喫茶店に行かないか?」

「爺ちゃんのお気に入りの喫茶店…」

爺ちゃんが気に入っている喫茶店がある事は知っていたが、俺は一度も行ったことが無い。その喫茶店がどんな雰囲気の場所なのかは、気になっていた。

「喫茶店か…昼ごはんも食べたいし、行ってみたいな」

「分かった。もう少ししたら出発しよう」

「あら、じゃあ出かける準備をしないと」

爺ちゃんと婆ちゃんと一緒に路面電車に向かって、目的の喫茶店がある町へ出発した。俺が行ったことの無い、どこかノスタルジックな雰囲気の町だった。


「ここが目的の…」

「ああ。落ち着いた雰囲気の良い店だろう」

その喫茶店の外観はやはり古い感じがして、モダンなスタイリッシュさは無かった。でも、町の様子には合っていて安心感を与えてくれた。

「あのレジスター…現役なの?」

「店主が修理を依頼して、ずっと使い続けている」

喫茶店に置いてあったレジスターは、どう見ても骨董品だった。新しく買い替えずに、古い物を修理して使い続けるのもいい事なのだろう。

「何というか…緊張させられる感じは無いね」

「何だ、最近のカフェは客を緊張させるのか?この店ならのんびりできるぞ」

店内の調度品も落ち着いた感じで、居心地は良かった。客層はOLDstarと比べると年配の人が多いが、こちらも品のいい客しかいなかった。

「さて…何を食べる?やっぱりおすすめはカレーだな」

「うーん」

OLDstarは昼食を食べるようなカフェでは無かったが、この喫茶店では食事のメニューも充実していた。俺はメニューを見て、この店のカレーはどんな感じなのかを確認した。

「相当シンプルそうなカレーみたいだね…」

「だが、奥行きのある味わいだぞ」

俺は爺ちゃんに勧められたのもあって、カレーライスを注文した。爺ちゃんも同じものを注文していたが、婆ちゃんはオムライスを頼んでいた。


紙に包まれたスプーンと一緒に運ばれて来たのは、黒っぽい色でサラリとした昔ながらと言った感じのカレーだった。具材の方もかなりシンプルで、確認できるのは豚肉ぶたにく玉葱たまねぎだけだった。

「実物を見ると本当にシンプルって感じだな…」

「食べてみろ、きっとお前も気にいるぞ」

俺は爺ちゃんに続いて、カレーライスを食べ始めた。程よい辛さのカレーだったがそれだけではなく、煮込んだ具材が溶け込んでいると分かった。

「これは…人参にんじん大蒜にんにくの風味…」

「ただシンプルなだけじゃ無い、味わい深いだろ?」

このカレーには煮込んだ具材によるコクがあって、喫茶店で食べているからというのもあるだろうが、今まで食べたカレーライスの中で一番美味しく感じた。…俺は食レポが苦手だが、本当に美味いのは確かだった。


10分ぐらい経った後、俺と爺ちゃんはカレーライスを完食していた。婆ちゃんの方もオムライスを既に食べ終えていたようだ。

「…また食べに行きたいな」

「そうか、気に入ってくれて何よりだ」

俺はこの喫茶店のカレーライスをかなり気に入っていた。シンプルなカレーライスだったが、だからこそ飽きが来なさそうなカレーだった。


俺が食後に注文したのはアイスティーで、爺ちゃんと婆ちゃんはコーヒーを注文した。俺にとってコーヒーは、どうしても苦手な飲み物だった。

「おう、ハーマン。お前が一番最初にいるのは珍しいな」

「今日は俺の孫を連れて来たんだ」

「こんにちは…」

店に入って来た老人が、爺ちゃんに声をかけてきた。爺ちゃんの反応を見る限り、友人の間柄なのだろう。

「こいつはジェームズ…一応、友人だ。お前も名乗っとけ」

「エドガーです…」

「おいおい体細いじゃねぇか。ちゃんと食べてるのか?」

爺ちゃんの友人であるジェームズさんの体は、筋肉質で鍛えている事は明らかだった。見た目通りの豪快な男で、俺にとっては苦手なタイプの人だった。

「よし、早速始めるか」

「まだ揃ってないだろ」

ジェームズさんが用意したのはチェスの盤と駒だった。爺ちゃんが言うにはジェームズさん以外にも、集まる友人は何人かいるらしい。

「ちょっとハーマン、また賭け事するの?」

「現金は賭けてないからいいだろ。古いコインを賭けてるだけだ」

「それって…」

「エドガー、頼むからサマンサには言うなよ…」

チェスに賭けているコインは、マニアの間で高く取引されている値打ち物だった。どうやら婆ちゃんはその価値に気づいていないようで、それならと納得した様子だった。

「何だハーマン。今日は随分早いじゃないか」

「隣にいるのはお前の孫か?」

「ポールにハワード…これで面子は揃ったな」

新たに店に入って来た二人の老人の内、恰幅のいい方の名前がポールさんで、背が高く痩せ型の方がハワードさんらしい。この2人も爺ちゃんやジェームズさんとチェスをやる友人の関係にあるようだ。

「よし…始めるか」

最初に対戦するのは、爺ちゃんとジェームズさんだった。コーヒーを注文したポールさんとハワードさんも楽しそうに見ていた。


爺ちゃんの友人の人達もチェスの腕前はかなりのものだった。見てる側もどちらが勝つのかワクワクする、一進一退の対決を繰り広げていた。

「お前も中々だな…」

「俺に対しても一切手加減しないんですね…」

「はっはっは!遊びだからこそ本気なんだよ!」

ハワードさんは褒めてくれたが、俺はポールさんから一勝を勝ち取るのに何回も負けている。だが、誰であろうと本気で挑む事を大人気ないとは、俺は思っていなかった。


大体1時ぐらいの頃に年配の客が多いこの喫茶店に、少女が来店した。その少女は俺からすれば見た事があり、何度か会った事のある少女だ。

「エドガー?コソコソしだしてどうした」

「いや…ちょっと」

その少女…カエデは俺と爺ちゃんとその友人達がいる席から、少し離れたテーブルに向かった。メニューを見て少し考えた後、カレーライスを注文していた。

「どうしたエドガー、知り合いが来たのか?」

「うん…」

俺にとっては、お気に入りのカフェがOLDstarだと言っていたカエデがこのような喫茶店に来た事が少し不思議だった。理由が分からなかったので、俺は何となく声をかける気になれなかった。


カエデは、紙に包まれたスプーンと一緒に運ばれて来たカレーライスの写真を撮った後に食べ始めた。カエデも大体10分ぐらいで完食した後、コーヒーを注文していた。

(あれ…こっちに来た)

カエデは爺ちゃん達がいるテーブルに向かって来た。どうやら彼女はチェスに興味があるようで、爺ちゃん達に声をかけた。

「こんにちは。あれ、エドガー?」

「こんにちは…」

「君はエドガーの友達か?」

勿論カエデはすぐに俺の存在に気づいて、爺ちゃんは友達なのか聞いていた。一緒にゲームをする間柄なので、友人関係にあるというのは間違いではないだろう。

「そうですね…あの、チェスをやっているのを見て、私とも対戦してくれませんか」

「おお、女の子とチェスの対戦をするのは何十年ぶりだろうか」

カエデの最初の対戦相手はボールさんで、爺ちゃん達も興味を持っていた。俺もカエデのチェスの腕前はどれほどなのか気になっていた。


「おお…やるな」

カエデのチェスの腕前は中々の物で、ポールさんとの最初の対戦にも勝ってしまった。爺ちゃん達もカエデと対戦したくなったようで、次はハワードさんとカエデの対戦になった。

「ハワードさんが押されている…」

「カエデにも先を読む力があるみたいだな」

カエデはハワードさんとも、良い勝負を繰り広げていた。カエデは相手の一手に合わせて、柔軟に作戦を変えているようだ。

「ふむ…」

とは言えハワードさんも勝ちを譲る気は一切なく、一転攻勢に出た。カエデは作戦を変える事なく、そのまま押し切ろうとした。


その後カエデはハワードさんにも勝ったが、ジェームズさんと爺ちゃんには勝てなかった。ポールさんとハワードさんもそれなりに悔しいみたいで、早く再戦をしたがっていた。

「3時だしそろそろ帰りたいんだけど…」

「俺達も他の客の迷惑になるかも知れないし…」

俺と爺ちゃん達は一応、客用のテーブルの席とは別の席に座っていた。常連なので良いと言っていたが、流石に迷惑では無いだろうか…

「そうだな…エドガーと行きたいところもある」

「どこ?」

爺ちゃんが俺を行きたいと言っている場所は何処なのだろうか。喫茶店の次は何処にいくのか考えていると、爺ちゃんは既に出発の準備をしていた。

「神社だ。2000年前から現存している建物だぞ」

「それって…」

その神社は俺が以前読んだ旅行ガイドにも載っていた場所だった。機会が無くて行けなかったが、いつかこの目で見たいと思っていた場所だった。

「ハーマン。俺達もついて行っていいだろ?」

「何で来るんだよ。ここで解散でいいだろ」

「…私も神社を見たい」

神社にはジェームズさん達とカエデもついて来るようだ。爺ちゃんと婆ちゃんだけで無く、そこに4人も加わるとなると賑やかになりそうだ。


「ここ、柵とか無いんだ…」

「ホント、危なっかしいわね…」

「数年前に老朽化して壊れたんだ。最近は観光客もあまり来ていないみたいだな」

神社が建っている場所は、エリア092の外れに位置していた。老朽化が激しく川への転落を防ぐ柵は壊れてしまっている。

「近々工事されるらしいし、最新版の旅行ガイドには載るんじゃないか?」

「見えて来たぞ」

「おお…」

小さな山の頂上に神社があるらしく、山の登山口には鳥居が建っていた。頂上には古いようで新しい、構造物が見えていた。

「この山を登るのか…」

「登りやすい登山道になっているから、安心しろ」

俺と爺ちゃん達は整備された登山道を登り始めた。山の頂上の神社には、意外と早く辿り着く事ができた。


山の頂上の構造物の中には、神社と思われる古い建物があった。新たに建てられた構造物には、神社を守るためのシェルターとしての機能もあるようだ。

「…この神社だっていつかは崩れて、跡形も無くなる」

「ああ、そうだな」

「俺達がこの世にいる時間も短いだろうぜ」

「ジェームズは向こう数十年は生きそうだがな…」

俺はシェルターと神社を見て、崩れるのは神社の方が先かも知れないと思った。そして遠い未来にはシェルターの方も壊れて崩れる。

「エドガー、本当にエリア003に引っ越すのか?」

「え…」

「ライネスやエルナから聞いたのよ」

俺は自分がエリア003に引っ越そうとしている事を、爺ちゃん達が知っていて驚いた。まぁ、俺の家族が祖父母に話していない訳は無かったのだが。

「本気で小説を書くためにも、別の場所の景色を見たいんだ」

「どうしても引っ越さなきゃダメなの?ずっとこのエリアで暮らせばいいじゃない」

婆ちゃんは俺の引っ越しを心配に思って、反対しているようだ。まぁ、ずっとアウトドアな事をせずに生活していた自分の孫が引っ越すと言い出せば、心配するのは当然なのだろう。

「まあ、いいじゃないか。向こうに頼る人もいるんだから、完全に一人になる訳じゃない」

「こんぐらいの時期に親元から離れるのは悪くないと思うな」

ハワードさんとポールさんは、反対していなかった。どうやら爺ちゃんは、友人達にも孫である俺が一人暮らしを始めるかも知れないと教えたようだ。

「まあ、本当に辛くなる前に帰って来ればいいんだ。エドガーの兄だってそうだったんだろ」

「兄さんと俺とじゃ状況が違う」

兄さんは勤めていた会社の重労働から、逃げ出して来たのだ。小説を書きたいという理由で、逃げているだけの俺とは違う。

「人によってストレスを許容できる範囲は違う。人と比べて自分はダメだと思う必要はない」

「そう…ですね」

ストレスに苦しむのは、弱いからでは無いというのは分かっている。自分の事を悲観する必要は無いが、当然ながら不安だった。

「必死になって夢を追いかける事の何が悪い。それだって立派な生き方だ」

「爺ちゃん…」

爺ちゃんも昔は小説家を目指していたが、その夢を諦めて別の職に就いた。俺が人付き合いが苦手な事を知っているからこそ、夢を追い続けて欲しいと思っているのだろう。

「小説のネタが思いつかなかったら、こっちに帰って来て良いんじゃないか」

「思いつかなかったら俺の家に来てもいいぞ。昔の俺の武勇伝を…」

「それ、ネタにならないんじゃないか?」

「今度、聞いてみたいです」

ジェームズさん達は俺が小説家を目指すのを、純粋に応援しているようだ。俺の中の不安は少しではあるが、和らいでいった。

「さて、そろそろ帰るか…神社にも来たし御利益か何かあると思うぞ」

「うん」

俺と爺ちゃん達は神社の気になる所は大体見終わったので帰る事にした。流石に街に戻るまでは、行動を共にする事になるが。

「おいおいこのまま帰るのかよ。この面子で飯を食いに…」

「お前らと騒ぐのは、また今度な」

爺ちゃんはジェームズ達と一緒に、よく居酒屋に行っているらしい。とは言え俺やカエデもいるからか、今日は行かないつもりのようだ。

「あの…OLDstarに行くのはどうですか」

「え…」

その提案をしたのはカエデで、爺ちゃん達は少し驚いていた。俺としても爺ちゃんやその友人達が緊張しないか心配だった。


「ジェームズさんとポールさんは…」

「あいつら…自分達だけで飲みに行きやがった」

「サマンサも買い物に行ったな…」

ジェームズさんとポールさんは2人だけで居酒屋に向かって、婆ちゃんはスーパーに買い物に行ってしまった。結果的に俺とカエデ、爺ちゃんとハワードさんだけでOLDstarに向かう事になった。

「普通にコーヒー一つとか頼むんじゃ駄目なのか?」

「注文の仕方は私が教えます」

カエデは爺ちゃんとハワードさんに、OLDstarでの商品の注文方法を教えていた。爺ちゃん達はすぐに理解できているみたいだった。


爺ちゃんとハワードさんも、アイスコーヒーを注文する事ができた。本人達が言うには、想像よりも簡単だったとの事だ。

「エドガーはアフォガートか」

「うん、エスプレッソは苦いけどバニラアイスが甘くて美味しいんだ」

カエデが頼んでいたのは、キャラメルラテだった。エスプレッソとの相性を追求したキャラメルによるラテとの事だった。

「時間も遅いし…フードメニューも追加注文しようかな」

OLDstarではフードメニューも提供していて、サンドイッチやベーカリーなどがメニューにあった。カエデはラザニアを頼んで、爺ちゃんも同じものを注文した。俺とハワードさんが注文したのはキッシュだった。


俺とハワードさんが食べたキッシュにはベーコンが多く散りばめられていて、ほうれん草の食感あって、とても美味しかった。爺ちゃんやカエデも、ラザニアの味に満足していた。

「あっ…婆ちゃんにメールは」

「夕飯は自分で食べるとメールした」

俺と爺ちゃん達は夕食を食べ終わって、OLDstarを出た。外はすっかり日が暮れていて、街灯の明かりがついた街中でジェームズさん達と合流した。

「よぉ、この後はハーマンの家で…」

「何故そうなる!ここで解散だ!」

「そう言うと思ってたよ…」

ジェームズさんとポールさんは爺ちゃんの家に行きたかったようだが、それは却下された。既に酒を飲んでいるようで、そんな状態で家に上げられても困るからだろう。

「じゃあ私も…」

「カエデちゃんは来ていいわよ。ハーマンもいいでしょ?」

「…彼女はエドガーの友人だからな」

カエデは婆ちゃんと爺ちゃんの家に来る事にしたようだ。俺としてもカエデと話したい事は少なくなかった。


「そう言えば、別のエリアに引っ越すの?」

「え…うん」

爺ちゃんの家で、カエデに引っ越しの事を聞かれた。カエデは、俺が引っ越す事自体にはそんなに驚いていなかった。

「エリア003か…行った事無いからちょっと羨ましいんだよね」

カエデも花を象った巨大なソーラーパネルに興味があったようだ。あの形状のソーラーパネルに芸術性を感じる人間は、少なくないだろう。

「このままじゃ何にも変わらないから、環境を変えたいって思ったんだ…」

「うん、悪くないんじゃ無い?私だってそうやって来たんだし」

カエデも生まれ育ったエリアを離れて、曲作りで生計を立てている。尤もカエデの場合は、元々住んでいたエリア013の環境があまりにも悪いという問題もあったのだが。

「エリア003…移住したいって思った事は無いけど、旅行に行ってみたいっていうのはあるんだよね」

「エリア003に住んで、いい景色とか見つけたら、写真撮ってメールで送りますね」

そうすればカエデが旅行に来た時に、少しは名所を探す助けになるかも知れないと思っていた。話し込んでいる内に時間が遅くなったので、カエデはタクシーを呼んで帰る準備を始めた。

「じゃあ、あんまり悲観的にならないようにね。何もないなんて事は無いと思うから」

「うん。カエデさんも気をつけて」

カエデは爺ちゃんの家の前まで来たタクシーに乗って、帰宅した。俺も冷たい麦茶を飲んだ後、タクシーを呼んで帰宅の準備を始めた。

「エドちゃん、無理しないで。悩み事があったら相談していいからね」

「分かってるよ」

婆ちゃんはどうしても俺を心配する事をやめられないようだ。まぁ俺自身も、住んでいるエリアを長期間離れた事が無いから不安なのだが。

「エドガー、本当に辛くなったり、他に具体的な目標を見つけた時は小説家を目指すのを止めていい。たが、ただ単に飽きたから、他の事で忙しくなったから、そういう理由で辞めるときっと後悔するぞ」

「爺ちゃん…やれるだけ、やってみるよ」

爺ちゃんの言葉は、俺の心に強く響くものだった。俺はその言葉を思い返しながら、タクシーに乗って家に帰った。


俺が家に帰った時には風呂が沸いていたので、入る事にした。どうやら、ライネスと母さんは既に入った後らしかった。

「よぉ、爺ちゃんと婆ちゃんに久々に会ってどうだった」

「いい気分転換になったよ…そう言えば、爺ちゃん達と一緒に行った喫茶店が…」

爺ちゃんの家に行ったのは久々で、爺ちゃんの好きな喫茶店や古い神社に行ったのは初めてだったので、ライネスと話す事はたくさんあった。だが、俺はいつもより疲れていたので早めにベッドに入って、眠りについた。


次回はようやくと言った感じですが、エドガーがエリア003に向かいます。久々の登場となるキャラクターもいるかも知れません。


登場人物紹介 

ハーマン・メイソン 

身長180cm

誕生日1月8日 

エドガーの祖父。落ち着いた性格で、昔は小説家を目指していた。


サマンサ・メイソン 

身長160cm

誕生日6月1日 

エドガーの祖母。穏やかな性格で、別のエリアでの一人暮らしを始めようとしているエドガーを心配している。


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