エリア004 遺跡群と住宅街の融合
少し間が空いてしまいました。今回はエリア004の話になります。
8012年4月10日、すでにエリア004への旅行の日は、明後日になっていた。003と004の距離は近いが、じっくり観光する為に泊まるホテルも予約済みだった。
「それなりにいいホテルを予約しましたよ。人気があるところなので予約取れて良かったです」
「窓から遺跡群を見る事も出来そうだな」
ヨシュアが予約してくれたホテルは値段はそこまで高く無いが、窓からも遺跡群を眺められる人気のホテルだった。多くの部屋が埋まっているが、満室では無かった。
「2日目はジェラルドさんの家に泊まるって事で良いよな?」
「うん。爺ちゃんの事についても、聞いてみたい」
レンは事前にジェラルドさんに004に旅行へ行くと伝えていたらしく、家に泊めてくれるという話になっていた。ジェラルドさんの家は中々に広く、古代文明の遺物も飾ってあるらしい。
「今度は二日酔いなんてやめて下さいよ」
「分かってるって…いや、本当に気をつける」
レンは最初は適当な対応をしていたが、ヨシュアの雰囲気を察して、態度を改めていた。正月に雪月花区に行った時はレンが二日酔いなったせいで観光できず、あまりいい旅行とは言えないものだったのだ。
(兄さんや爺ちゃんにも伝えておこうかな)
俺は12日に、友達と一緒にエリア004へ旅行に行くとメッセージを送った。しばらくして、最初に返信があったのは、ライネスだった。
『伝えるのすっかり忘れてたけど、004はカエデさんの引っ越し先だぞ』
ライネスからの返信の内容を見ても、俺はそこまで驚かなかった。カエデがエリア004に興味を持っていたのは、以前から知っていたのだ。
『でも、092を出てまだ一ヶ月程度だ。そろそろ慣れて来た感じなのかな』
004は遺跡群と住宅街が同化している箇所もあり、場所によって道を覚えるのに苦労するとの事だ。俺達も明日の旅行中は、常にマップを確認する必要がありそうだった。
『エリア004は古代のロマンに溢れた土地だが、迷いやすい。気をつけろよ』
爺ちゃんからは昔の004の写真も送られて来て、どれも遺跡群を写したものだった。他のエリアには無いような、巨大な湖や空高くに浮遊する遺跡の写真もあった。
『無理にジェラルドにアドバイスを求める必要は無いぞ。俺の事を聞くのも、やめておいた方がいい』
やはり爺ちゃんは未だにジェラルドさんの事が苦手なようだ。もちろん俺はジェラルドさんに、爺ちゃんの昔の話を聞くつもりだった。
『治安が悪い訳では無いが、危険な事に巻き込まれないように気をつけるんだぞ』
勿論、エリア004の犯罪遭遇率は何処が高いのかは、下調べしてある。ヨシュアも気をつけると言っていたが、スラム育ちのレンはそこまで気にしていなかった。
俺は、カエデにエリア004のおすすめの観光名所を聞く事にした。メッセージを送って数分後に、カエデからの返信が来た。
『遺跡好きにとっては何処も観光名所。食べ物に関して有名な場所は無い。音楽関係も流行に乗り遅れている感じ』
住宅街の付近にも遺跡があり、どれもが文化財としての価値が高いものだった。しかし、それ以外の名所には乏しい事は明らかだった。
『大きな湖とか広い荒野がある事は知ってると思うけどそこは廃棄区画だから、相当面倒な手続きをしないと入れないよ』
今回は行く予定は無かったが、廃棄区画に入るには手続きが必要らしい。廃棄区画には崩落の危険や未知の病原体など、危険も多いのでしょうがないだろう。
『そっちでの暮らしはどう?』
『近くに遺跡ばっかりあるのも悪くは無いけど、そのうち飽きると思う』
まぁ、遺跡に囲まれて楽しい生活を送れるのは最初だけだろう。遺物マニアでも、同じ遺跡ばかり見ても飽きてしまうものだ。
『でも悪いところじゃ無い。少なくとも013より遥かにマシ』
ヤクザの事務所はエリア003にもあったが、004ではその様な話は聞いた事が無い。遺跡の保護の為に警備マシンも導入しているので、治安の良さは保たれているのである。
『友達と一緒にプチ旅行に行くならとてもオススメの旅行先。003の隣だし大正解だと思う』
俺もエリア004に行く事は、かなり楽しみにしていた。今までは、電車の窓から見る事しかできなかったのだ。
(今日は早めに寝よう…体調を崩す訳にはいかない)
普段は夜遅くまで小説を書いているのだが、この日は早めに寝る事にしていた。寝不足で体を崩してヨシュア達に迷惑をかけるのは、あまりにも申し訳ないからだ。
(持ち物の確認も済んだ…)
11日の夜、シャワーを浴びた後の俺は、持ち物を確認していた。リュックに入れる事にした物は、全てちゃんとあった。
(忘れ物のチェックは明日でいいな…)
俺は、明日は早めに準備をする為に早起きするように心がけていた。旅行に行くための準備は、しっかりしておきたかったのだ。
(遺跡群…楽しみだな)
004の遺跡群は旅行ガイドの本で何度も見てきたが、実物を見るのは初めてである。古代文明の遺跡と近代的な建物が同化した景色を見るのは、今から楽しみになっていた。
「よぉ、エドガーも早いなぁ」
「丁度、5分前に着いた感じですね」
俺が高速鉄道の駅に着いた頃には、既にレンとヨシュアが待っていた。3人とも揃ったので、余裕を持って駅のホームに向かう事にした。
「今日は高速鉄道に乗る時間も短いですからね」
「疲れたらホテルに戻って休憩する感じか…」
今回は隣のエリアに移動するだけなので、運賃も安かった。俺達はホームにやって来た電車に乗り込んで、それぞれの席に座った。
「やっぱり窓から見ても、003とは全然違うよな…」
「すぐ隣のエリアなのに、不思議ですよね」
各地にソーラーパネルが点在している003と、各地で遺跡が保存されている004の車窓からの景色は全然違った。これから未知の土地へ行くと思うと、ワクワクして来た。
「ってもう着くのか」
「忘れ物は無いな…」
エリア004に到着するアナウンスがなされるのは、かなり早かった。俺達は降りる準備を済ませた後、忘れ物が無いかを落ち着いて確認した。
駅のホームの時点で、エリア003とはかなり違った。エリア全体の雰囲気に合わせた、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
「ただ古めかしいだけじゃ無くて、ちゃんと設備は最新鋭何ですよね」
「取り敢えず荷物を置きにホテルへ向かうか」
ホテルに向かう最中に都市部を通る事になったが、そこには近代的なビル群があった。最新鋭の技術を多く使われた機能的な街並みは、エリア092では見れないものだ。
俺達が泊まるホテルは、都市部から少し離れた郊外にあった。確かにこの立地なら、どの部屋からも遺跡を見る事が出来そうだ。
「外観も落ち着いてる感じですね」
ホテルの見た目も、都市部のビルとは異なる雰囲気になっていた。暗めの赤色の壁は周囲の景観に溶け込んでいて、違和感を感じさせなかった。
エントランスでチェックインを済ませた俺達は、自分達が泊まる部屋へと向かった。今回の部屋は、落ち着いた調度品のある洋室だった。
「おお…かなりいい景色だな」
この部屋の窓からは廃棄エリアに広がる荒野とそこにある遺跡、浮遊する構造物を見る事が出来た。あれがどういう構造でなぜ浮遊しているのかは、未だに解明されていないらしい。
「まずは、都市部にある博物館に行こう」
「ここって遺跡がそのまんま保存されてるんだよな?すげぇ博物館だな」
俺達はホテルの部屋を出て、博物館へと向かった。迷わない様にマップを確認しながら、都市部を歩いた。
その博物館は公園の中にあって、建物の外にも展示物があった。取り敢えず、古い時代の兵器の跡などがある、外の展示から見る事にした。
「これって021大戦にも使われた…」
021大戦にも使われていた兵器の展示もされていた。既に大部分が破損している為、もう修理も出来なさそうだ。
「こんな分厚い装甲も破壊できるのか」
その兵器のコックピットは、分厚く頑丈な構造になっていた。そんなコックピットを吹き飛ばせる火力の兵器もあるようだ。
「恐ろしい出来事も、多かったんでしょうね…」
戦争に使われた兵器の残骸を見るだけでも、その痛ましさを感じる事ができた。屋外の展示を見終えた俺達は、屋内の古代文明に関する展示を見に行った。
館内の展示では、遺跡の歴史が年代別にまとめられていた。勿論、直に触る事ができる遺物はほとんど無かったが。
「まだよく分かっていない遺物も、多いんですね」
遥か昔の時代に使われていた技術で作られた建物は、柱一つ見ても現代の物と比べて遥かに複雑な構造をしている。しかしあまりに複雑過ぎるので脆くなっている部分もあり、それも技術が失われた原因の一つかも知れない。
「おお!こっちの展示もすごいぞ」
「待ってください先輩!」
レンは興味を持った展示の方に向かって、ヨシュアも慌てて追いかけた。俺も楽しみにしていた展示の一つだったので、そちらに向かった。
「ほぉ〜すっげぇぞ」
「確かに中を歩けるのはいいですね」
その展示は遺跡の中を歩けるというもので、ポスターなどで大々的に宣伝もされていた。俺も初めての体験だったので、何も言わずに歩きながら辺りを眺めていた。
「あちこち触らないで下さいよ…」
「壊れる事はねぇだろ。外側からコーティングされてるみたいだからな」
レンは素手で遺跡の内部の柱や壁を触っていて、ヨシュアは呆れていた。俺は触らない様に気をつけていたが、レンはそういう事を気にする奴ではない。
「これって、元々都市部にあった物なんですよね。本当に保存状態がいいですよね…」
流石に都市部にあった遺跡を放置する訳にはいかなかったが、その遺跡を別の場所に移動して保存しているのだ。遺跡の移動は丁寧に行われた様で、かなり綺麗な状態だった。
「大体見終わったし、そろそろ昼飯食べに行くか」
展示を見終わった俺達は、博物館を出て昼食を食べる為にレストランを探し始めた。博物館の近くにも、ちゃんとしたレストランはいくつかありそうだ。
「ここは海鮮料理屋みたいですね」
ヨシュアが見つけた店のレビューを確認したところ、まともそうな店だった。俺達はこの日の昼食をこのレストランで食べる事にした。
「メニューは海鮮丼とか…あと寿司もあるのか」
レンはウニ丼を頼み、ヨシュアはイカ丼と鉄火巻を頼んでいた。俺が頼んだのは鉄火丼で、しばらくすると用意された。
「美味いな…」
「そう言ってくれるとありがたいですね。この店のウニやマグロは、004の廃棄区画にある湖で獲れたものなんですよ」
「004には、海水の湖があるんですか?」
ヨシュアが真っ先に聞いた質問はそれだったが、他にも気になる事があった。廃棄区画には基本的に立ち入りが禁止されているのに、漁業が許可されているのだろうかという所だ。
「海水の湖と淡水の湖がある。みんな勝手に廃棄区画に入ってるんだよ。法律上はダメだけど、黙認されているからね」
004の湖の水はかなり綺麗で、獲れる魚も種類が豊富らしい。廃棄区画に入る事は禁止されているが、湖の魚目当てでやって来る人が多過ぎるから、黙認されるようになったらしい。
「でも荒野の方に向かう人はいないね。あっちは古代の病原体もあって本当に危険らしいから」
無策で荒野の方に向かった者達は未知の病気を発症して、そのまま死亡してしまうらしい。その為、定期的に廃棄区画に向かっている探査隊は、かなりの重装備をしているようだ。
「食べ終わったし、そろそろ行きます」
俺達は会計を済ませて店を出て、一度ホテルに戻る事にした。ホテルの中にもショップはあり、お土産は買えそうだったのだ。
ホテルに戻って買い物した後の俺達は、しばらく休憩してから夕食を食べに行く事にした。俺はカエデに004に旅行に来ていると、メッセージを送った。
『まだ都市部しか見てない』
『郊外の遺跡群は明日見るの?』
カエデとメッセージのやり取りをした後は、レンやヨシュアと一緒に夕食を食べに行った。外には行かず、ホテル内のレストランで食べる事にした。
「洋食のコース料理みたいですね」
オードブルは野菜がメインの料理で、特製のドレッシングも用意されていた。その後はクリーミーなコーンスープが出されて、こちらも美味しかった。
「何だこれ?シャーベットか?」
白身魚のソテーの後に来たのは、シャーベットだった。どうやらデザートではないらしいが、俺にもよく分からなかった。
「これはソルベですね。魚料理を食べた後の口直しです」
「なるほどねぇ…甘くねぇな」
レンはさっさとシャーベットを食べてしまったようだ。俺もシャーベットを食べたが口直しの為のものなので、甘くは無かった。
「これが…フォアグラか」
メインとなる肉料理は、牛のステーキにフォアグラを添えた物だった。フォアグラの良さは正直言って分からなかったが、ソースと肉の相性は良かった。
「エドガーは紅茶なんですね」
「コーヒーはどうしても苦手で…」
デザートのチョコレートケーキの後は、コーヒーか紅茶か選ぶ事が出来た。レンとヨシュアはコーヒーを飲んでいて、俺は紅茶にした。
(このクッキーみたいな菓子も美味いな…)
食後のセットには焼き菓子もついて来て、それも甘くて美味しかった。紅茶も飲み終わった頃には、腹を満たす事ができていた。
夕食を食べてしばらくしてから、俺達は近所のスーパー銭湯に向かった。案内を見る限り、ホテル内の大浴場は割と普通で、あまり魅力を感じなかったのだ。
「程よく空いていて、ちょうど良さそうですね」
俺達はマップを見て向かった銭湯を利用する事にした。露天風呂もあり、そこからの景色も良さそうだった。
「じゃあ早速露天風呂に向かうか」
大浴場に入った俺達は室内風呂には入らずに、すぐに露天風呂に向かった。天然温泉では無かったが、そこからの夜景に興味があったのだ。
「おお〜いい景色じゃねぇか」
「確かに素敵ですね」
俺達は露天風呂に入りながら、ライトアップされた遺跡による夜景を見た。遺跡を照らす光も程よい感じに調節されていたので眩しくなく、どこか幻想的な感じだった。
「あの遺跡群を、明日見に行くんだよな」
「楽しみですね」
俺達は夜景を満喫してから風呂を出て、ホテルに戻った。それからは余計な夜更かしはせずに、明日に備えて早めに眠った。
翌日、朝食を食べ終えた俺達はホテルをチェックアウトして、郊外の遺跡群を見て回っていた。現代では見られない建築方法で造られた独特な建造物を見て回るのは、日常には無い楽しさがあった。
「飽きたぜ…」
「先輩飽きるの早すぎです」
しかし、レンは早くも飽きてしまったようで、ヨシュアも困っていた。遺物に詳しい人間で無いと、遺跡の違いは分からないから仕方ないのだが。
「ちょっとカエデさんに連絡してみるよ」
俺は取り敢えず、郊外でおすすめの観光名所は無いか、カエデさんにメッセージを送った。メッセージの返信は、近くにあった公園の中で待つ事にした。
『もう観光に飽きた人がいるの?前も言ったけど、ここの郊外には遺跡しか見所ないよ』
「まぁ…そうだよなぁ…」
カエデから送られてきた返信の内容は、予想の範疇だった。郊外にあるのは住宅と遺跡と、不審者がいないか見張る警備用マシンだけだ。
『でもここは桜が咲いてて綺麗だよ。ちょうど満開だし、私も見に行こうかな』
「いやこの場所は…」
カエデに勧められた場所は、今日泊まらせてもらうジェラルドさんの家だ。今から向かっても迷惑にならないかどうか、確認する必要がある。
「俺が確認してみる」
レンはジェラルドさんに、今家に行っても大丈夫か確認した。泊まらせてもらえるから大丈夫だとは思うのだが、念のためである。
「別に構わないってよ」
行っても平気だと言う事なので、俺達はジェラルドさんの家に向かう事にした。ジェラルドさんの家がどんな感じかは、俺も興味があった。
カエデの言う通り、ジェラルドさんの家の前の桜は丁度満開だった。周囲には大きな遺物が埋まっていて家そのものが、ジェラルドさんが買い取った遺跡を改築したものらしかった。
「デケェ…」
「すごい…大きいですね…」
ジェラルドさんの家はかなり大きい屋敷で、玄関ドアもやたらと大きかった。少なくとも、レンが住んでいる古い屋敷よりも大きいのは明らかだった。
「よぉ、来たか」
インターホンを鳴らしてみると、ジェラルドさんが玄関ドアを開けた。家の天井から、色々な物が吊り下げられている事が分かった。
「これはすごいな…」
吊り下げられている遺物は天球儀のような物やよく分からない形の物、ランプだと分かる形の物もあった。しかし、何かの拍子に落ちて来ないかどうか不安にさせられた。
「落ちてくる心配は…」
「ねぇな。古代なら、地震が来たら大変な事になりそうだが」
よく見ると吊り下げるのに使っている鎖は、かなり丈夫な素材で出来ていた。それに今の時代で地震が発生するのは、エリア112の一部の地域ぐらいだろう。
「そういやもうすぐ作曲家の知り合いが来るんだよ」
「作曲家?」
「つい最近引っ越して来たらしいんだが、この家からインスピレーションを感じ取れるとか…」
「じゃあ、自分達も迷惑をかけない様にしないといけませんね」
俺は004に最近引っ越して来た作曲家と言ったら彼女しかいないと思っていた。そして、この家にやって来たのは俺が予想していた人物だった。
「こんにちは…普段と比べて賑やかですね」
ジェラルドさんの家の庭に入って来たのは、やはりカエデだった。カエデの方も、すぐに俺がいる事に気づいていた。
「何だエドガー…カエデの知り合いか?」
「ええ…まぁ…」
こうしてカエデと顔を合わせるのはかなり久しぶりである。それもそのはずで、既に一年以上会っていなかったのだ。
「久しぶりなら、少し話したらどうだ?ゲームなら後でもできるからな」
ジェラルドさんは俺とカエデに気を遣っている様だ。しかし、だからと言って何を話すかどうかも迷っていた。
「じゃあ俺達は…どうすればいい?」
「泊まらせてもらう部屋に、荷物をまとめに行きましょう」
そう言った後、レンとヨシュアは荷物を2階の部屋に運び始めた。俺の分も運んでもらうよう頼んだら、ヨシュアは快く引き受けてくれた。
「他愛のない事でも、いいと思いますよ。折角の再会なんですから」
「俺はこれから何処に観光に行くか考える」
そう言ってヨシュアとレンは、2階へ移動して行った。ジェラルドさんも、家の外に何が用事のあるらしかった。
「俺は外を見回ってくるよ。修繕が必要な場所があったら、修理業者を呼ばないといけないからな」
ジェラルドさんはそう言って、家を外に出て行った。屋敷のリビングに居るのは、俺とカエデだけになった。
「高校を卒業した後、どうしてるんですか?」
「一応、大学に進学した。文学には興味があったから…」
俺は結局、高校卒業後は大学には進学せず、洋食店で住み込みで働いている。一応、食べては行けているので、後悔はしていないつもりだ。
「俺はまだ兄さんの知人の洋食店で働いています。後、アルバイトもいくつか…」
俺は小説の連載も地道に続けているが、それは言わなかった。まだ、賞に受かった作品は一つもなく、一番閲覧数が多いのは官能小説だからだ。
「カエデさんは…」
「004に来て、新しい曲を書いたよ。今までとは違って、クラシックの要素も取り込んだ曲にしてみた」
カエデは004で得たインスピレーションを基に、新たな曲を書いていた。確認してみた所、既に再生回数は何百万の単位になっていた。
「やっぱりカエデさんはすごいですね」
「…今回は、受けが悪かった方」
今まで発表して来た曲はもっと再生数の伸びが早かったらしい。新たな可能性を模索したのだが、ファンからの受けは悪かった様だ。
「これからも色々模索しながら、曲を作るつもり」
俺も小説を書く上で、異なる方向性を模索する必要があるだろう。尤も、そこまで行き着くかどうかすら分からないのだが。
そんな事を話していると、レンとヨシュアが一階に降りて来た。どうやら荷物の運び込みが終わった様だ。
「ジェラルドさんはまだ…」
「戻ったぞ」
レンが俺に聞こうとした所に、ジェラルドさんが帰って来た。特に異常箇所や修繕が必要な場所は無かったようだ。
「じゃあまた、ゲームやりたいんだが…」
「うん」
ジェラルドさんは、一見古そうなモニターを起動させた。しかし映像は鮮明だったので、周囲のインテリアに合わせた装飾をしているみたいだった。
「俺が子供の頃からこういうゲームはあったが、この年になると遊ぶ相手がいなくてな…」
ジェラルドのプレイスキルは、まだまだ発展途上だった。カエデも相当手を抜かないと、あっさり倒してしまう様子だった。
「俺達も入れてください」
俺とレン、ヨシュアも一緒に対戦ゲームをやる事にした。孤児院やレンの屋敷とは違う、遺跡を改築した家でゲームをするのは、普段とは全然異なる気分になった。
「やっぱり強いですね」
「うん」
カエデのプレイスキルは以前と比べても、明らかに上がっていた。レンやジェラルドさんだけでなく、俺やヨシュアもほとんど敵わなかった。
「もうすぐ夜だな…明かりをつけるか」
照明はやや暗かったがその分、落ち着いた雰囲気になっていた。俺達は夕食の準備を始めて、カエデは一度家に帰る事にした。
「後で、また桜を見に来ます」
カエデが帰ってしばらくした後、俺達の夕食もできた。シュニッツェルを中心にエリア004でよく作られる家庭料理が、食卓に並んだ。
「これ美味いな」
「揚げ物…とも違う感じですね」
シュニッツェルは薄く切った仔牛肉に小麦粉とパン粉をつけて、やや多めの多めのバターで揚げ焼きにした肉料理だ。そこまで脂っこい訳では無いので、かなり食べやすかった。
「このポテトサラダもいいですね」
「惣菜屋で買って来たやつだけどな」
ジェラルドさんは色々料理をしているらしいが、ポテトサラダを美味しく作れた事がないらしい。自分では美味しく作れない物は、スーパーなどで買って来ているらしい。
「食洗機があるんですね」
「皿とか洗うの面倒なんだよ…かなり高性能な機種を選んだんだ」
ジェラルドさんのキッチンには、食洗機があった。食洗機そのものをたまにメンテナンスする必要はあるが、ジェラルドさんは機械いじりが得意だから問題は無いとの事だ。
「もう沸かしてあるから、さっさと風呂入って来い」
ジェラルドさんは既に風呂を沸かしておいてくれていたようだ。最初にジェラルドさんが風呂入ってその後俺達が順番に入る事になり、俺が一番最後だった。
「エドガーも早く来いよ。すげぇ綺麗だぞ」
俺が風呂から出た時にはレンとヨシュア、ジェラルドさんは庭に出ていた。レンに急かされて、俺もすぐに庭へと向かう事にした。
「おお…」
「やっぱり夜桜は綺麗ですね」
ジェラルドさんの家の庭で見る夜桜は遺跡が見える景観と合わさって、他には無い景色を作り出していた。桜の花びらは、風に運ばれて家の中にも入っていた。
「桜の花びらねぇ…掃除が大変になるんだよ」
ジェラルドさんは家の中だけで無く、庭の手入れも定期的に行っている。家の中の掃除はロボットに任せているのだが、庭の方はロボットには任せずに自分で手入れしているらしい。
「こんばんは…すごい綺麗…」
「あんたにそう言ってもらうのは、嬉しいよ」
一度帰宅したカエデも庭にやって来て、遺跡群の中の夜桜に感動している様子だった。芸術に理解のある者なら、この光景に何も思わない者はいないだろうと思うほどの景色だった。
「ここにも美しい景色はあるんだな…」
以前見たエリア003の「冬の桜」とも比較出来るほどの美しさだと、俺は思っていた。冬の桜が美しい事は多くの人間の知るところだが、この夜桜の美しさを知っている者は俺たちだけだろう。
「夜も遅いし、もう帰ります」
既に23時を回っていたので、カエデは家に帰った。俺達も寝る支度を整えて、夜桜を満足するまで見てから眠りについた。
「ありゃ…もう桜散ってるな」
翌朝、俺達が起きた時には、既に桜は散っていた。桜は満開になった後すぐに散ってしまうので、俺達が夜桜を見る事ができたのは運が良かったのだ。
「お前ら、もう帰るのか?」
「はい。隣のエリアなので、行こうと思えばいつでも行けますので」
俺達はジェラルドさんに挨拶をした後、駅に向かった。あらかじめ時間は確認してあり、余裕を持って出発していた。
俺は車窓から、エリア004の廃棄区画を眺めていた。廃棄区画には荒野や湖があり、様々な地形が存在していた。
「もう着くのか…」
「やっぱり早いな」
隣のエリアなので当たり前だが、到着のアナウンスはかなり早かった。俺達は降りる支度を済ませて、忘れ物が無いかをチェックした。
「一度家に帰った後、また俺の家に集まるか?」
「それもいいかも知れませんね」
明日からはまたいつも通りの日常に戻るのだから、今日はまだ普段通りじゃない事をしたい。俺とヨシュアは、レンの家に集まるという提案に乗った。
「おかえり。004はどんな感じだった」
「003ほど人がいなくて、移動しやすかったです」
俺はエドワードさんに004について色々伝えた後、レンの家に向かった。レンやヨシュアとも色々語りたいと思い、俺はレンの家へと急いだ。
今回はエリア004に関するお話になりました。
作中に出てきたシュニッツェルという料理は、ドイツやオーストリアの家庭料理です。仔牛肉を揚げ焼きした物なので、豚カツとも異なる料理になっています。
次回の更新は、また少し間が空くと思います。