ジャンク・ボンド 第四章 21
それはまさに感情の迸りに近かった。
その勢いのまま、バグの武器を次々に破壊していった。
さらに、シェリーがレッドを守る姿を視界の端に入れながら、敵の武器を何度も何度も切り払っていく。
時間がどれほど経過しただろうか。
少なくとも、レーツェルの右手が上がらなくなっていた。もう、全身の筋肉が悲鳴を上げていた。
そしてようやく、バグの全ての武器を破壊することに成功した。
「……」
さすがのバグも、予想外の展開に動きを止め、自分の手足を黙って見ているしかできなかった。
そんなバグに向かって、レーツェルが最後の力を振り絞って、ショーテルを構えながら突進した。
――これで最後だ!
切先がバグの胴体に突き刺――さらなかった。
「!?」
どうやら、相当の硬度を持っているらしく、ショーテルでは歯が立たないらしい。
不意を喰らったレーツェルが、再度構えて、刀身で胴体を何度も叩き切ろうとしたが、やはり傷一つ付かない。
それどころか、足元の地面が割れ、地中に落ちそうになってしまう。
「くっ!」
慌てて地面に手をかけて、何とか落下でけは免れたレーツェル。
下を見ると、何処まで続いているかわからない暗闇が口を開けていた。
一瞬落下する恐怖から開放されたと思ったのも束の間、未だに続いている激しい地震によって、結局手を放さざるを得なかった。
音もなく落下していった。
――呆気ない最期だったな……。
と、諦めかけていると、誰かが手を掴んでくれた。
「手を放さないでくださいね!」
シェリーだった。
か細い両腕で、レーツェルを引き上げようとしていた。
「良いから、放せ!」
「放しません。――命は大事にしてください!」
なぜか彼女の言霊が、“昔”のシェリーと重なってしまった。
レーツェルの口元が、無意識に綻んだ。――しかし、すぐに引き結ばれてしまった。
彼女の背後に、バグが現れたのだ。
「に、逃げろ!」
慌ててシェリーの手を放そうとするレーツェル。
そんな彼の視線を追って、シェリーが振り返ったが、バグの巨躯に目を丸くするだけで精一杯だった。
直後、バグが武器を失った“枝”でシェリーを突き刺そうとしたが、なぜか動きが突然止まってしまった。
そんな化物の背後から声がした。
「嬢ちゃん。早く引き上げろ!」
砕封魔が、バグの頭部を切り落としたのだ。
時間差で、大きな首が地面に転がった。
同時に、バグの複数の“枝”がダラリと下りて、そのまま体が倒れてしまった。
直後テレーゼが手を貸して、レーツェルを引き上げた。
引き上げたは良いが、これで終わった訳ではない。
プルシャが未だに暴れているからだ。
そんな化物を視界に入れ、砕封魔が珍しく弱気になる。
「ちっ。いくら俺でも、倒すには骨が折れるぜぇ……」
「ハァ。ハァ。ハァ……。いや、方法はある」
レーツェルはそう言うと、ヨロヨロと立ち上がった。
しかし、プルシャを見上げる目には、希望が満ちていた。
そんな彼の視線の先には、プルシャの“口”があった。
その視線に気付き、砕封魔が慌てて制止しようとする。
「まさか。あの穴に飛び込むってのか? 無茶はやめろ! 第一、中に入ったところで、どうやって……。まさか。――モジュールか!?」
砕封魔が自分で話しているうちに、その言葉が硬くなり、声量も大きなっていく。
「……」
一方、レーツェルは無言だった。
いや、駆け出そうと前傾姿勢になっていた。
「やめろ! もし、運よくモジュールを破壊したところで、爆発からは逃げられないぞ!」という、砕封魔の忠告を無視し、レーツェルは既に走り出していた。
荒れ狂うプルシャの枝や根。――それらを軽々と飛び乗りながら、上を目指していく。
プルシャの無秩序の枝が向かってくるが、レーツェルはお構いなし。手足を使って、さらによじ登りだした。
それどころか、ショーテルを幹に突き立てて、さらに上を目がけていくと、ようやく“口”の中に――入ってしまった。
『……』
その場にいた誰もが固唾を呑んで、レーツェルの“その後”を見守っていると、今の今まで暴れていたプルシャが突然動きを止めてしまった。
果たして、レーツェルは無事なのか?
モジュールは破壊できたのか?
様々な疑問が尽きない中、何処かで大きな音が波及した。――頭上だ。
時間差で、プルシャの大きな幹を伝って、激しい振動がこちらの全身を揺さぶった。――直後、プルシャの“口”から爆風とともに大量の粉塵が噴出されてしまった……。
*
あれから数日後――。
あの爆発でプルシャが動きを止めた日以来、レッドたちは、組長の家で静養していた。
そして、今日旅立つことになった。
なぜか、レッドがシェリーにぎこちない笑顔を向けている。
「……あれ? ああ。そう。俺と永遠の愛を誓うって言ってなかった? えっ? キャンセル? ああ。そう……」
レッドの涙目に歪んだ視界の中で、シェリーの眩しい笑顔は何故か歪んで見えないほど清々しかった。
「ええ! 私、この街で生きることにしました!」
「ハ、ハハハ……」
レッドの首が、“ガクッ”と項垂れた。
「何、期待してたんだよ」という砕封魔のツッコみを無視し、レッドが勝手に歩き出した。
そんな、遠ざかる彼らの背中を見送るシェリーに、組長が優しく話しかけてきた。
「追い掛けなくても良いのか?」
「ええ。何故かわからないけど、本当に私のことを想っている人が、迎えにきてくれそうな気がするの」
と、シェリーが振り返り、組長に笑顔を見せていたが、視線の先に何を見たのか、驚きの表情に変わってしまった。
そんなシェリーの視界には、ショーテルという独特の反りが入った剣を手にした男が立っていた。
組長が、シェリーと男の向き合う光景を目にするなり、なぜかその目が潤み始めていた。
「そうか。組を任せられる程の男だったら良いんだがな……」
第四章は、これにて終了です。もし良かったら、ブックマークお願いします。
……ていうか、改めて読むとラストあっさりしてますね。反省します。
そして、次の話についてですが、やはりまだ時間がかかっています。出来るだけ早く投稿(1ヶ月は難しいかも)したいと思っています。その際は、活動報告しますので、よろしくお願いします。




