ジャンク・ボンド 第四章 20
ユズハが、組長たちが出入口に到達するのを見計らうと、今度は倒れているレーツェルに駆け寄った。
「何してんの。さっさと逃げるわよ!」
「……」
しかしレーツェルは起き上がってくれない。
それどころか、目も開けてくれない。
そんな彼に苛立ちを覚えたユズハが、語気を強めた。
「不貞腐れてんじゃないよ。情けない!」
そう言いながら、今度は糸でレーツェルの全身をグルグル巻きにしてしまった。
「!?」
さすがのレーツェルも、目を開けて驚きの表情をせざるを得なかった。
「ほら。行くよ!」
そんな彼の反応を確かめもせず、ロープ状に編み上げた糸を使って、レーツェルを引きずり始めた。
「や、やめろ!」と、レーツェルがもがくが、無視して進む。
しかし、女手一つで大の男を引き摺るには力が足りなかった。おかげでなかなか進まない。
それを見かねたレッドが一緒になって引っ張ってくれた。
「何だコイツは。死ぬ気か?」というレッドに対し、ユズハが「失恋は、死ぬほどつらいのよ」と返した。
そんなやりとりをしていると、ようやく出入口に到達し、外に出ることができた。
外はもう夜の帳が下りていた。
そんな帳を背景にして、見事な満月が浮かんでいた。
そんな満月に気づき、レーツェルが突然大きな声を上げだした。
「しまった。遅かった!」
直後、地面が大きく揺れ出した。
それに伴い、地面が大きく割れ、隆起と陥没を繰り返す。
そんな割れ目から、大蛇のように蠢く木の根が姿を現した。
どうやら、プルシャ自体が動き出したらしい――と、認識している場合ではなかった。
なんと、プルシャの“口”から、さっきのバグが飛び出し、地面に着地したのだ。
直後、複数の武器がレッドたちに向かって飛んでいく。
たった今、一本の槍がレッドに向かってきた。
それをショーテルで弾こうとしたが、槍が急に右に大きく回り込んで来たため、レッドは体ごと向きを変えざるを得なかったが、反応速度が遅れ、持っていたショーテルを逆に弾き落されてしまった。
――しまった!
ショーテルに気を奪われていると、レッドが何か強い力によって吹き飛ばされてしまう。
バグの槍が、胴体を薙ぎ払ったようだ。
同時に、隣にいたユズハも地面に転がってしまう。
もはや、絶望するしかない状況だった。
何しろ、迫りくるバグの他、プルシャが暴れて、辺り一面が地獄と変わらなくなってしまったからだ。
そのため、他の人間のことを心配する暇などなく、ただ地面にしがみつくしか出来なくなっていた。
たった今、鋭い形をした瓦礫の一部が、レーツェルを縛っていた糸を切り裂き、自由を取り戻したが、本人はなかなか動こうとはしない。
そんな状況にもかかわらず、他人を庇おうとする人物が一人いた。
「やめて!」
シェリーだ。
レッドの上に覆い被さり、迫りくるバグの攻撃から守ろうとしていた。
そんな彼女に向かって、槍が凄まじい速度で飛翔していく。
もはや、彼女の背中に突き刺さるのは、明白だった。
しかし、なぜかそうはならなかった。――なんと、何かに弾かれてしまったのだ。
そこには、シェリーの前に立ちはだかる男が一人いた。
その右手にはショーテルが握られている。
自分でも、なぜ彼女の前に飛び出して来たのかわからなかった。
いや、もしかしたら、ただ目の前の人物を守りたいと本能が働いたのかもしれない。
しかし、この際どうでもいい。
「うぉぉぉ……!」
突然、レーツェルが雄たけびのような大きな声を上げた。