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ジャンク・ボンド 第四章 16

 一方その頃砕封魔は、建物の陰から、ある一点を覗き込んでいた。


 それは、村人たちがプルシャの木の根の間に空いた穴に吸い込まれるように入っていく光景だった。


 そんな村人たちの目には生気がなく、虚ろで、足取りもどこか覚束なかった。


 テレーゼが村人たちに気づかれないように、音もなくプルシャの中に忍び込んでいった。


 プルシャの中は、かなり広く、上を見上げれば視界の届かないほどの遠くまで、空間が広がっていた。


 そんな空間に、視界に収まらないほど大きな物体が空中に浮いていた。


 それは琥珀色した物体だった。


 ――こんなにでかいモジュール初めて見たぜぇ……。


 さすがの砕封魔も、一瞬言葉を失った。


 そんな刀を余所に、木肌の腕のようなものが忙しなく動き、無抵抗の村人たちを次々に捕らえ、なんとそのモジュールの中に押し込めていった。


 直後、モジュールが僅かに膨らんでいく。


 こんな作業を、まるで工場のように規則正しく続けていた。


 しばらくすると、木肌の腕の先が今度はモジュールのなかに入っていったかと思うと、その中から何かを取り出し始めた。


 よくみると、さっき取り込まれたはずの人間だった。しかし何処か様子が違った。


 顔つきだ。


 さっきまでの生気のない表情が嘘のように、今は活力に満ちたような表情に変わっている。


 いや、それどころか、邪悪な気さえ纏っているような感じさえする。


 ――まさか。ここで、ガワだけ人間そっくりのバグを生産してるってぇのか? まるで、移動式のプラントじゃねぇか……。


 さらに驚く砕封魔は、周囲の異変に気づけなかった。


 「!」


 テレーゼの死角から、木の腕が突然飛び出し、彼女の四肢を縛り上げたのだ。


 「くっ! 俺としたことが……」


 毒づくテレーゼの体が、文字通り十字架のように吊されていく。


 同時に、一本の腕が砕封魔を取り上げてしまった。しかもその際、刀と手を繋いであった糸も切られてしまった。


 ――万事休すか……。


 *


 その頃レーツェルとユズハは、村の中までやって来ていた。

 しかし村の中は、誰一人としていなかった。


 当然である。

 村人たちは皆プルシャに取り込まれてしまったのだから。


 いや、どうやら違うようだ。


 男が一人だけ、道路に座り込み、うなだれている。


 なにかブツブツと喋っているが、聞き取れない。

 そんな男に、ユズハが恐れもせずに話しかけた。


 「ねぇ。何で、この村誰もいないの?」


 しかし男は、一向にユズハの話を聞かず自分の世界に浸っている。


 「オラ。命の恩人を見殺しにするかもしれねぇ」


 男が恐怖に震えていた。


 黙ってプルシャに向かおうとするレーツェルに対し、ユズハの興味はその男から離れることはなかった。さらに話し掛けたのだ。


 「それって、どういうこと?」


 男が、初めて話しかけていることに気づき、丸くした目をユズハに向けた。


 「み、見たこともねぇ片刃の剣を持った女が、プルシャに向かって行っただ。――あの時、オラを助けてくれたのに。駄目だ。オラ何も出来なかった……」


 男の顔が悔し涙で濡れていた。


 一方ユズハの怪訝そうだった顔が、話を聞いてくに連れて、少しずつ明るくなっていく。


 「片刃の剣? ……まさか。ねぇ。その女って、口調も声も男みたいじゃなかった?」


 ユズハの言葉に、男が激しく頷いた。


 「んだ! んだ!」


 「やっぱり」


 そう言うユズハは、今度は先を行くレーツェルを追い越して走り出した。


 「早く行きましょ! アイツがいるなら、多分“アイツ”もいるはずよ!」


 なぜか、笑顔に変わっていた。


 『……』


 そんな二人の背中を、はるか後方で何人もの村人が黙って見ていた。皆一様に、静かに殺気を纏っている。


 さっきの男が、それぞれ得物を手にした村人に気づき、慌てて制止しようとした。


 「な、何するだ!」


 直後、男は何も発すこともなく、その場に崩れ落ちてしまった。


 一方話し掛けられた村人の一人は、血に染まった刃物を手にしながら、二度と起き上がってこない男を一瞥した後、他の村人たちと共に、レーツェルたちを追いかけて行った。


 村人が駆け寄ると、レーツェルはその殺気を察知したのか、振り返りユズハの前に出た。


 もちろん、ショーテルに手を掛けながら、だ。

 目線が左右に振られ、〝敵〟の戦闘能力を調べていた。


 一方ユズハは、「ハハハ……。何か、歓迎……しているようには見えない、よね」と、一応笑顔を作ってはいたが、村人が放つ異様な空気に戸惑いを隠せなかった。


 そしてユズハが、「何か知らないけど、――ごめんなさい!」と言いながら、〝お手上げ〟のポーズように両手を上げた。


 両腕が頭上に到達した瞬間、指先から糸が四方八方に飛散した。

 直後、村人たちが手にしていた、得物に絡みついていった。


 『!?』


 状況を把握できずに、困惑する村人たち。


 一方ユズハは、さっきまでの弱腰な態度が嘘のように、たわわな胸を反らしながら仁王立ちをする。


 「さぁ。この村で一番見晴らしの良いパーティー会場に案内しなさい」


 ユズハの視線がプルシャに向けられた。


 しかし、その後村人に視線を戻すと、驚きの表情へと変えざるを得なかった。


 「ちょ、ちょっと! いくら私が魅力的だからって、一度に迫られたら体が持たないわ!」


 なんと、村人がじわりじわりと距離を縮めて来ていたのだ。


 そんな彼女に対し、レーツェルが冷静に分析をしていた。


 「コイツら、何か変だぞ」


 そう言いながら、静かに抜刀して構え始めた。


 「変って――」


 ユズハの言葉が途切れてしまった。


 彼女の喉や手足が、〝蔓〟のようなもので縛り上げられてしまい、声が出せなくなっていた。


 よく見ると、村人の手足どころか、頭部が枝や蔓のように変化していた。


 声の出せないユズハに対し、レーツェルは「どうやら、バグのようだ」と眉一つ動かさず、その代わりにショーテルを振り出した。


 枝の鋭い先が真正面から飛んでくるのを、素早く右に避けながら切断。


 刹那、別の蔓が左腕と左足に絡みついた。


 あまりの力強さに、体が左側に引きずられそうになる。


 それをショーテルで切り落とそうとするが、右手にも絡みついて動けなくなってしまう。

 そして、まるで〝大の字〟のような格好で立たされるハメになってしまった。


 「……」


 じわじわと、レーツェルの手足を絞り始める枝や蔓。

 そして、まるでゾンビのごとく、ゆっくりと迫り来る村人たち。


 しかしレーツェルは、一切焦るような素振りを見せなかった。


 直後、あまりにも枝の絞る力が強かったのか、彼の拳が開かれショーテルが地面に落ち――なかった。


 なんと、ショーテルが回転しながら落下していくのを、レーツェルは視線だけで追っていくと、丁度柄頭が下になるタイミングを見極め、足の甲で受け止め、すかさず蹴り上げたのだ。


 空中に蹴り上げられるショーテル。


 放物線を描きながら、向かう先は――何と、レーツェルの右腕を封じていた村人だった。


 たった今、村人の頭頂部に刃先が刺さり、無言で倒れてしまった。

 お陰で、右手を封じていた枝が、まるで土のように変化して風に飛ばされてしまった。


 予想外の出来事に、一瞬レーツェルから気を逸らしてしまった村人。――その透きに、左腕に絡みついた枝を右手で強引に引っ張った。


 「……」


 村人の一人が、よろけながらレーツェルに引き寄せられる。


 瞬間、近づいてきた村人の鳩尾を蹴り飛ばすレーツェル。


 村人の体が、〝くの字〟に曲がる。


 「……!」


 さすがの村人にも苦悶の表情が張り付いた。直後、左腕に絡みついていた枝が、離れてしまった。


 ――次は左足!


 今度は、右に転がった。


 そうすることで、今度は左足を掴んでいた村人を自身の体に引き寄せた。


 村人がバランスを崩しながら、前のめりになりながらレーツェルに近づいていく。


 迫ってくる村人を前にして、仰向けになったレーツェルの右足の裏が相手の太股に掛かけられた。


 そして両腕で相手の襟元を掴んだ。


 刹那、曲げた膝のバネを柄って、相手を蹴り上げるように放り投げた。


 いわゆる、巴投げだ。


 これでようやく、〝五体満足〟だ。――と、レーツェルは思ったか分からないが、息つく暇なく今度は地面に転がったショーテルに向かって、駆けだしていた。


 もちろん村人たちも黙ってはいない。


 レーツェルに向かって、枝や蔓を飛ばしていく。


 そんな彼の背中に、複数の枝が向かって飛んでいき突き刺そうと――できなかった。


 「同じ過ちは犯さない」


 よく見ると、服の破れた箇所から、鎖帷子が覗いていた。直後レーツェルは、向かってくる村人たちに対して、何度も何度もショーテルを振り始めた。


 それも、目にも留まらない速さだ。

 数分しか経っていないはずだ。


 それなのに、レーツェルはショーテルを振るのを止めてしまった。


 『…………』


 時間差で、村人たちが膝から崩れ落ちてしまった。


 そんな敵の最期を見届けることもせず、レーツェルはプルシャに向かっていった。


 一方ユズハは、目の前であまりにも激しい戦闘が繰り広げられてしまったせいか、地面に転がりながら呆然としていた。


 「……また助けられたみたいね」


 実感の籠もらない言葉を口にしながら……。

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