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ジャンク・ボンド 第四章 15

『……』


 組長の過去話を聞いているうちに、シェリーとレッドの顔が驚き、そして強ばっていく。


 特にシェリーは、自分の知らない過去があったことを、不意に知らされたためか、それとももしかしたら自分は木から生まれた人間かもしれないことの衝撃か――とにかく、その顔は青ざめていき、体は小刻みに震え、立つことさえままならず結局うずくまるしかなかった。


 そんな彼女の姿を目にするなり、若頭が苦虫を噛み潰したような顔を、組長に向けた。


 「……組長。その話は、お嬢さんに絶対秘密やったんやないんですか?」


 「わしもそう思っていたんだ。

 第一、この土地を欲しがったのは、あの木の化物を娘に知られる前に“始末”しようとしたからなんだ。

 しかし、コイツがここに来たのは、もしかしたら運命なのかもしれない。

 だったら、真実を打ち明けて、これからの未来を本人に選ばせた方が、健全だと思ってな」


 「しかし――」


 「コイツの人生は、コイツのものだ」


 そう言った組長の顔つきは、いつもの〝娘を溺愛する父親〟とは違っていた。


 まるで、娘が旅立つような――言い換えれば、嫁ぐ前日の父親のように、眉間に皺を寄せながら、それでいて口元は情けなく綻ばせていた。

 そんな表情の裏には、何かしらの覚悟が見え隠れしていた。


 そんな組長の心の揺れ動きを目にしてしまっては、さすがの若頭も何も言えなかった。


 一方組長は、茫然自失するシェリーを抱えて、車の後部座席に押し込んだ。


 「……行くぞ」


 その後、プルシャに向かって行こうとする組長を、若頭が慌てて引き留めようとする。


 「良いですか? お嬢さん、ほっといて。ていうか、危険を冒してまでしてあの木に何の用があるんですか?」


 「娘を今までは甘やかしすぎたのかもしれん。……アイツは今、自分の運命を受け入れるか、逃げるかの瀬戸際に立っている。

 なあに。心配するな。

 自分で答えを見つける。――何しろ、俺の娘だからな。それに、親には親の“けじめ”がある」


 組長が、不器用に笑って見せた。


 「……」


 その言葉に、若頭が拳を硬くして俯いていた。目からも、熱いものもこみ上げてきていた。


 ――まさか。お嬢さんに、真実を打ち明けてしまったはいいが、この忌まわしい運命を断ち切ろうと、あの木を始末しようと……?


 そして組長と共に、プルシャを目指した。後からシェリーが来てくれることを信じながら。


 一方その頃レッドは、座席で未だに呆然としているシェリーの隣に座っていた。


 そんな彼女に一体何と声を掛けたらよいのか、いろいろ思案を巡らせていたが、結局的確な文章が浮かばず、結局口から漏れるのは取り留めのない会話だけだった。


 「ええっと、その……今日は満月かぁ。こんな日に、誰かさんとデートしてみたかったな。ハハハ……」


 「……」


 「そ、それにしても、ひどい親だよなぁ? 娘を置いてけぼりにして、さ。ハハハ……」


 「……」


 しかし、シェリーは一向に口を開いてはくれなかった。

 それどころか、ずっと足元の空間に焦点の合っていない目を向けていた。


 そんな彼女に対し、レッドは思わず溜息を吐いてしまった。どうやら、いろいろ言葉を選ぶのを諦めたようだ。


 「で、でも、それでも、そんな親でも親だよ。このまま殻に閉じこもったら、絶対後悔するよ」


 今までと違い、実感の籠もった言霊を聞き、シェリーが静かに顔を上げた。

 その視線の先には、プルシャに向かっていく組長たちの姿が映っていた。


 「……俺、実は、記憶を作り替えられた女の子と、出会ったことがあるんだ」


 レッドの視線と言霊が沈んでいく代わりに、シェリーの顔が弾かれたように彼に向けられた。


 「作り替えられた……?」


 レッドが、重々しく頷いた。


 「彼女は、お兄さんを救うために、俺たちに助けを求めてきたんだけど……。その……結局、彼女は……」


 なぜか、これ以上言葉が出なかった。


 「……命を落とした?」


 シェリーの言葉に、レッドが渋々頷いた。


 「しかも、そのお兄さんは本当はいなかったんだ。いると思い込まされていたんだ」


 「そんな惨いこと、一体誰が?」


 「それは言えない。もし言ってしまったら、君も巻き込まれるから……。

 でも、これだけは言える。

 彼女の中では、お兄さんは本当にいたんだ。血の繋がりじゃないんだ。

 君がどう思うか。――それが本当に大切なことなんだよ」


 「私……」


 「人生、主体的に生きるのも、受け身で生きるのも自分次第。……なんて、少し偉そうだったか? ハハハ……」


 レッドの笑い声に、シェリーがつられて、ようやく笑顔になった。


 「……そうね。自分の人生だもんね」


 シェリーはそう言うと、車を降りてすでに小さくなっていた父親の背中を追いかけていった。 


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