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ジャンク・ボンド 第四章 14

 一方その頃レーツェルたちと同じ荒野で、組長と若頭が喧嘩していた。


 「――だから、こっちやないって言うたやないですか。組長!」


 「いいや。こっちで間違いない」


 荒野を歩きながら、二人が道に迷っていたのだ。


 その時、突然地響きが二人を襲った。同時に腰を抜かして、顔に驚きの表情を貼り付けた。


 『な、なんだ!?』


 二人の台詞すら、地響きに掻き消されてしまう。

 そんな二人の視線が、ある一転に集中した。


 そこには、プルシャが周囲を破壊しながら、こちらに向かって進んでくる光景が視界一杯に広がっていたのだ。


 いち早く立ち上がることができた若頭が、いまだに腰を抜かしている組長の脇を抱えて逃げようとする。


 「組長、早く逃げましょ!」


 一瞬思考停止に陥っていた組長が、若頭の言葉を耳にして、我に返った。


 「……あ。ああ。そうか。逃げるか!」


 そうは言うものの、組長の足腰はなかなか立ってくれない。まるで生まれたての子鹿のように、プルプルと震えている。


 まるで地中に埋まる作物を引き抜こうとするように、組長を引きずる若頭。


 それに対し、組長は「お、俺一人で立てる。馬鹿にするな!」と、なぜか威張っている。いや、声は震えている。


 そんな二人に向かって、なおも迫り来るプルシャ。


 地響きも大きくなり、周囲の動物たちも次々に逃げまどい、地割れも錯綜していく。


 もう万事休すか……?


 二人が目を瞑り、自分の最期を覚悟した。


 その時だった。


 突然、プルシャの動きが止まってしまった。


 『…………』


 もう少しでも進んできたら、二人は踏みつぶされていただろう。

 視界に収まらないほど大きな幹の一部を、二人は呆然と見ているしかなかった。


 頭上を見上げて呆気に取られる組長の隣で、若頭が何かに気づいた。


 「く、組長!」


 「な、何だ。急に大きな声を上げて。……こ、これは一体!?」


 二人の視線が、一本の木の根に釘付けになった。


 なんとそこには、木の根から女性の上半身が飛び出しているではないか。


 「か、可愛い……」


 急に鼻の下を伸ばす若頭。


 何しろ目の前にいるのは、まるで雪のように白い肌をし、柳のようにほっそりとしたしなやかな腰つき、か細い腕など可憐で弱々しい要素を詰め込んだような美人だ。


 それがまた、何かに困っているような素振りを見せている。その表情がまた、陰あるというか、妙にそそるというか……。


 一方組長は「何を言っているっ!」とツッコミながら、懐から取り出した刃物で根を削りだした。


 そんな彼に合わせて、若頭も慌てて自身のドスで削り始めた。


 しばらくの後、女性の全身が露わになった。やはり、どう見ても生身の人間だ。


まるで、眠っているかのように穏やかに息をする全裸の女性に、組長は自分の上着を掛けた。

 そして、必死に彼女の体を揺すりながら、声を掛け続けた。


 「おい! しっかりしろ!」


 何度か声を掛けた時だった。

 ようやく、彼女の瞼が開きだしたのだ。まだ意識の定まらない虚ろな目が、こちらを見ていた。


 「おい。生きてるぞ!」


 組長の笑顔が、彼女の視界に入り込んだ。


 「……?」


 状態を把握できず、怪訝そうにする彼女。


 「おい。名前は?」


 「……シェ、シェリー」


 こう呟くと、シェリーは意識を失ってしまった。よく見るとその姿は、レーツェルの知っている頃より、少し幼く見えた。


 その後もシェリーは、ずっと眠ったままだった。


 その間、組長たちは街の医者を全員呼んだが――本当は拉致してきた――結局、目を覚ますことはなかった。


 おかげで、そんな医者たちの末路といったら、〝簀巻きで水に沈められるか〟か〝コンクリート詰め〟か、はたまた〝シェリー親衛隊の強制加入〟か……以下省略。


 そんなことを繰り返しながらも、目に見えた結果を出せず、日数だけが過ぎていた。


 そんな、彼女が一週間眠っていた頃のことだ。


 組長が、日課のシェリー親衛隊の訓練に勤しんでいた時のことだった。


 「はい。もう一度! 〝我らシェリー親衛隊〟!」


 背後から、若頭が血相を変えて走ってきたのだ。


 「組長!」


 「何だ! 今、神聖な練習中だというのに」


 「つ、ついに目を覚ましたんですよ!」


 「シェリーがか!」


 「はい!」


 目を輝かせる二人。

 直後、無理矢理親衛隊に加入させられた街の人間たちを、放り出して、シェリーが眠っていた部屋に駆け込んだ。


 「あら。おはようございます。どうしたんですの? そんなに慌てて」


 上体を起こした彼女は、まるで天使の微笑みを二人に向けていた。


 その後、体調はみるみる回復していったが、記憶は一向に戻る気配はなかった。


 それでも、組長の養女となり、その美貌でいつの間にか街のアイドルになっていく。


 ついこの間まで、親衛隊に嫌々加入させられていたはずの街の住人も、この頃になると、進んで加入するほどになっていた。


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