ジャンク・ボンド 第四章 13
満身創痍のレーツェルが、それでも自分の身を押してショーテルを手にしながら、プルシャに向かって駆けだしていた。
「うわぁぁぁ!」
しかしその行く手を阻むように、地中から飛び出したプルシャの根や、空中を滑空する枝が次々に攻撃を仕掛けてきていた。
眼前に現れたそれらを切り払らおうとショーテルを振り上げたが、足元で蠢く根に気づき、跳躍し後退するしかなかった。
「くっ!」
舌打ちをしながら、今度は木の根を何度も突き刺した。
すると、ようやく一本の根を断ち切ることに成功した。
切り口から、紫色の体液が迸った。
一瞬怯んだのか、他の木の根が僅かに動きを止めた。
――今だ!
その透きを見逃さなかったレーツェルが、再度前方に駆けだした。
刹那、視界の右端から迫り来る枝を、切り払った。
そのまま左下に振り下ろされる切っ先の勢いを使い、今度は左脇腹を狙って飛んでくる枝を切断した。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
荒い呼吸のせいか、体中に酸素が行き当たらず動きや思考が徐々に鈍っていく。
それでも懸命に、プルシャの攻撃をかわそうと蹴散らしたが、自分の思ったより足が上がらず、結局低空飛行する木の根によって払われてしまう。
直後、バランスを崩して倒れてしまった。
自分の無力を感じながらも、シェリーがプルシャの“口”に取り込まれようとしているのを、黙って見ているしかなかった。
「シェ、シェリー!」
「レーツェル!」
手を伸ばし、お互いの手を掴もうとするが、プルシャの枝たちの分厚い“壁”に阻まれてしまった。
直後、太い枝によって吹き飛ばされるレーツェル。
「ぐふっ!」
それでも、自分の足に鞭を打って何とか立ち上がっていく。
そして、足を引きずりながら、前に進んでいく。もちろん、シェリーを助けるためだ。
自分に向かって飛んでくるいくつもの枝や葉たちを避けながら、それでもプルシャに向かって駆け出していた。
同時に、ショーテルで枝たちを切り払いながら、なおも突き進んでいく。
たった今、左手に枝が絡みついた。
「!」
左手をみながら、舌打ちをするレーツェル。ショーテルを両手持ちにして、切っ先を下に向けた。
直後、勢いよく振り下ろした。
しかし、それは叶わなかった。
今度は彼の右腕を枝が縛りあげ、自由を奪ったのだ。
そのまま、彼の体が吊し上げられてしまった。
直後、手放してしまったショーテルが地面に転がった。
「……」
悔しさで唇を噛みしめるレーツェル。
血が流れた。
そんな彼の視界の中で、泣きわめくシェリーが……プルシャの口の中に放り込まれてしまった。
「ああああ……!」
レーツェルが、人生で初めてかというほど、涙を流しながら大きな声を上げた。そして人生最大の後悔をした。
ちょうど、朝日が昇るころだった。
その巨大な幹が、朝日に照らされていたからだ。
レーツェルがあまりの悔しさに身を震わせていると、突然、プルシャの枝が解れて、彼の体を地面に落としてしまった。
「……?」
時間差で、プルシャを見上げると、さっきまで暴れていたプルシャが急に動きを止めてしまっていたのだ。
あまりの急変に事態を把握できず、しばらく呆然としていたレーツェルだったが、そのうち一つの仮説を立ててみた。
――もしかしたら、陽の光に弱いのではないか?
しかし、それを確かめる手だてはない。いやそれどころではない。
レーツェルが慌てて、プルシャをよじ登ろうとしたが、負傷した体では天にも届くほどの高さまで到達することはできなかった。
何度も何度も挑戦したが、結局傷口を広げるだけだった。
――シェ、シェリー……。
そして、気を失ってしまった。