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ジャンク・ボンド 第四章 10

 一方その頃テレーゼは、昨夜の宴会の疲れのためか、村長の家で眠っていた――ように見えた。


 「……」


 少なくとも、今部屋の中を覗き込んだ村長にはそう見えていた。


 ドアが静かに閉まり、村長が遠ざかっていくのを、音で確認してから、テレーゼが体をスッと起こした。

 実は、この村の正体を知りたくて、わざわざ眠っているフリをしていたのだ。


 「さぁてと」


 砕封魔が、屋敷の連中に気取られないように、ドアノブを静かに回し、少し開けた透き間から外を覗き込んだ。


 どうやら、廊下には誰もいないようだ。周辺の部屋からも、話し声や物音もしない。まるで無人のように静まりかえっている。


 逆に不気味さを覚えたが、それを確認すると、ドアを閉めて、今度は反対側にある窓に目を転じた。木枠で十字の入った、窓ガラスだ。


 幸い、この部屋は屋敷の裏側にあり、表通りに面していなかった。


 そのためか、今のところ誰も行き来していない。


 ――チャンスだ。


 テレーゼが窓を上に押し上げて開けると、その下の透き間から、外へを飛び出した。

 ちなみに部屋は二階にあったが、彼女にとっては別に臆する高さではなかった。


 たった今、綺麗に着地した。


 まるで敷地を取り囲むように生えている木々と、レンガの壁を軽々と跳び越え、裏の通りを誰にも気づかれないように歩いていく。


 しばらくすると、表通りへと交差するところまでやってきた。

 一応、物陰に隠れて表通りを覗いてみたが、誰一人として姿を現さなかった。


 「……」


 もしかしたら、昨夜の宴会ではしゃぎ過ぎて、疲れてまだ眠っているのかもしれない。

 だが、一人も歩いていないというのは、おかしい。


 ――まぁ。なるようにしか、ならねぇか……。


 考えようによっては都合がいい。この方が、心おきなく村の中を調べられるからだ。


 特に、あの大きな木を、だ。


 「……」


 とりあえず、プルシャを目指して歩いていく。


 それにしても、どの家の前を通っても、窓の向こうは誰もいないのが不思議だ。


 いくら、床に就いているとはいえ、全員が通りの面している部屋と違う部屋を寝室にしているとは、考えにくい。


 現に、ベッドは見えるが、そこには人影がない家も何軒かあった。


 そもそも宴会は村長の屋敷で行ったのに、あの家の中は静かすぎた。

 だからといって、それぞれ家に帰っている訳でもない。


 果たして、村人たちはどこに消えたのか?


 そんな時に、砕封魔はふとあることを思い出した。


 ――あの時も、そうだったな……。


 蜘蛛との戦いの時のことだ。


 確か、あの時はバグが村人を“作って”いたはずだ。ということは、この村もその可能性がある。


 だが、足下に目を移すと、地面にいくつもの足跡がある。

 他のところをみても、物陰にゴミがあったり、家の中の暖炉には燃えカスが残っている。


 明らかに、生活していた跡がある。

 ということは、その可能性は低いということだ。


 ――なおさら、あの木を調べねぇとなぁ……。


 その時だった。


 微かだが、背後から聞こえた足音が、砕封魔の歩みを止めさせた。同時に、刀に手を掛けている。


 素早く振り返ると、そこには昨日砕封魔が助けた男が立っていた。

 上半身にいくつもの包帯を巻き付けていた。


 「どうした? 怪我人は休んでねぇと治らねぇぞ?」


 砕封魔の言葉こそ柔らかかったが、その裏には僅かに殺気が孕んでいた。

 なぜなら、目の前の男からも、常人には気づかないほどの殺気が漏れていたからだ。


 一方男の方はというと、懐に手を入れながら、じわりじわりと砕封魔のへと近づいていく。


 しかし、その様は明らかに挙動不審だった。息は荒く、視線や足取りは定まらず、その顔からは冷や汗が垂れていた。


 「オ、オラ。おめぇを殺さなきゃなんねぇ。昨日の宴で、毒飲んで死んでもらうはずだったに、おめぇは何にも口にしねかった」


 「へっ。命の恩人をこの村のやり方かい?」


 そう言いながら、テレーゼがゆっくりと後退りして間合いを開けていく。

 男の懐から目を逸らさずに、だ。


 「お、掟なんだ。仕方ねぇ!」


 直後、男の右手が懐から勢いよく飛び出し、何かが投げられた。


 それらを視界の中に捉えたテレーゼが、素早く右側へ側転しながら回避していく。


 地面に突き刺さったのは、何本もの投げナイフだった。


 「し、死んでくれっ!」


 男が、再度ナイフを投げる。


 それを、今度は左側へ側転してかわそうとするテレーゼ。――しかし、その足が動かず、回避行動に移れなかった。


 足下に目を転じると、一投目と二投目のナイフを繋ぐようにして、かなり細いワイヤーが何本も張っており、テレーゼの足を絡めて動きを封じていたのだ。


 「ちっ。面倒くせぇ」


 砕封魔が刀でワイヤーを断ち切ろうと、男から気を逸らしてしまった。


 その透きに、男が両腕にはめていた鉄甲から計一〇本もの爪を伸ばし、砕封魔に向かって駆け出していた。


 「!」


 反応にワンテンポ遅れてしまったテレーゼの左脇腹を、鋭い爪が切り裂いた。


 瞬間、男の右腕をテレーゼが掴まえ、凄まじい腕力で絞り上げる。


 「う、うわぁ!」


 あまりの痛みに男が呻き声を上げる。膝が崩れ落ちそうだ。


 しかし、男の苦し紛れに取った行動が、テレーゼの腕を引き剥がしに成功した。


 なんと偶然に、男があまりの痛み振り回した左手の爪が、テレーゼの指たちの透き間にに突き刺ささり、結果的に指が外れてしまったのだ。


 「わっ!」


 突然解放された男が、地面に無造作に転がったが、慌てて跳躍を何度か繰り返し間合いを広げた。


 直後、忘れていたかのように投げナイフを構え始めた。


 そんな男を見ながら、砕封魔があることに気がついた。


 ――あの鉄甲、もしかして……。


 「おめぇのボスは誰だ?」


 以前、自分を襲ってきた暗器使いと同じ鉄甲と同じだったのだ。


 砕封魔の言葉に、男の顔に驚きが張り付き、その後困惑へと変化していく。

 急に目線が逸れていく。

 思わず、ナイフを持っていた腕を下ろしてしまった。

 男が無理に声を張り上げる。


 「オ、オラ、何にも知らねぇ!」


 「そうか。知らねぇか……。俺はてっきり、この村は暗器使い――いや、“忍びの里”かと思ったんだが?」


 「ば、馬鹿言うでね!」


 男の目線が、テレーゼから逸れていく。


 一方、そんな反応を予想していた砕封魔は話を続けた。


 「もしかして、この村はある偉い人間の命令で動いてるんじゃねぇのか?」


 「だから、オラ知らねぇって!」


 直後、男のナイフたちが地面に落ちてしまった。


 別に、砕封魔の話に気を取られて、不意に落とした訳ではなかった。自分の腕に何かが絡みついたのだ。


 「……?」


 不思議そうに自分の腕に視線を移す男。

 そして時間差で、その目は何をみたのか、弾かれたように見開かれた。


 なんとそこには、ついさっきまでテレーゼの足を絡ませていたはずのワイヤーが、自分の腕を縛り上げていたのだ。


 「いくら何でも、うかつ過ぎだぜ? 頑張って足縛ったって、両腕がガラ空きだもの。ナイフなんか、すぐ抜ける」


 砕封魔の言うとおりだった。


 実は男が動揺している透きに、素早く屈んでナイフを抜き、男の腕めかげて投擲したのだ。


 一方男の方はというと、一瞬悔しい顔を覗かせたが、その後諦めたのか顔中の筋肉を弛緩させて、その場に座り込んだ。


 「……やっぱり、オラは駄目だぁ。戦に向いてねぇ。でも見張りもロクにできねぇ。オラ、どうしたら良いだぁ?」


 男の呟きに、砕封魔が納得した。


 「やっぱりな」


 「あぁ?」


 「だってあの時、あの大木から落ちている時点でおかしいと思ったんだよ。――こりゃあ。ただの事故じゃねぇって。見張りだなって」


 「な、何で見張りだってわかっただ?」


 男が急に前のめりになる。


 「第一、あの木を上る理由がねぇ。あれは実が成る訳でもねぇし、もし鳥が巣を作ってたとして卵や何かを盗もうとしたって、とても人間が登れるような高さにいねぇ。鳥だって、他の動物から襲われたくねぇからな」


 「な、なるほど」


 「それに見張り台としても、明らかに細工しているようには見えねぇ。ということは、少なくとも、あんな木を登れる技術か道具を身につけている者じゃなきゃいけねぇ。しかも、落下したら下手したら死ぬかもしれねぇんだぞ。一般人が、そんな危険を冒してまで登るか?」


 「な、何でオラが木から落ちたってわかっただ?」


 「その傷は強い衝撃でできたものだ。あの辺りで、人間を襲うほどの大きな動物もいねぇ。考えられるのは、高いところ――つまり木から落下した。まぁ。可能性の話だがな」


 「だ、誰を見張っているいうだ!」


 男の言葉に、砕封魔は後ろを振り返って背中越しに答えた。


 「……俺を見張ってたんだろ」


 そんな砕封魔の視線の向こうには、やはりあの大木――プルシャがそびえ立っていた。


 その視線に気づいた男が、慌てて砕封魔を止めようとする。


 「あ、そこに行っては駄目だぁ! ――殺されるぞ!」


 「ふん。せっかく生き延びた命、大事にしろよ」


 「な、何でオラの正体に気づいたのに、わざわざ助けてくれたんだぁ?」


 「……ただの気まぐれだ」


 砕封魔はそう言うと、呆然と尻餅をついている男を後目に駆けだしていた。


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