ジャンク・ボンド 第四章 6
砕封魔は森を抜けて、一番近くにあった村に来ていた。
幸い村人は協力的で、しかも医療の技術を持った者がいたこともあり、怪我人の治療を任せていた。
その間、村人たちは人が良いのか、それとも余所者に対して疑うことを知らないのか、砕封魔を盛大にもてなしてくれた。
「……」
砕封魔は、突然怪我人を連れてきた自分に対して、こんなに歓待してくれる村に一瞬訝しく思ったが、村長と名乗る男の話を聞いて納得した。
どうやら、怪我をした男はこの村の人間だったらしい。同じ村人を救ってくれた感謝のつもりだという。
とはいっても、解せないこともある。
この村の周辺は、さきほどの森以外は荒地が広がっている。……まぁ。村の後方に、まるで天まで届こうかというほど高い大木がそびえ立っているが、それ以外はめぼしい資源がなさそうに見える。
それなのに、なぜか村の中はかなり繁栄していた。
食糧も豊富にあるのか、店先に並ぶものは、相場より驚くほどの安値だ。
また夜になると、街灯だけでなく、人家の中にも煌々と明かりが点いている。普通なら燃料が惜しくて、何もなければ日没と共に就寝するというのに、だ。
それに加えて村人たちの表情だ。
まるで生活に不安がないのか、希望に満ちたように明るかった。同時に、それぞれの家から聞こえた来るのは、笑い声ばかりだった。
砕封魔が、テレーゼの口を借りて質問した。
「この村は何を生業としてるんだ?」
かなりアルコールが回っているのか、赤ら顔で上機嫌な村長が答えてくれた。
「この土地は、あの木のおかげで何もしなくても、生活していけるんですよぉ」
「あの木?」
村長の視線が、村の裏にそびえ立つ大木に向かった。
「あの木が突然現れたんですよぉ。ちょうど、一週間前だったかな?」
「一週間前、ねぇ……」
砕封魔の言霊が硬くなる。気になることがあったのだ。
一方村長は、そんな刀に気づかず、誇らしげに話を続けた。
「最初は地震かなと思ったんですぅ。夜中に突然この土地全体を揺さぶったんですからぁ。でも違ったんですぅ」
村長の話によると、村では“プルシャ”と呼ばれている大木が突然現れた途端、村の中の土地が急に肥えだしたというのだ。
なんと、何もしなくても、様々な作物が植えただけで成長し、実を付けたという。
そして、その作物を狙って動物たちもやってきて、それも簡単に捕獲できたというから、食糧に困ることがなくなったのだとか。
しかも、それらの出来が素晴らしく、作物を売れば結構良い値で売れるというのだ。
村長は話しながらも、笑いを堪えられないようだった。
「だからねぇ。一週間前から、みんな遊んで暮らしてるんですよぉ!」
その言葉に、砕封魔は「なるほど」としか言わなかったが、プルシャや村人たちに対して、少し違和感を覚えていた。
何しろ、ブラウンの屋敷の後ろにあった大木が消えた頃と、この村に現れた時期が似ているのだ。
無関係と考える方が無理がある。
そして、この村だ。
たとえプルシャの恩恵を受けたとはいえ、これほど急に堕落するものだろうか。たかだか一週間で……。
もしかしたら、元々“そういう素質”を持っている人間が集まっているのかもしれない。
現に、よくみると村人たちの目つきや身のこなしは、一般人と異なっている。それに彼らからは殺気に近い気が発せられている。
とても、まともな村とは思えなかった。
――もしかして、お尋ね者か……?




