ジャンク・ボンド 第四章 5
「……」
レッドは、立派な屋敷を前にして呆気に取られていた。
シェリーが「私の家にどうぞ」と言うから、一般的な家屋を想像していたのに……。
『お嬢様、お帰りなさいませ!』
いや、そんな屋敷の前にずらりと並び、シェリーに深々と頭を下げる用人たちの姿に、言葉を失ったという方が正しいか。
呆然としているレッドを後目に、シェリーはそんな用人たちに対し軽く会釈するだけで、屋敷の中に入っていった。
「さぁ。こちらへ」
「は、はい」
レッドも戸惑いながらも、招き入れようとするシェリーに従って中に入っていった。
当然、屋内も立派だった。まずは玄関。
レッドの借りていた長屋よりも広く、見上げれば吹き抜けで首が痛くなるほど、天井が高い。
痛みを覚えた首を前に向き直すと、今度は一体どこまで続くのか、気の知れないほどの長い廊下が一本。視界に入ってきたが、結局視界に収まらない。
「中は広いので、こちらにお乗りになってください」
用人の一人が、レッドに話しかけてきた。そんな用人の言うには、屋敷の中を歩いて移動するには広すぎるので、モジュールで動く四人乗りの小型車に乗れというのだ。
一方レッドはただただ戸惑うばかりだった。
その後、小型車に乗って廊下の中を移動していると、突然両手を広げて行く手を阻もうとする男が現れた。
「!」
急ブレーキに、不意を突かれたレッドが舌を噛んでしまった。
「若頭、危ないですよ!」
運転していた用人が発した。
一方シェリーの方はというと、その男に対して眉間に皺を寄せた。
「客人に怪我があったら、どうするつもりですか!」
若頭と呼ばれた男は、その片目を――左眼は傷跡があり塞がっている――レッドに向けながら毒づいた。
「なんやと? 客人だぁ? おいコラ。何吹き込んだか知らんが、お嬢さん騙したらただじゃおかんぞ。――じゃなきゃ。奥歯に手を突っ込んで耳をガタガタ言わしたるぞ!」
――いや、奥歯と耳が逆だろ! ていうか、言葉遣いおかしいって。
レッドが、無理やり関西弁を使っている男に対し、心中でツッコんだが、今言葉にしたら本当に口に手をツッコまれかねない勢いなので、とりあえず口をつぐみ、視線を逸らすだけで精一杯だった。
「ハ、ハハハ……」
しかし若頭と呼ばれた男は、レッドの反応を確かめることもせずに小型車に乗り込んだ。
「よっこらせ」
「よっこらせって」
「何やと! ワイは、自分がお嬢さんに何かしないかと心配なんや! だから一緒に乗ったる」
「そんなぁ……」
シェリーと自分との間に割って座る若頭に、レッドの顔は今にも泣きそうに歪んでいた。
いや、他にも気になることがあり、そのことがレッドの顔を余計に曇らせていた。
――“若頭”ということは、ここはもしかして……?
確かに、言われてみれば廊下にいる連中は、今にも飛び掛かって来そうなほど、目つきが鋭いく殺気立っている。
――たくぅ。さっきの親衛隊といい、この家といい、この街にはロクな奴がいないのかよ……。
そんなことを考えていると、小型車が止まった。どうやら目的地に着いたようだ。
視界に収まらないほど大きな扉だ。からなり金を費やしたようで、装飾が無駄に豪華で黄金の龍が飛び交っている。
その真ん中で、墨のような色で“任侠”の文字が記されていた。
――やっぱり、あっちの道のお方……?
項垂れるレッドなど気にかけず、その分厚い扉が大きな音を立てながら開いていった。
室内もかなり広かった。
何十枚もの畳が敷き詰められ、四方の壁や天井には、なぜかシェリーの特大ポスターが貼ってあった。
その奥の天井付近には、眩いばかりの黄金色の神棚があり、そこにはシェリーの写真と共に“握手券”が飾られていた。
そんな神棚の下に、立派な囲炉裏型のテーブルがあり、その前で煙管で煙をくゆらせる男が一人いた。
「あっ!」
レッドが見覚えがあり、思わず驚きの声を上げた。
一方その男もレッドの顔を見るなり、驚きの声を上げた。思わず、持っていた煙管を落としてしまった。
そして、互いの顔を指差し合った。
「親衛隊長!?」
「彼氏!?」
なんと部屋にいたのは、さっきレッドを刺そうとした親衛隊長だったのだ。
一方シェリーは、一切表情を変えずに、レッドに紹介した。
「私のパパです」
「はぁ!?」
驚くレッドの首が、突然揺さぶられた。
「彼氏って何や。どこから転生してきたんや! ワイが葬ったる!」
若頭だ。レッドの首を締め始めた。
「く、苦しい……」
酸欠で意識が朦朧とするレッドの耳に、別の声が飛び込んできた。
「やめろ!」
「く、組長……」
直後、若頭の手が緩みレッドを落っことしてしまった。
一方、痛みに顔を歪めたレッドがすかさずツッコんだ。
「痛たたた……。ちょっと待ってよ! 何で、パパで組長なのに、チェリーボーイなんだよ!」
それに対し、組長が血相を変えて慌てて弁解を始めた。
「チェリーは余計だ。――この娘は養女なんだ!」
今度は組長が、レッドの首を締め始めた。
「こ、今度こそ死ぬ……」
「やめてっ!」
シェリーの声で、組長の手が緩み、やっぱりレッドが落下する。
「痛たたた……。こりゃあ。死んだ方が楽かもしれない」
そんなレッドを後目に、シェリーが大袈裟に泣く仕草をする。
「パパ、私の彼氏を殺さないで! コンクリートに詰めたり、簀巻きにして海に沈めないで!」
「物騒なこと言わないの! ていうか、彼氏じゃないって何度言ったら分かるの!」
「何! 貴様、娘をもてあそんで捨てる気だったのか!?」
組長がまた刃物をチラつかせた。
その刃物を目にして、血相を変えて後ずさるしかできないレッド。
「何でそうなる! ていうか、ここの人はみんな話聞かないの? もしかして、使ってる言語違う!?」
そんなレッドのツッコみ虚しく、なおも近づく刃物の切っ先。すでに、レッドの視界一杯に広がっている。
レッドの引き攣る顔を見て、なぜか悦に入る組長。
「どうだ? コンクリートか、簀巻きか、刃物でブスっとか?」
迫りくる組長の不気味な笑顔。やはり組のトップにいるほどの男だけに、身に纏う殺気も半端じゃない。
――本当に殺される!
適当な言い訳して、透きを見つけて何とかここから逃げないと。
「や、やめてください! ――何でもしますから!」
結局、思考を巡らしても言い訳が浮かばなかったレッドは、もう目の前の男に命乞いするしかできなかった。
すると、聞こえてきたのは何かが床に落下にする甲高い音だった。
よく見ると、刃物が床に転がっていた。
組長に視線を戻すと、涙を流しながら、レッドに近づいていく。
「良くぞ言った! それでこそ、儂の跡目を継ぐ男だ!」
「誰も跡を継ぐって言って――」
「実はなぁ。お前に任せたい、大きなヤマがあってなぁ」
組長の笑顔は、相変わらず不気味だったが、レッドはもうツッコむ気力は湧いてこず、ただヘラヘラと笑うしかなかった。
小説家になろうがメンテナンスだったため、投稿が遅れました。申し訳ありません。