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ジャンク・ボンド 第三章 18

 「は……しなさい」


 何とそこには、鋭い牙を突き立てるエルザがいたのだ。


 「これは驚いた。正気を取り戻しただと? ……まさか。さっき吹き飛ばされた衝撃で? 一度崩壊した自我が戻るなど――有り得ん!」


 動揺の隠せないジェット。


 一応、考えられる可能性を言葉にしてみたが、まるで実感が湧いていないようだった。


 だが現に、こうしてふくらはぎを噛んでいる。


 「ま、まぁ良いわい。“役目”は終わったしな」


 まるで自分で言い聞かせるように呟いたあと、今度はエルザを軽々と摘み、自分の顔まで持ち上げた。


 それだけではなく――


 「では、わしの“糧”にでもなってもらおうかのぉ」


 と、何と口から飛び出した触手を使って、エルザを呑み込んでしまった。


 急に、耳が痛くなるほどの静寂が辺りを覆う中、ジェットの呟きだけがやけに大きく聞こえた。


 「腹の足しにもならなかったな」


 直後、ジェットの腹部にエルザの顔が出現した。


 その光景を目の当たりにしたユズハが、レッドに向かって必死に訴えた。


 「気を失ってる場合じゃないでしょ! 何とかしなさいよ!」


 そんな彼女に、別のバグたちがじわじわと迫ってきていた。とりあえず足をバタつかせて、追い払うしかなかった。


 「こっち来ないでよ!」


 それどころか、ジェットの触手も襲い掛かってきた。

 まるで大蛇のように暴れ回り、ユズハの張った糸の幕が瞬く間に破れてしまう。


 直後、人間たちの悲鳴が空気を掻き乱していく。逃げ惑う人。泣き叫ぶ人。硬直して座り込む人。人、人、人……。

 人が無秩序に、そして他人ことなどを無視して、思い思いに行動していった。


 その様を眺めながら悦に入るジェット。だがどこか様子がおかしい。


 「い、痛たたた!」


 唐突に苦しみだしたのだ。腹部を押さえながら、その場にうずくまってしまった。


 痛みのあまり、二人を絡め取っていた触手が緩んでしまった。


 彼の腹を良くみると、何とエルザの牙が伸び、ジェットの上半身を突き刺しているではないか。


 どうやら、エルザの自我が残っていたようだ。


 「へっ。どうやら悪いモン、食っちまったみてぇだな」という刀の言霊が、レッドの意識を現実に引き戻したらしい。


 ゆっくりと立ち上がったのだ。

 ジェットの前後に立つ、レッドと砕封魔――。


 一方ジェットは、少したじろいた素振りを見せながらも、「も、もしかして勝った気でいるのか? 馬鹿にするな!」と、虚勢を張った。


 いや、どうやら虚勢ではないようだ。


 何と、自らの拳を腹部に叩き込んだのだ。


 直後、エルザの断末魔の悲鳴が聞こえた共に、上半身が緑色の体液に染まっていた。


 「……」


 一瞬押し黙ってしまう砕封魔。


 一方レッドはというと、今までにないほど顔を紅潮させている。

 どうやら怒りに震えているようで、体全体が無秩序に揺れ、その眼は血走っていた。


 そんな自分に自覚がないのか、眼前の高らかに笑っているジェットが、とにかく許せなかった。


 ――人の命をもてあそんで!


 ――人の記憶をもてあそんで!


 ――人の人生を……もてあそんで……!


 そして、怒りに任せながら口を開いた。


 「俺に……刀をよこせっ!」


 大声を張り上げるレッドの勢いに押されたのか、砕封魔が珍しく黙って刀を放り投げた。


 受け取った刀を構えるレッドを前にして、ジェットはやはり笑っていた。


 「わしを斬るというのか?」


 その言葉が、レッドを跳び出させるきっかけとなった。


 「う、うわぁぁぁ……!」


 レッドが刀を振り上げながら、無我夢中で突進していったのだ。


 「馬鹿野郎。真正面から突っ込むヤツがいるか!」

 と、彼を制止しようとする砕封魔だったが、どうも様子がいつもと違う。


 「何だぁ!? コイツ、俺の言うことを聞かねぇぞ!?」


 いつもなら操れるレッドの体が、言うことを聞かずに勝手に動いていたのだ。

 さすがに驚かない訳にはいかなかった。


 初めての出来事に混乱する刀を後目に、勢いよくぶつかり合う二人。


 触手と刀が激突し、凄まじい衝撃波が周囲に飛散する。


 その衝撃波によって、大部分のバグが消滅してしまった。


 「ほう。面白い。一体何が、貴様をそこまで変えさせた?」


 ジェットが白い歯を覗かせる。


 「……」


 「まさか、あの餌か? ガハハハ……! どうやら、よっぽど気に入っていたらしいなぁ」


 「五月蝿いっ!」


 刀が大振りに横一線。――触手たちが豪快に吹き飛ばされた。


 その勢いに押され、ジェットの体が大きく揺れた。


 それどころか、いつもならすぐに生えてくる触手が爛れて再生できなかった。

 そんな触手に気づき、ジェットが珍しく舌打ちをした。


 「……小僧。驕るなよ」


 今まで見せたことのない、殺気に満ちた眼光を向けている。


 一方レッドの体力は限界に近かった。


 何しろ、今までただの見届け人をやってきたのだ。

 これほど過酷な戦闘に出会すことなど、いままでなかったはずだ。


 そのおかげで刀を持つ構えも、思考力も纏まりに欠け、刀の切先は乱れに乱れていた。

 しかしそれでも、怒りに満ちた眼光だけはジェットを捉えて離さなかった。


 「ハァ、ハァ、ハァ……」


 荒い自身の呼吸が耳朶に触れた瞬間、レッドが地を蹴っていた。


 一方、向かってくる刃が触手を爛れさせることを知ったジェットは、刀に触れまいと回避しながら、触手でレッド自身を狙っていた。


 刹那、レッドの死角から来る触手を鞘が弾く。

 

 砕封魔だ。


 攻撃の刀と防御の鞘。――まるで二人分の活躍だ。


 「ちっ。しゃらくさい!」


 そんな“二刀流”に対抗し、ジェットが何十本もの触手を一斉に射出した。


 おかげで、いくら二つの意思で動く刀と鞘とはいえ、徐々に対応しきれなくなっていく。もう、両腕の筋肉が悲鳴を上げていた。


 そんなレッドたちを後目に、ジェットが触手を囮にして、とうとうレッドの両腕を直接つかみ上げることに成功してしまった。


 あまりの握力に、レッドが刀や鞘を落としそうになる。


 そんなレッドを嘲笑うジェット。


 「どうした? 刀を離さないと骨を折るぞ」


 しかしレッドは、痛みに耐えながら笑みを浮かべていた。


 「ハハハ……。お、折れても構わない。お前を倒せたら、本望だ」


 「ほう。威勢がいいな」


 ジェットがレッドの腕をさらに絞り上げる。


 「ぐっ。うわぁぁぁ……!」


 あまりの痛みに刀を落としたレッドの笑顔は、一瞬で消え失せ、その代わりに言葉にならない悲鳴が喉から絞り出されてしまった。


 刹那、ジェットの背後にいたテレーゼが手首を使って刀を手に入れ――間髪入れずに、刃を背中に突き立てようとしたが、やっぱり硬すぎて弾き返されてしまった。


 そんな刀の「何で俺は弾かれるんだぁ?」という言葉に、意識を持っていかれていたジェットの握力が一瞬緩んだ。

 おかげで脱出できたレッドは、一旦屈んでから跳び上がり、その勢いを使って鞘でジェットの喉仏を突き飛ばした。


 「!」


 不意を突かれたジェットの首が、暴力的に後ろにのけ反った。


 咳き込みながら首をさするジェット。


 突然の出来事に、前後に敵がいることを忘れたのか、まるで鎧のように覆っていた触手が背中から剥がれ、皮膚が露わになってしまった。


 この機を逃すまいと、砕封魔が今度こそ背中に刃を突き立てた。


 「グッ。ウワァァァ……!」


 予想外の痛みに苦しみもがくあまりに、触手一つ一つがまるで意思を持ったが如く暴れだした。


 幾匹もの大蛇のような触手の暴れ回る様を様を前にしながら、砕封魔がユズハに指示を飛ばした。


 「糸を出せ!」


 ユズハが慌てて全ての糸を飛ばし、ジェットの手足を封じた。

 それを確認するまでもなく、テレーゼが刀を投げた。


 受け取るレッド。


 「うおぉぉぉ……!」


 レッドが残りの力を振り絞るように跳び上がった。


 それを見上げるジェットの顔は、絶望に染め上げられていた。

 目を見開き、顔は青ざめ、大きく開けた口からは悲鳴に近い言葉が発せられていた。


 「や、やめろぉぉぉ……!」


 レッドの体が、重力に引っ張られ落下速度を増し――刃がジェットの脳天から下腹部まで真っ二つに斬り裂いてしまった。


 着地したレッドが目にしたのは、体が左右に分かれて地面に倒れるジェットの姿だった。


 *


 直後、ジェットの死体が眩い光に包まれ、時間が経つと、今までに見たこともないような程大きなモジュールが出現した。


 状況を理解できず、しばらく呆然と傍観していた人間たちが、助かったことを実感した途端に飛び出した歓声が、波打つように大きくなっていった。


 「ふぅ……」


 一方、今までの極限の緊張の糸が切れたレッドは、無様にその場に座り込んでしまった。


 そんなレッドに駆け寄るユズハ。


 「良かった! でも、もうちょっと早く倒して欲しかったわね」


 「……鬼」


 他方、砕封魔はというと、「だらしねぇな。倒せたから良かったが、奇跡だったぞ。――まぁ。神は信じねぇがな」と、ユズハの隣に立っていた。


 「ほっとけ」


 「……それよりも、おめぇはどうやら普通の人間と違うらしいな」


 珍しく口調が硬くなる砕封魔に対し、レッドの顔が瞬く間に硬直した。


 「やめてくれ。俺は“大陸一不幸な男”で充分だ」


 「もしかして、孤児院で何かされたか?」


 その言葉に、レッドが突然大きな声を上げる。


 「――やめてくれ!」


 その声は、周囲の歓声を止める程の力を持っていた。


 そして、何も言い出せなくなったユズハや砕封魔を後目に建物の外へ出てしまった。


 その後、彼を追う者は誰もいなかった……。

これで、第三章が終わります。

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