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ジャンク・ボンド 第三章 16

 テレーゼの刃が、ジェットの顔面に向けて水平に打ち込まれ――なかった。


 「!」


 甲高い音が響いた。


 ジェットが歯で刃を受け止めたのだ。


 「ニッシッシッシ……」と、笑い声を押し殺しながら、テレーゼの下顎に強烈な掌底を叩き込んだ。


 彼女の首が仰け反った。

 頭が吹き飛ばされるような錯覚の下、視界がブラックアウトする。


 そんな彼女の、がら空きになった胴体に回し蹴りが飛び込んだ。


 浮いていた彼女の体に、凄まじい回転が加わり、錐揉みしながら頭上へと吹き飛ばされた。

 その先は天井。――もはや、激突は約束されたようなものだった。

 「……」


 しかしジェットは、空を舞うテレーゼから視線を外さず、腰を落として構えていた。

 まるで、相手の攻撃に即座に反応できるように――。


 案の定、テレーゼの回転が緩まった。


 それだけでなく、横回転の最中にも関わらず、天井に両足を付くことで、縦回転へと変換――前方宙返りを繰り返しながら、眼下で構えるジェットに向かって落下していった。


 接近すると、敵の脳天に踵落としを食らわした。鈍い音が響いた。


 ジェットの首が縮んだ気がした。


 「……」


 しかしジェットは全く動じない。それどころか、テレーゼの足を掴んで、地面に投げつけた。


 地面が大きく陥没した。


 その勢いのままに、刀が空中に放り出されてしまった。


 「……」


 と、認識する間もなく、テレーゼが右手を僅かに動かした。


 宙に舞っていた刀が引き戻されていく。――その軌跡の途中で、切先がジェットの脳天めがけて飛んでいくが、その頭部が軽く右に逸らされ、回避されてしまった。


 直後、テレーゼが刀を掴んだ。


 間髪入れずに、刀が水平を滑りジェットの足を払おうとするが、その攻撃に気づいていたジェットは、触手を天井に突き刺し、体を引き上げてかわした。


 天井にぶら下がるジェットが、こちらを見下しながら快活に笑っていた。


 「くたばり損ないが。ガハハハ……!」


 一方テレーゼは素早く跳び起き、ジェットを無表情で見上げていた。


 そんな彼女めがけて、複数のバグが襲いかかってきた。


 一匹は何本もの牙や角を使い、突進しながら突き刺しにきたり、もう一匹は全身の赤色の鱗を一斉に射出してきたのだ。


 それだけでなく、その攻撃の透き間から、もう一匹の鞭のような触手も飛んできていた。


 「……」


 四方八方からくる攻撃に気づきながらも、テレーゼは体どころか目線も動かさない。――いや、ある一点を見ていた。


 なんと、凶暴化したバグの群れの中に、白いワンピースを着たバグが一匹――。


 「まさか。エルザ……?」


 近くにいたレッドが、無言のテレーゼの代わりに驚いていた。


 瞬間、テレーゼの右手が目にも留まらぬ早さで動き出した。


 レッドの目には、まるで彼女の手が消えたように見え、代わりに火花だけが盛大に飛散していた。


 実は、刃が牙や角、それに無数の鱗を弾き、火花を明滅させていたのだ。


 そんな彼女の両目を、鋭くなった触手の槍が突き刺しに掛かる。


 それに反応したテレーゼが上体を反らし、顔面スレスレを通過する触手を蹴り飛ばした。触手の束が空中に拡散した。


 その透きに、上体を起こした彼女の体が、素早く時計回りに回転する。

 全身に向かってくる攻撃すべてに、刀を滑り込ませながら――だ。


 回転が急に止んだかと思うと、周囲に群がっていたバグが一斉に倒れ、すでに事切れていた。こ

 の間、僅か数秒の出来事だった。


 もちろん頭上を舞っていた触手を忘れていた訳ではない。


 急降下する触手たちを、まるでダンスを踊るように優雅にステップを踏んで、回避する。


 直後、地面に突き刺さる触手を、切り刻んでいく。


 「――!」


 激痛に苦しむバグに向かって跳んでいき――胴体を真っ二つ。

 時間差で上半身が崩れ落ち、血が噴き出した。


 そんな血を全身に浴びたエルザの右前腕に、噛みついたバグが一匹――。

 白いワンピースを着ている。

 もちろん、エルザの……成れの果てだ。


 一方テレーゼはエルザを振り払おうとはせず、黙って動かなかった。


 「よう。嬢ちゃん。変わったなぁ」


 代わりに砕封魔が陽気にあいさつしてみせた。


 「……」


 それに対しエルザは、テレーゼの腕を噛み切ろうと必死だった。


 「どうした? 全然痛くねぇぞ」


 鼻で笑う砕封魔の背後で、今にも泣き出しそうな面のレッドが、必死に聞いてきた。


 「彼女を助ける方法は!?」


 「ねぇな」


 一方砕封魔の言霊には、一切迷いがなかった。


 他方、レッドは大袈裟に落胆の色を隠せなかった。


 「そ、そんなぁ……」


 「へっ。今更、これだけの屍を積み重ねておいて。なに言ってやがる」


 「……」


 砕封魔の突き放したような言葉を浴び、少し冷静さを取り戻したレッドは、ゆっくりと周囲を見回した。


 あまりの自分の身勝手さに、息を呑むのさえ忘れ、事切れているバグの屍たちから目を離せないでいた。


 ――今更か。確かにそうだな……。


 もう、この空間で一体いくつのバグ――いや、人間を死に追いやったのだろうか。


 それなのに自分は、単に知り合いというだけで、たった一人の少女だけを救おうとしている。


 思考と感情がうまく纏まらず、行き場を失い、レッドの目から涙が零れ落ちていた。


 ――けど、だけど……。


 一方口元は、歯を食いしばっていた。


 ――それなのに。


 両手は硬く握られていた。


 ――だから。


 いや、だからこそ――。


 「……身勝手で何が悪い」


 レッドの言霊は静かな呟きにしては、力強く、重く、それでいて周囲の者に確実に届いていた。


 それだけなく、彼の足音も響いている。


 そして、いまだにテレーゼの腕に噛みついているエルザを、引き剥がそうとした。


 そんな彼の姿を目にしながら、刀が発した。

 珍しく、言葉の裏に感情の揺らぎを感じた気がした。


 「おめぇは身勝手なんかじゃねぇ。ただの馬鹿野郎だ。言ったろ。助ける方法はねぇって――」


 「いや、ある。絶対にあるっ!」


 一方そんな二人のやりとりを、頭上から傍観していたジェットが、突然豪快に笑い出した。


 「そろそろ茶番は終わったか? ガハハハ……!」


 直後触手を天井から引き抜き、テレーゼたちめがけて凄まじい速度で落下していった。


 同時に、槍と化したいくつもの触手の雨が、激しく降り注ぐ。


 雨の気配をいち早く察知した砕封魔が、レッドとエルザを突き飛ばしながら、飛び退き回避行動に移った。


 刹那、刀を左手で逆手に持ち替えたかと思うと、左側から迫りくる数本の触手を切り裂いた。


 その透きを突くように、テレーゼの眼前に着地したジェットは、さらに体を沈ませた。――と思うのも束の間、相手の両膝を自身の両手で刈り、肩で押しながら、重心を前にし、とうとうテレーゼを倒してしまった。


 いわゆる諸手狩りだ。

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