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ジャンク・ボンド 第三章 14

 一方その頃ユズハは、切れかかっている意識の灯火と、必死に戦っていた。


 首の骨が折れまいと軋みながら、酸素を欲しがっている。

 手足の先から押し寄せる痺れによって、全身の血流が駆逐されていく。


 そして、体が発する警報が視界まで到達し、暈していく。――そんな視界一杯に広がったのは、ジェットの悪魔のような笑顔だった。


 「っ……!」


 ユズハが目を見開くものの、その喉からは言葉が漏れることはなかった。


 もう、もがき苦しむ気力も体力もなかった。


 そんな彼女の姿を目にして、ジェットは豪快に笑い飛ばしていた。


 「ガハハハ……!」


 そして、首を大袈裟に回して、周囲の人間達を見渡した。


 「ん? どうしたんだ。コイツを助けたいヤツが一人でもおらんのか? 情けない話だのぉ」


 その頃すでに、ユズハの顔からは血の気が失せていた。あまりの苦しさに、目玉が飛び出しそうだ。


 そんなエルザの首を掴み上げながら、ジェットが、周囲を歩き回る。


 「ほら、どうしたんだ? みんな自分が可愛いか? そうだろうな。それが人間だ!」


 そう言って、ジェットが再び笑い飛ばそうとした時だった。


 右ふくらはぎに鋭い痛みが走ったのだ。


 一体何事かと視線を落とすと、そこには、一人の少女がか弱い両手で必死にしがみ付きながら、懸命に噛み付く姿があった。


 「は、離し……さい!」


 エルザだ。


 そんな彼女を見るなり、一瞬驚いたジェットの顔に、すぐに笑顔が宿った。


 「びっくりしたわい。蚊でも飛んできたのかと思ったぞ」


 そして、ジェットの足が僅かに動かされると、エルザの小さな体が軽々と飛ばされてしまった。


 地面に投げ出された彼女に対し、ジェットが頭を掻きながら呟いた。


 「少し飛ばしてしまったかいのぉ? ――大事な人質なのに」


 その時だった。

 ジェットの意識が、ユズハから一瞬逸れたのだ。


 ユズハがジェットの指達を掴み、力尽くで開こうとしたが、彼の尋常ならざる握力はそれを拒み続けた。


 異変に気付いたジェットが、本能的にもう片方の手で、暴れるユズハを捕まえようとしたが、なかなか捕まらない。


 首を掴まれているにもかかわらず、意外と素早く、その手から逃れてしまう。


 何度かそんなやり取りをすると、ジェットの怒りがすぐに爆発した。


 「いちいち動くな!」


 今度は、首を掴んだ右手ごと動かし、ユズハの体を振り回した。


 しかしユズハも負けてはいない。


 必死に腕に体を絡ませ、投げ出されまいとする。

 まるで、枝にぶら下がる動物のような格好だ。


 ついでに足を、死にもの狂いで足をバタつかせた。


 そんな無秩序な足の攻撃を躱そうと、ジェットがもどかしそうに頭部を左右に揺らしている。

 視界が振れる中、エルザが意識を取り戻したのに気付いた。こちらを睨んでいる。


 ――またか!


 起き上がろうとするエルザ。


 しかし足に力が入らず、なんとか這ってジェットに近づこうとする彼女の姿に舌打ちをした。


 同時にジェットの気がさらに削がれてしまった。


 その瞬間、ユズハの爪先が、運良くジェットの喉仏にぶつかった。


 「グフッ!」


 唐突な息苦しさに、ジェットの掌が緩んだ。


 おかげで、ユズハが地面に転がった。


 体の痛みにも構わず、ジェットから逃げようと、必死に四肢を動かした。


 一方、ジェットは自身の首を擦りながら、顔を真っ赤に変貌させていく。

 血管も浮き出させて、さらに雄叫びのように声を張り上げた。


 「ウォォォ……!」


 雄叫びが室内に波及していくと、その場にいた人々が波打つように体を硬直させる。

 中には泣き出す者や、出口もないのに逃げ出そうとする者もいた。


 一方ユズハは、その雄叫びを背に浴びると、慌てて振り返った。


 「い、一体何なのよ! もしかして怒ってる?」などと軽口を叩いてみるも、顔は引き攣っていた。


 しかしその彼女の顔は、時間をおく毎に、青褪めていった。


 視界の先に、異様な光景が広がっていたのだ。


 突然ジェットの服が破れたと同時に、逞しい上体が露わになった。

 筋肉の瘤だけでなく、血管も含めてまるで生物のように蠢いている。


 しかしユズハが驚いたのは、そんなことではない。


 ジェットの背中から、無数の触手が周囲に飛び出してきたのだ。

 しかもその触手達は、まるで意思を持っているかのように、室内にいる人々を次々に襲い掛かった。


 体に突き刺さった人間達が、立て続けに苦しみ、呻き、ときには悲鳴を上げていく。


 さらに時間が経つにつれて、何故かその悲鳴がまるで動物の咆哮へと変貌していった。

 それだけではなく、体が小刻みに震えだした。――まるで、“拒絶反応”のようだ。


 一体、何に対しての反応なのだろうか。


 「グググゥゥゥ……!」


 「ブルブルブルブル!」


 「ガルルルッ!」


 ある女性は、口から泡を吹きながら、首を無秩序に振っていた。


 またある男性は、自身の体を擦りながら、床を這いずり回っていた。


 別の女性は、四つん這いになって、獣のように唸り声を喉の奥で鳴らしていた。


 さっきまで、災難に耐えようと互いに助け合っていたはずなのに――。


 それが今や、突進したり、爪や牙で引き裂いたりと、まるで体から溢れる闘争心を抑えることができず、我先にと他人を傷つけていく。


 そんな大勢の人間の異変に、ジェットが白い歯を覗かせた。

 乾いた笑い声が、その人達に無慈悲に飛んでいった。


 「ガハハハ……! さあ。これで、お前達には素晴らしい力が手に入ったぞ!」


 この言葉が合図になったようだった。


 それぞれの“拒絶反応”が終わり、――すべてを受け入れたかのように、苦しむ姿が一斉に止んだ。


 その姿も、いつの間にか様変わりしていた。――もはや、人間の“それ”とは違う生物に成り果てていたのだ。


 ある者は全身針のような毛で覆われ、ある者は背中に赤い翼が生え、ある者の眼は四つに別れていた。――まるで地獄絵図のようだった。


 「……」


 ユズハは、あまりの出来事に、息を呑むのさえ忘れていた。

 しばらく経って、自分の目が、恐ろしいものを捉えているのだと認識すると、初めて瞼を思いっきり瞑った。

 しかし、瞼の裏には、さっきまでの光景が焼き付いて離れることはなかった。


 ――一体、何なのよ! 何で、こんなことに……。


 自分の体が恐怖と嫌悪で震えているのが分かった。


 心を落ち着かせようとするが、頭蓋骨にまで響く鼓動が、それを拒み続けた。

 おかげで思考も感情もバラバラだ。


 ――このままじゃ、私殺される!


 ――でもみんな、元は人間だし、大丈夫。……本当に?


 ――化物が、化物が……。


 ――そういえば、エルザは?


 ――でも、化物が……。怖くて、それどころじゃ……。


 「化物……?」


 ユズハが脳裏に浮かんだ言葉を口にすると、瞼を開けた。目がみるみる大きくなっていく。

 何かに気付いたのだ。


 ――まるでバグじゃないの。


 「“バグの素”って、もしかして……」


 周囲の咆哮という喧騒の中、彼女の呟きが聞こえたのか、ジェットがこちらに笑顔を向けながら、近づいてきた。


 「バグの素なんてものは、元々ありはせんわい。――ただ、こうやって“我々”が“種付け”してるだけじゃい。ガハハハ……!」

 

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