ジャンク・ボンド 第三章 12
一方その頃レッドは、三方から迫る敵に怯えていた。
テレーゼの背中に隠れて、ぎこちなく口元を吊り上げる。
「ち、ちょっと。皆さん、話し合いましょうよ。ハハハ……」
しかし、三人の敵は、一向に歩みを止めることはなかった。
それぞれの得物を手にして、構えながら近づいて来ていた。
一人目は戦槌。
二人目は鎖鎌。
そして、三人目は何も持っていないことから、素手で闘うのだろう。
それぞれが距離を縮めて来る。
「こ、これ以上近づくなよ。この女性は、すごく強いんだぞ?」
レッドが、テレーゼの背後から、何かを喚いている。
とうとう、敵が得物の得意な距離まで近づいた。――最初は、三人目の連続的な拳打だった。
左右の腕より、まるで捻じ込むにして、素早く何発も繰り出された。
「……」
テレーゼはその拳を、視界にも入れずに、上体を左右に揺らしながら回避する。――そんな彼女の振れ幅が大きくなるにつれて、拳の動きも大振りなっていく。
敵が、右足を軸にして、彼女の腰目がけて左足を叩き込んだ。
「……」
テレーゼの体が、左によろめいた。
その透きをついて、敵が、右拳を相手の左脇腹に食い込ませ――られなかった。
彼女の動きが若干速かったのだ。既に拳の外側に逃げていた。
そして反応に遅れた敵の顔右半分に、鋭い肘鉄を喰らわせる。
「!」
思わず敵が、顔を歪めた。首が左に捩じれた。
テレーゼが、間髪入れずに、敵の右前腕を掴み上げた。同時に、肩を敵の脇に潜り込ませる。
結果、敵の右半身と踵が浮き、力が入らなくなってしまった。
そのまま彼女の体が、敵の懐に消えた。
気付いたら、敵の体が宙を舞っていた。
見事な一本背負いだ。
直後、敵が仰向けに倒れていた。
すかさず、敵の顔面に拳を叩き込む。
同時に鈍い音も聞こえた。骨が折れたのだろう。
「――!」
敵が、たまらず顔を押さえながら、悶え苦しんだ。
一方レッドは、持ち前の素早さで、ベッド下に潜り込んでいた。
挙句の果てに、テレーゼの活躍を目にして、拍手をする始末。
「よっ! さすが!」
そんな彼に、疑問が過った。
――刀を持っていないのに、何故動けるんだ?
しかし、その疑問は、瞬時に解消された。
「……」
テレーゼが、敵の透きをついて、右手首を僅かに動かした。
まるで、何かを引っ張っているようだ。
良く見ると手には、糸が握られていた。その先には――“アイツ”が繋がれていた。
砕封魔だ。鉄格子の隙間を抜けて、宙を飛び、テレーゼの右手に収まった。
その光景を、ベッド下から覗くと、レッドが叫んだ。
「そんなの、ありかよ!?」
一方砕封魔は、「何でもありだよ」と、答えながら、残りの敵に対し、刀を振り回していた。
「……」
他方敵は、叫んでいたレッドのいるベッド下を覗き込んだ。
レッドが、敵とにらめっこすると、「ハ、ハハハ……」と、笑うしかなかった。
いや、それどころか、視線を敵から逸らさずに、ベッドの後ろから這い出ようとする。
しかし、何故か足が動かない。
仕方がないので、手で必死に床を掻いて、体を後ろへ押し込もうとする。
それでもやっぱり、動かない。
「……?」
不審に思ったレッドが、足元に視線を転じた。
すると、状況が飲み込めた。
もう一人の敵が、足を掴んでいたのだ。
「あれ……?」
そしてベッドから引きずり出されてしまった。
「お、お邪魔しました!」
全身が露になったレッドが、とりあえず謝ってみる。
しかし、敵の動きは止まってくれなかった。
戦槌が、レッドの顔面に打ち込まれたのだ。
「!」
レッドが思わず目を瞑る。
しかし、自分は死んではいない。――テレーゼが、刀で弾いてくれたのだ。
火花と共に、甲高い音が響いた。
「た、助かったぁ」と安堵するレッドの視界のなかで、砕封魔の刀身に鎖が巻き付いた。
敵の鎖鎌だ。
刀が引っ張られ、敵の方へとよろめくテレーゼ。――その透きに、もう一人の敵が足払いをかけようと、姿勢を低くする。
「危ない!」
屈んだ敵に気付いたレッドが、飛び掛かった。とりあえず、ジタバタともがいてみる。
少しは、敵の足止めに役立ったようだ。
「……」
その間に、テレーゼが鎖を左腕で巻き上げ、敵との間合いを詰めていた。――そう。右拳が、相手の胸に叩き込まれるほどに。
「!」
敵の体が、“くの字”に曲がる。
テレーゼが、最小限の動きで鎖を断ち切った。
引っ張られた鎖が切れたことで、敵が後ろへと流れる体を戻そうと、鎌でテレーゼの右前腕に引っ掛ける。
テレーゼの腕からは血が出なかった。
「――」
後ろへ飛ばされまいと頭を前のめりにする敵。
それに対し、テレーゼが右腕を下すことで、鎌を外し、敵がバランスを崩した。
敵の体が前後によろけてしまった。
「……」
その透きに、テレーゼが敵の右側を抜けていく。
すれ違いざまに、鎖を首に引っ掛け、背後に回った。そしてそのまま首を締め上げる。
地蔵背負いの要領だ。
「うっ……!」
敵が鎖を外そうと、必死にもがくも、結局解くことができず、気絶してしまった。
その頃レッドは、戦槌の敵から蹴り飛ばされていた。
直後、レッドがベッドに激突する。
背中の激痛に、せき込むと同時に顔が歪む。
そんな歪んだ視界に飛び込んできたのは、戦槌を振り回す敵の姿だった。
「!」
レッドが慌てて、右側に身を翻した。――寸でのところで、戦槌を回避する。
直後、ベッドが戦槌の餌食になった。
たちまち粉々になってしまった。
ベッドの破片が飛び散るなか、戦槌が横薙ぎに飛んできた。
それに気付きながらも、レッドの体の反応速度が追いつかなかった。
ハンマーが、目の前に迫っていた。
――潰される!
しかしハンマーの軌道が、何故かレッドの手前で失速し――床に落下する。
鈍い音が響いた。
良く見ると、敵の右足に鎖が絡まり、倒れそうになっていたのだ。
原因はただ一つ。
テレーゼだ。
敵が、すぐさまハンマーの柄と左足で、体を支える。
そのまま左足に体重を乗せ、軸にして、軽く跳躍――体勢を整えた。
そして、素早く右から迫っていたテレーゼの顔面に、回し蹴りを見舞った。
鎖が彼女の目に当たり、視界を潰す。
不意を突かれ、無防備のなか、回し蹴りが飛んできたのだ。
さすがのテレーゼも、威力を軽減できず、きりもみしながら、床に激突するしかなかった。
「……」
敵がすぐさまレッドに視線を向ける。
一方レッドは、「お、おかしいなぁ。彼女って、結構強かったんだけど……?」と、尻餅を搗きながら、ベッドの破片の上を後退っていく。
そんな彼の頭めがけて、ハンマーが飛んで来た。
――万事休すか!?
そこへ、あの声が飛んで来た――。
「下だ!」
刀の声に、レッドの首が下に弾かれた。
床が視界一杯に広がった。
気付けば、ハンマーが後ろ髪を掠っていた。
だがこれで、攻撃が終わった訳ではない。
「右だ!」
今度は、レッドが横に転がった。
床を潰す音を左耳が捉えた。
「左だ!」
反対方向へ体を回す。
また、破壊音が響いた。
「上だ!」
レッドが、慌ててジャンプした。
爪先のギリギリ下を、ハンマーが滑空する。
「ハァハァ……。そんなに、立て続けに言われたって、動けないって!」
レッドが、肩を忙しなく上下させながら、必死に救いを求めた。
しかし砕封魔は、次の指示を出すだけ。
「はい。そこで、棒切れを取る!」
「はい! ……あれ?」
レッドが、反射的に棒状の破片を手に取ってしまった。自分の手を不思議そうに眺めていた。
そんなレッドに、敵がさらに肉薄して来る。
「今度は下から突き上げる!」
レッドが「はい!」と返事しながら、破片の先で、敵の顎先を引っ掛ける。
「!」
思わず敵がのけ反った。
「振り回して顔に当てる!」
「はい!」
振り回した破片が、敵の横面を叩いた。
「そこで、しゃがむ!」
しゃがむレッドを確認すると、すぐさま刀が、「跳び上がれ!」と指示を飛ばした。
「はい!」
声と同時に、レッドの体がバネのように跳躍した。
直後、持っていた破片の先が、敵の股間に直撃してしまった。
「うぉ!?」
敵が股間を押さえて、言葉にならない声を上げながら、床の上で悶絶していた。
「はい。一丁上がり!」