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ジャンク・ボンド 第三章 9

 エルザの祖父であり、シェルター家の初代であるハザード一世は、若かりし頃、貧しい自分の境遇から脱出するため、大陸中を旅していた。


 とにかく富が欲しかった。その為には、財宝の噂があれば、すぐに飛んで行った。

 しかし、その噂のほとんどはデマに過ぎなかった。


 そんなある日、砂漠を渡っている最中に、脱水と重度の熱中症で、意識を失い倒れてしまった。

 何度も危険な目に遭ってきたが、今度こそ駄目だと思っていたそうだ。


 そんな時に、見つけてしまったそうだ。


 「何を見つけたの?」と、ユズハが会話に割り込んだ。すでに、干し肉を口に放り込み、スープも飲み干していた。


 ブラウンが続けた。


 「それは、大きな木でした」


 「砂漠に、木が生えていた?」


 レッドが、ブラウンの話に怪しさを覚え、白い目を向け始めた。


 ――まるで昔話じゃないか。まぁ。確かに昔の話だけど。


 しかし、そんなレッドの反応など気にせず、ブラウンは表情を崩さずに話を続けた。


 「まるで天にも届くような大きさだったそうです。その相当な大きさ故、さまざまな動物が、暑さから逃れるために、木の下に集まり、仲良く涼んでいたのです」


 「オアシス、か。――そして、砂漠で最大の財宝は?」という砕封魔に対し、レッドが“やれやれ”と首を降り出した。


 「水に決まっているだろ」自慢げに答えた。


 ブラウンの表情が、少し明るくなった。


 「左様です。水があったのです。実は木の根――その、さらに地下に巨大な水脈があったのです」


 「それで、莫大な財を築いたってか?」


 砕封魔の言葉に、ブラウンは頷いた。


 その後、ハザード一世は、仲良く集まっていた動物達を――次々に“処分”していった……。


 それは何日も何日も続いた。


 “貧乏からの脱出”という、悲願のために、ただひたすら動物を排除していった。

 たとえ、自分の身が血に染まろうと、関係のないことだった。


 10日だろうか。いや、一ヶ月かもしれない。

 人間の執念とは恐ろしい。水と、殺した動物で生き延びた。


 ハザードの容貌もかなり変わっていた。髪や髭がボサボサなのは、もちろんのこと、服もボロボロ。――それよりも、目つきだ。まるで、野獣だ。いや、死神だ。


 四六時中、木に――地下水に近付けさせまいと、二つの血走った眼球は、常に動き、さまよっていた。

 しばらくすると、砂漠の真ん中で、荒ぶる呼気しか聞こえなくなっていた。


 それもそのはず。その頃にはもう、彼の周囲には、生物は生き絶えていたのだ。


 ハザードは、歓喜の声を上げていた。いや、雄叫びに近かった。


 その後、木の周りに大きな柵を作った。

 材料がなかったから、その大木の枝を切って作ったそうだ。おかげで、大木は、傷だらけになったそうだ。


 次に、木の根元に井戸を掘り、水路を造った。


 その水路の周りに、移住者を住まわせ、家々を建てさせた。

 その規模は、日増しに大きくなっていき、暮らしも豊かになっていった。


 おかげで、水は生活排水によって、汚れ始めた。

 街中が汚水の臭いや、それに伴い病原菌を持つ鼠などで、溢れてしまった。


 今や、便利さに溺れた人間達は、自分で解決せず、ハザードに怒りをぶつけた。――何とかしろ、と。


 困り果てたハザードは、地下に下水道を造った。

 これで問題が解決したと思った。


 しかし、一度考えてみれば分かること。何も解決していないのだ。


 砕封魔が、深く溜息を吐いた。


 「……ホントに、人間って愚かだよね。砂漠の水使っておいて、汚水を砂漠に流すって。自分で自分の首絞めてるだろ」


 「その通りでございます」


 ブラウンが、残念そうに肩を落とした。


 しばらくすると、街の住人達は、次々に病気に苦しめられていった。

 生まれてくる子供も、身体異常や精神異常が増えていった。


 そんなある夜のことだった。月の出ていない、本当に暗闇が支配していた。


 大きな地震があった。

 慌てた皆は、とにかく逃げまどった。街から出られず、死んでいった者も多くいた。


 わずかに生き残った住人達は、日が昇るのを、互いの体で温め合いながら、待つしかなった。

 たとえ、朝日がどんな惨状を照らそうとも……。


 そして、陽の光が夜の帳を剥いでいった。


 そこには、繁栄を築いたはずの街並みが、自然災害によって、簡単に壊されていた。

 まるで、必死に子供が作った玩具を、大人が一蹴りで壊したようだった。


 しかし、住人達が驚いたのは、そんなことではなかった。


 大木が――なくなったのだ。


 まるで、街を見守るように聳えていたはずの木が、忽然と消えたのだ。生えていたところには、大きな穴が開いているだけだった……。


 ブラウンが、ここまで話して、悲しみか悔しさか、はたまた怒りか――さまざまな感情を織り交ぜながら、肩を震わせながら、窓辺に近づき、街を見下ろした。


 「そして、その日から、地下水は一滴も湧いてきませんでした。数日前の出来事でございます」


 ブラウンの話に、皆一様に言葉を詰まらせ、視線を沈ませるしかなかった。


 一方砕封魔だけが、口を開いた。


 「木が、人間を見放した……か」


 「ハハハ……。そんな馬鹿な」


 レッドが苦笑いする。


 「幸か不幸か、俺達は地下水じゃなく下水道だから、この街に辿り着けたって訳か……。でも待てよ。嬢ちゃん。自分の街に地下水がなくなったことを知ってたはずなのに、俺が地下水脈を辿って行こうって言ったとき、何で助言してくれなかったんだ?」


 刀の質問に、エルザが言葉を詰まらせる。視線が泳いでいた。


 「それは……」


 そんな彼女に対し、ブラウンが、すかさず反論する。


 「――それは、お嬢様が発たれた後の出来事だったからです」


 「ふーん。そうか」


 何故か砕封魔は、言葉を濁しながらも、会話をこれ以上続けようとはしなかった。


 しかしエルザは、砕封魔の含みのある言霊に、何かを察知したのか、室内を飛び出してしまった。


 扉が勢いよく閉まった。

 彼女の不思議な行動に、レッドやユズハは、結局黙って互いの顔を見合わせるしかなかった。


 重苦しい沈黙が、時を止め、それぞれの呼吸すら止めてしまった。

 そんな室内を、傾き出した陽の光が、赤く染め上げていった。


 *


 「……」


 エルザの呼吸は何故か乱れていた。

 視線も定まっていない。

 視界のすべてが、歪んで見え、まるで足元が自分を呑み込もうと暗闇が広がっているようだった。


 エルザが慌てて首を横に振り、意識を現実に引き戻そうとした。

 すると、暗闇だった足元が、赤い絨毯へと変貌していく。

 その赤さが、何故か血に見えた。


 「!」


 エルザが、血相を変えた。


 そんな彼女の脳裏に、砕封魔の言葉が過った。


 ――何で、答えられなかったのかしら……。


 実際、ブラウンが言っていたことを、自分は知らなかった。


 自分の祖父が、地下水を見つけた? ハザード一世? ――聞いたことがない……。


 でも何故か、ブラウンのことは知っている。


 自分の頭を疑うしかなった。


 ここまで来ると、“バグの素”の存在すら危うい。


 いや――それどころか、“兄さん”すらも。


 第一、あの兄さんそっくりなバグも、兄さんとどう違うのか、はっきりとは分からなかった。


 ――あれ? 兄さんの顔って、どうだったかしら?


 おかしい。


 兄さんの顔を思い出そうとすると、何故か記憶がぼやけている。

 それどころか、頭の奥が激しく痛みに襲われる。


 「どうしたら良いの? 兄さん……」


 エルザは無意識に呟きながら、不確かな足取りで、血のように赤い絨毯の上を歩いていった。

 

 *


 エルザの足音が、扉の外から遠ざかっていく。


 直後、ブラウンも退室していた。


 それを確認すると、レッドがようやく口を開いた。


 「何か、気になることでもあったのか?」


 砕封魔に質問したのだ。


 「まあね。たとえば、ブラウンが話していた木のことだ。消えたのが数日前だと言っていたが、それなら何で、さっき大きさについて、天にも届く大きさ“だそうです”なんて、聞いたように話したんだ? 

 それに、あの嬢ちゃんの話にも妙なところがある。こんな立派な屋敷があるのに、最初は“あばら屋”って言ったんだぜ?

 俺はあの時、少しおかしいと思ったが没落した可能性もあると考えていたんだが、ここに来ると、その信憑性も薄れてくる。

 それでも、嬢ちゃんが嘘を吐いているようには、みえねぇんだよ。どうも、釈然としないんだよなぁ……」


 「お前にも分からないことがあるとはな。――らしくないな」


 「たかだか一振りの刀に、何言ってやがる」


 「いや、お前は充分人間らしいよ」


 そう言って、レッドは一旦口元を綻ばせたが、何かを思い出したのか、神妙な面持ちに変えて話題を変えた。


 「……そういえば、“バグの素”って一体何のことなんだ? バグって元々、そういう生物だと思っていたんだが」


 レッドの視線は、砕封魔に向けられず、まるで自身の感情と同様に揺れ動いていた。


 何故なら、目の前の“化物”に、自身の“存在意義”を問い掛けているようなものだったからだ。


 お前達は、望まれずに生まれてきた――と。


 しかし砕封魔は、そんなレッドの余所余所しい態度など、意に介さず、鼻を鳴らすだけだった。


 「ふん。俺が生きているように見えるか?」


 言霊が冗談のように浮ついていたが、レッドの耳には、刀が自嘲しているようにしか聞こえなかった。


 おかげで、レッドの視線と声のトーンが、さらに下降していく。


 「そう……だよ、な」


 ――自分で話題を振っておいて……。


 不甲斐ない態度のレッドに対し、砕封魔は溜息を吐くしかなかった。


 「まあ、良いや。確かにバグの素はある。――というか、“誰でもなる”と言った方が正しいかも、な」


 「“誰でも”って、誰だよ」


 「――人間、だよ」


 「に、人間!?」


 レッドの驚きの声が、室内に響いてしまった。


 それに対し砕封魔は、努めて平静を保って発した。


 「そう。バグは――人間の“成れの果て”なんだよ」


 「成れの果てって……」


 言葉を詰まらせてしまうレッド。


 「俺のことを見ても、否定できるか?」


 「それは……」


 「別に、同情してもらおうなんて思ってねぇよ」


 「……じゃあ。お前は、元々人間だったのか? ――それが、どうして……」


 レッドが、慎重に言葉を選びながら、話している。


 その一方で、砕封魔の言霊は感情の起伏を見せず、乾いていた。


 「簡単な話だ。バグに襲われたんだよ」


 「そんな馬鹿な。普通襲われたら死ぬだろ!」


 「それが死なせてくれねぇんだよ。特に“負”の感情で満たされているヤツはな」


 「負の感情?」


 「不安、恐怖、妬みや恨み、怒り、悲しみ……。そんな、くだらねぇ感情のことだ。これは人間特有のもので、他の生き物にはねぇ。――それが、“あるもの”に反応して、バグ化する」


 「あるものって」


 「それは――」


 砕封魔は、彼の疑問に答えてくれたが、レッドには難しい言葉が並んでいた……。


 「“いでんし”?」レッドの眉間の皺がどんどん深くなる。


 「いや、良い。忘れてくれ」


 砕封魔は溜息を吐くしかなかった。


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