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ジャンク・ボンド 第三章 6

 テレーゼが、今度こそ動きを止めてしまった敵の首を、何の躊躇もなく斬り落とした。


 「……!」


 エルザが、思わず目を瞑る。


 隣のレッドも、目こそ瞑らなかったが、渋面になるのは仕方がなかった。


 何しろ、少なくとも見た目は、完全な人間だ。


 正体はバグなのかもしれないが、決して気持ちの良いものではない。


 ……でも。そうなると、何故自分はバグなら何の疑問を持たずに、“処理”できるのだろうか。


 人型というだけで戸惑うのだろうか。同じ命だというのに……。


 そんなレッドの逡巡を余所に、周囲が急に明るくなった。

 目が眩むほどの強い光が、敵の体から放たれた。


 しばらくして、光が消えた後に残されたのは、モジュールだった。


 「やっぱりバグだったか……」


 レッドの言葉は、何故か切なさが漂っていた。


 その言霊がすぐに掻き消されたのは、隣のエルザの泣き声のせいだった。


 「……も、もしかして……アイツ等、“アレ”使って……」


 その場で泣き崩れてしまった。


 ユズハが近づき、エルザの震える背中を擦りながら、優しく聞いてきた。


 「アレって……?」


 しかしエルザは、一向に顔を上げない。


 「……バグの“素”」


 「バグの素って。モジュールのこと?」


 ユズハの問いに、エルザは首を横に振るだけだった。いや、途切れ途切れに答えてくれた。


 「ち……がう。そ、んなものじゃない。で、でも、兄が“利用”された。……間違いない」


 もう、それ以上言葉にならなかった。


 この間、目が乾くといって目薬を差していたのが嘘のように、その目には一杯の涙が溢れていた。


 そんな彼女に質問をするのを躊躇したレッドが、砕封魔を問いつめた。


 「おい。お前だったら、何か知っているんじゃないのか?」


 しかし砕封魔は、レッドを無視し、エルザに話しかけた。


 「――おめぇ。本当に貴族だったんだな。しかもバグの秘密を知ってるってことは、位はそれなりに高いはずだ」


 泣いていたはずのエルザが、感情を消そうとしながら答えた。


 「……あなたも、ただのバグじゃなさそうね」


 「んなことより、問題は、おめぇがこの前話した野盗は、ただのリュウランゼ崩れじゃねぇ。その秘密を知っているっていうことは、少なくとも、お偉方が一枚噛んでいるっていうことだ」


 「!」


 エルザが、泣き顔を上げた。驚きの表情を張り付けて。


 一方その話を聞いていたレッドが、慌てて割り込んだ。


 「ま、待てよ! ただ野盗を倒して、“兄さん”を助ければ良いという話じゃなかったのか?」


 「どうやら、そんな簡単な話じゃねぇようだ。コイツの兄の“そっくりさん”を造れる“技術”があるんだぞ」


 「おいおい何だよ。さっきまでお前は、俺に“自分で選べ”と言っておいて。――話を聞いていると、“運命には抗えない”って聞こえるぞ」


 レッドの言葉に、砕封魔が笑う。


 「あれ? んなこと言ったかな?」


 刀の惚け方に、レッドが「まったく……」と首を振り出した。しかし、何処か嬉しいような、楽しいような……そんな表情だった。


 そして、何かを思い出したようだ。


 「待てよ。バグって人間の敵じゃないのか? その話が正しいのなら、人が操っていることになるぞ?」


 「“操っている”っていう意味じゃあ、人もバグも変わらねぇようだな」


 「?」


 「運命に操られているってことだ」


 *


 一方その頃、帝は臣下の便りに対し、眉を顰めていた。


 ――“バグが勝手に動いた”?


 バグとは、エルザの兄に似た存在のことだ。


 それが、命令に背き、勝手に動き、結局始末された。という報告だ。


 最初は、テレーゼ達を見張り、こちらに気付いたら“処理”しろという命令通りに行動していたはずだ。


 それなのに、急に動いたということは――。考えられるのは、一つしかない。


 監視していた臣下は気づかなかったが、あのジャンク・ボンドが隠れていたバグに感づき、わずかな殺気を纏っていたに違いない。


 その殺気に、バグが反応したのだろう。


 その殺気が、“罠”だとも知らずに……。


 「……出来損ないが」


 帝の呟きが、一切装飾のない、無機質な室内に漂う。

 珍しく感情が表出しているのが、自分でも分かった。

 そして、人差し指を何もない空間に向けた。


 直後、室内が急に暗くなったかと思うと、指先から黒い炎が出現した。――といっても、暗闇なので黒い炎が見える訳ではないのだが、その熱と帝の今までの行動から、炎に違いなかった。


 「何かご用でも?」


 そんな炎から、声がした。声からすると、年輩の男性のようだった。


 「……作戦はどうだ」


 「着々と」


 「では、ジャンク・ボンドを始末できるな?」


 「はい」


 「もし、上手くいかなかったら――」


 「命に代えても……」


 男性の声が消えると同時に、炎も消失してしまった。そして室内も、暗闇が消えて明るくなった。


 ――次こそは、必ず……。


 *


 レッド達は、エルザが示すとおりに歩いていた。


 ただし、今の時間地上を歩くと、太陽の熱で体がもたないので、ムカデの作ったトンネルをしばらく歩いていた。


 ちなみにユズハのバイクは、ムカデとの戦闘で使い物にならず、置いてきていた。


 しばらくすると、道が三又に分かれてしまった。


 レッドが「どっちだ?」と訪ねるも、エルザは首を傾げて「どっちかしら」と、まるで他人事。


 「お前なぁ!」とレッドが、怒りに任せて頭を掻きだした。


 「まぁ。まぁ」と宥めたのは、ユズハだった。


 「何が“まぁ。まぁ”だ」と、レッドがユズハに顔を向けた。


 「じゃあ。どーどー?」


 「俺は馬か!」


 「そんなに怒んないでよ」


 「怒るよ! 第一、お前だってお宝もらえないかもしれないんだぞ? それなのに、良くついて来たな」


 「それはお互い様でしょ。それに、もしお宝が、金銀財宝じゃなくて、バグの素だとしても、それはそれで使い道あるんだから」


 「使い道?」と眉根を寄せるレッドに対し、ユズハは「ふふふ」と、笑みを浮かべていた。


 「バグを造って、襲わせる。その後、たまたま通り掛かったように見せかけて、村を救う。すると報酬が手に入る」


 「……人間のすることじゃないぞ」


 レッドの顔が一瞬にして曇った。


 「冗談に決まってるでしょ。バグの素を、帝に渡すのよ。そうすれば、私達大陸の英雄よ? 恩賞が貰えるわよ」


 「……何と言うか。逞しいな」


 「か弱い私の何処が、逞しいのよ」


 ユズハが頬を膨らませた。


 そんなやり取りをしている内に、レッドの心が少し晴れた気がした。


 何しろ、さっきまでエルザの兄と“そっくり”なバグと戦ったり、バグには素があり、それを何処かの貴族が狙っている――そんな、日常とはかけ離れた話を突然聞かされたばかりだ。


 気が滅入らない方がおかしい。


 そんなレッドの心情を知ってか知らずか、ユズハがいつものように振る舞って来た。――それが、少し救いだった。


 「……」


 そんな二人のやり取りを後目に、テレーゼが黙々と進んでいく。


 「ちょっと待ってくれ。場所知っているのか?」


 テレーゼの数メートル背後から、レッドが慌てて声をかけた。


 その疑問に答えたのは、砕封魔だった。


 「いいや。でも、考えてみろ。砂漠で生きるには、まず何が必要だ?」


 「水か」


 「そう。そして、この洞窟は砂で出来ているのに、崩れてねぇ。現に俺達はこうして歩いている。その原因も水だ」


 「つまり。どういうこと?」エルザが不思議そうに刀を見つめた。


 一方刀は溜息一つ吐いた後、話を続けた。


 「つまりだ。あのムカデも水場を確保していたんだよ。それで、地下水を飲みに行くか浴びる。乾かない内に地中を移動すると、体の表面濡らしていた水分が、トンネルの壁を湿らせ固めていく」


 「それは分かった。だが、それと俺達の目的地とどう繋がっていく?」


 今度はレッドが発した。


 「ムカデに限らず、砂漠では水は貴重だ。つまり地下水があるところに、いろんな生物が集まる。もしかしたら、地上から井戸を掘って、そこに住んでいる人間達もいるかもしれないだろ?」


 「そうか。もしそれが正しいのなら、湿っている方へと進んで行ったら、辿り着ける訳か!」


 「もっとも、集落を見つけたところで、そこに嬢ちゃんの兄ちゃんがいるとは限らねぇけどな」


 「賭け、か」


 「そういうこと。誰か、このなかに不運なヤツは?」


 という、砕封魔の問いに、皆の視線がレッドに集中する。


 『……』


 「な、何だよ」


 皆の冷たい視線に、あたふたするレッド。


 「俺の何処が――」


 『……』


 レッドは溜息すら飲み込んだ。


 そして一言。


 「俺は何て不運な男なんだ……」


 そんなレッドに、ユズハが一言。


 「……自覚はあるのね」

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