表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/67

ジャンク・ボンド 第一章 2

「この村は、見ての通り貧しくてな」と話し出したのは長老だった。自身の家で、レッド達に依頼の経緯を話していた。


 「――それでも、先祖代々の土地。農作物もロクに育たなくても、逃げずに細々と生きていたんじゃが……」

 「そこへ、奴らが現れたと?」


 レッドの問いに、長老が頷いた。


 「そう。バグが現れた」


 長老の声は、微かに震えていた。それは怒りか、悲しみか……。


 「奴らは、いつともなくやって来て、村人達を次々に襲っていくんじゃ」

 「なるほど。いつ来るかも分からない訳ですね。それで、特徴とか何かないですか?」


 レッドの言葉に、長老が「う~ん」と悩み始める。


 「それが、誰もその姿を見た者がいないんじゃ」


 「というと?」


 「村の者が一人のときを狙って現れるから、誰も見ておらんのじゃ」


 「不思議ですね。目撃者がいないのに何でバグの仕業だって分かったんですか?」


 「それは、この雪じゃ」


 「雪?」


 「この村は見ての通り、雪に囲まれている。もし獣が来たら、その足跡で、大体特定できるんじゃが……」


 「つまり、どれにもあてはまらない訳ですか。――で、どんな足跡なんですか?」


 「足跡が八つなんじゃ」


 「八つ?」


 「そう。しかも大きい。足跡一つ取っても、熊の足の二、三倍はあるんじゃ。そんな大きさなら、普通足音もするだろう。それなのに足音なく、人間に近づくことができている。そんな獣、儂はこの村で生まれてから見たことも聞いたこともない」


 「なるほど。それで依頼して来たと?」


 レッドが納得したように大きく頷いた。

 ちなみにテレーゼは、やはりずっと黙ったままだ。


 一方長老は居住まいを正した。


 「そうです。何とぞ、よろしくお願いします。礼はあまり出せないが、代わりに村の名物料理を腹一杯食べて下さい」


 そして深々と頭を下げた。


 *


 その後、長老が案内したのは、こんな寂れた村の中では、まともな建物だった。どうやら集会場のようで、一〇人ぐらいが集まれる程には広かった。


 だからといって、まともなのは広さだけで、壁や床の板は穴だらけ。すきま風が遠慮なく入ってくる。下手したら外と変わらない。

 テーブルもない。暖房もない。照明は、蝋燭数本だけ……。


 でも、村人達が作ってくれた料理が、体を温めてくれるので、少しはマシだった。


 多分、雪の降る前に保存食として取っておいた山菜だろう。スープの具として、食欲をそそる湯気と共に浮かんでいた。それを掬い、フーフーと冷ます。


 口に放り込むと、独特の苦みと塩気のスープが、雪山を苦労して上ってきた疲労を労ってくれた。

 シンプルな味が、逆に緊張の糸を解してくれたようだ。


 「う、旨い!」


 器を床に置いた途端、レッドの顔が、一気に綻んだ。

 ついさっきまで、依頼料を払えるのか、心配していたのが嘘のようだ。


 「……」


 一方テレーゼは、目の前に出されても、スープに手も触れない。というより、ずっと虚空を見つめていた。

 そんな彼女に気付かないのか、レッドは鍋ごと掴み、中身を豪快に口に放り込んでいた。

 あっという間に平らげてしまった。


 「ふぅー。ごっつぉさん!」


 満腹になり、機嫌が良くなったレッドが、床に寝転んだ。ここでようやく、テレーゼが一口も食べていないことに気付いた。


 「あれ? 食べないんですか? なら俺が……」


 まだ食い足りないのか。レッドが、テレーゼの分に手を伸ばした時だった。


 何かが聞こえたのは。


 「まったく。食い意地が張ってやがる。食いたきゃ食えよ」

 「……?」


 全然聞いたことのない声だった。


 村人達は、既に家に帰って行ったから、ここにはテレーゼ以外いないはずなのだが……。


 「どうせコイツは、何も食わねぇからよ」


 レッドが周囲を見渡していると、テレーゼの脇に置いている刀がカタカタと笑っていた。

 本当に笑っているのだ。


 「か、刀が喋った!?」


 レッドが血相を変えて、声を裏返した。その場から逃げようとしたが、慌てて壁に激突した。室内に何かが倒れる音が響いた。


 「五月蝿ぇなぁ。刀だって喋るだろ」


 何故か偉そうな刀に対し、無様に逆さになったレッドが必死に反論した。


 「喋らないよ! たとえ天地がひっくり返っても喋らないよ!」

 「おめぇは、現にひっくり返ってるじゃねぇか」


 刀のツッコみで、自分の恰好悪さに気付いたのか、レッドが慌てて起き上がる。赤面しながら、負けじと発した。


 「い、今更何で喋るんだよ! 喋られるんだったら、さっさと喋ろよ!」

 「何で用もないのに、喋る必要があるんだ? それに一度喋ってるだろ?」


 刀がカタカタと笑ってみせた。


 「それって喋ったことになるのか? 普通、鞘の中で揺れただけって思うだろ!」


 「おめぇが普通か?」


 「アンタは普通か?」


 レッドは刀を睨み付けた。多分、刀にも目があったら睨み返しているだろう。暫く、重苦しい空気が周囲を包み込んでいく。


 時だけが過ぎていった。


 そんな彼らのやりとりを、テレーゼは眉一つ動かさず見ていた。


 「…………」


 暫くして、彼女の空っぽの視線に気付いたのか、気まずさを覚え、レッドが大袈裟に咳払いする。


 「おっほん。テレーゼさんは、何でこんな刀と一緒にいるんですか? 別に武器なんて喋る必要ないでしょ? ていうか五月蝿いでしょ? ていうかウザいでしょ?」


 テレーゼの代わりに、刀が「ていうか、おめぇがムカつくでしょ」ツッコんだ。

 「な――」

 「それよりおかしくねぇか?」


 その言葉に何か言いたそうなレッドだったが、刀がさっきまでとは裏腹に声のトーンが真剣になる。――結局、その雰囲気に押され、レッドも話に合わせるしかなかった。


 「な、何がだよ」

 「……スープだけ出して、飯がねぇ」


 レッドの体から、一気に力が抜ける。


 「アンタは食べないだろっ!」


 「いや食べるぞ。――人とかな」


 「あー。ヤバい。めまいしてきた。というか、何で俺刀と喧嘩してんだ?」


 「それより、おかしくねぇか?」


 「もう、その手には乗ら――」


 直後、レッドの言葉を遮るように、テレーゼが素早く抜刀――刃を床に突き立てた。


 「!」


 レッドが再び引っくり返る。おかげで、会話はストップ。刀が話を続けられる訳だ。


 「人間生きていくのがやっとのご時世。なのに、ご先祖さんの土地だから逃げないって、馬鹿げてる。狂気の沙汰としか思えねぇ」


 刀の言うことも一理ある。何しろ、バグがこの大陸を跋扈して、人間が次々に命を落としている。


 ましてや、ここ最近、天変地異の前触れか、天候も不順。作物なんかろくに育たない。

 物取りや強盗、殺人――人間も、バグに負けず劣らず、逞しく生き残るしかないこのご時世。


 ご先祖を大事にしたところで、腹が膨れる訳でもない。


 レッドが、テレーゼの顔色を窺いながら、「だから、俺達を呼んだんだろ」と一応ツッコむ。


 「もう一つある。雪があるのに、村人達の足跡がねぇ。――さっき帰ったはずなのに」

 「そんなの。上から雪が降れば消えるだろ」

 「雪なんて降ってねぇぞ。それにもう一つ。――何で村人達は、俺達が名乗ってねぇのに、リュウランゼって分かったんだ?」


 不審な点を次々に指摘して来る刀の話を聞いているうちに、レッドの顔も徐々に強張っていく。どうやら、言わんとしていることが理解できたようだ。

 それでも、確かめたくて仕様がなかった。


 「……何が言いたいんだよ」


 「……俺達、ハメられたんじゃねぇかって」


 「何の目的――」


 レッドの言葉が急に途切れてしまった。何故か大きな鼾をかいている。だらしなく涎も出ている。

 そんなレッドを眺めながら、刀が溜息を吐いた。


 「……まったく。食い意地張ってるからだ」


 どうやら、あのスープに睡眠薬が入っていたようだ。


 *


 ユズハは、ただ今遅刻の真っ最中だった。深紅の単車に乗って、山中を疾走していた。


 進路を次々に遮る木々の隙間を、器用に抜けながら、目的地を目指している。


 動体視力だけでなく、身体能力もなかなかだ。でなければ、今頃木にぶつかって目を回している頃だろう。


 まあ。夜中に、吸血鬼一体を始末したのだ。当然か。


 ちなみに単車といっても、タイヤはない。僅かに宙に浮いている。まさに風になったような乗り心地だ。


 意外と高級だったりする。その理由は、燃料だ。“モジュール”と呼ばれる、琥珀色の石を使用しているのだが、これが高いのだ。


 しかし、長時間持ち、しかも高出力なため、金持ちはこぞって購入している。

 それに対し、庶民は蒸気機関――石炭を使用している。


 では、そのモジュールはどうやって手に入れるのか。実は、ほとんど謎だ。いや、正確には違う。


 “回収屋”が“仕入れて”来るのだ。


 つまり、ユズハのような人間が、“何処ともなく”回収して来て、元締めであるホウセンカに渡し、そしてホウセンカが、値を吊り上げて売る。

 ホウセンカは二足の草鞋を履いているという訳だ。


 「……」


 風を顔に浴びているのに、その顔から冷汗が流れていた。


 ――とにかく早く着かなきゃ……!


 クビになっちゃう!

 「ホウセンカに殺される!」


 クビというのは、文字通り首だけにされてしまうこと。モジュールの出所を知られる訳にはいかないからだ。


 ちなみに単車は、ホウセンカからの支給品だ。モジュールを運んでもらうためだ。自分に利益になることなら、金も惜しまず支給する。そんな連中だ。


 そんなことを説明している暇はない。――ユズハがスロットルを上げた。速度が上がり、視界に映る木の大群もさらに速く通り過ぎていく。


 「――!」


 こんな時に、前触れもなく、めまいがする。視界が不安定に揺れる。


 多分、吸血鬼に血を吸われたからだろう。

 貧血を起こしているに違いない。


 重くなる意識と闘いながら、慌てて頭を下げる。たった今、太い枝が頭上を掠めていった。タイミングがずれれば、首を持って行かれている。


 「クビ、ね」口元を歪ませるので精一杯だ。


 今度は、急上昇。地面に大きな岩が、雪によってカムフラージュされていたのだ。突然、胸を掬うような浮遊感が襲い、貧血を増長させる。

 視界の周囲が黒くぼやけていく。


 「……っ!」


 何とか岩をやり過ごしたユズハは、スロットルを絞り、高度を下げた。再度森の中を走り出す。


 山の上を走れば障害物を気にせずに走れるが、エネルギーも消費するし、何よりバグに気付かれるリスクも増えるからだ。


 つまり、ユズハが目指すはバグの居所。――その死体が、モジュールの素という訳だ。


 「!」


 今度は急に視界が開けた。どうやら森が一部途切れたらしい。

 いや、村だ。雪に埋もれているが、木造の小屋が群れを成している。


 ――ここね。


 目的地に到着できたようだ。――などと、胸を撫で下ろしている暇はない。


 「え。嘘……!」


 今度は、ブレーキが壊れていたのだ。協会は、点検もせず支給したのか。

 ユズハは目を力一杯瞑った。


 ――誰か助けて!


 一体、誰に頼ろうというのか。

 目の前に、恐怖という名の暗闇が口を広げていた……。


できるだけ毎日(12時台または13時台)に投稿していきたいと思います。

ーーって、誰も読んでないか(笑)。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ