表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/67

ジャンク・ボンド 第二章 15

 『…………』


 アイザックの話を聞いていたレッドたちは、聞き終わった後も、しばらく何も発せないでいた。


 レッドは顔を強張らせ、リュウランゼは言葉の代わりに喉に酒を流し込んでいた。


 いや、リュウランゼが酒を飲み込んだ後に、言葉を選ばずに、アイザックに質問した。


 「カマキリは死んだんじゃないのか? だったら復讐のためにリュウランゼになりたいっていう、アンタの言葉は嘘になる。それとも別の理由があるってことかい? 俺たちを騙して、何かしようっていうんじゃないだろうな」


 その質問にアイザックが、さらに肩を震わせながら答えた。自分の足元を見つめながら。


 「それが……。生きていたんです」


 「まさか」


 「“まさか”ではないんです! 左腕のないカマキリが、人を襲っているという噂があるんです!」


 顔を上げたアイザックは、悔し涙で濡れていた。


 *


 アイザックが過去話している一方で、砕封魔たちは街なかを疾走っていた。


 「どいた! どいた!」


 テレーゼの腰に提げられた砕封魔が、通りを行き交う人の群れに向かって声をぶつけていた。


 それに対しライナスは、「ていうか、なんでこんな抱え方なのぉー!?」と、なぜか喚いていた。


 一方振り返った民衆が、「な、なんだぁ!? 女が爆走している? ていうか、ガキ抱えているぞ!」と驚いていた。――その顔を踏み台にして、ライナスを左脇に抱えたテレーゼが跳躍した。「俺を踏み台にした!?」


 一方ライナスは彼女の腕のなかで暴れながらも、別の感情が浮かんでいた。


 ――母ちゃんより硬いなぁ……。


 なんで、こんなことを考えているのか自分でも分からなかった。


 もしかしたら、温もりを欲していたのかもしれない。ただ、少年はそのことに気づいていないらしい。


 ライナスがそんなことに思考を絡め取られていると、協会の建物に到着していた。

 なるほど、凄まじいスピードで、疾走していたらしい。


 テレーゼが扉を勢いよく開け放ち、いや吹っ飛ばして、なかに突入する。


 『!』


 突然の大きな音に、なかにいた誰もが出入口に注目する。――しかし、受付だけは、ヨダレを垂れ流しながら台に被さり、夢心地だ。


 そんな受付を、テレーゼは力の限り揺さぶった。傍からみていると、首が千切れそうだ。


 しかし、受付は驚くことなく、重そうな瞼を開けながら、「……あ。ジャンク・ボンド」と呟くだけだった。


 その言葉に、近くにいたリュウランゼたちが一斉に振り返った。「あれが、ジャンク・ボンド……」何故か恐る恐る口にしていた。


 しかしテレーゼ、いや砕封魔はそんなことを気にする素振りを見せなかった。受付にさらに詰め寄った。


 「昨日、リュウランゼ志望の冴えないオッサン来ただろ!」


 「冴えない? あっ。はいはい」受付が、わざとらしく受付台を“ポン”と叩いた。


 そんな態度が気に障ったのか、砕封魔が受付の襟を締め上げた。「どこに行った!?」


 「うーんと。それならトリニガンの洞窟に――」


 受付が言い終わらないうちに、テレーゼが外に飛び出した。


 そんな背中を、受付がポカンと口を開けて見つめていた。「……何だったんだ?」と呟いた後、何かに気づいたらしく、突然声を荒げだした。


 「扉修理しろっ!」


 受付の声が後方で聞こえたが、テレーゼたちは気にせず、一目散に街の出入口である門に向かった。


 しかし人混みのなかを走るのは、なかなか骨が折れる。

 結局、人の顔を踏みつけ、屋根たちを渡っていった方が速かった。


 どこかで、「また、俺を踏み台にした!?」と声がしたが、気にしない。


 まるで風になった気分だ。


 実際、小脇に抱えられたライナスの顔は、風圧で歪んでいる。「く、苦しい……」


 しかし、その風が突然止んだ。


 何度か屋根を飛び越えたときだった。


 人間の絨毯が、通りに敷き詰められているというのに、急に地面に飛び降り、ライナスを地面に無造作に転がしたのだ。「痛っ!」


 強制的に、テレーゼたちの周囲に、空間ができる。みんな、口々に喚いていた。文句がライナスたちに浴びせられている。


 「どうしたの! 早く行こうよ!」


 痛みに顔を歪ませたライナスが、それでも立ち上がりテレーゼを急かした。


 一方テレーゼは、後方を振り返り、刀を構え出した。


 「……先に行ってろ」


 砕封魔が声を強張らせた。


 「一緒に行こうよ!」


 「良いから行け! 後で追いかける」


 ライナスが、ようやく刀の言っている意味を理解した。


 テレーゼの視線の先に、黒尽くめの男が、構えもせずに立っていたのだ。


 いや、男は両手を前を出して構えだした。それぞれの腕に鉄甲が装着されていた。


 『…………』


 そして、しばらく睨み合っていた二人は、まるで呼吸を合わせたかのように、同時に飛び出した。


 ぶつかり合う二人。


 辺りに耳をつんざくような金属音が――。


 刀と鉄甲だ。二つの金属が、まるで獣のように互いを噛み合っている。


 驚いて腰を抜かしているライナスに、刀が「コイツは俺の客だ。――早く行け!」と、相手の動向に注意しながら促した。


 無言のライナスが、精一杯頷いた。そして、恐怖と混乱で震える足に鞭を打ち、なんとか逃げ出した。


 そんな少年の背中目を移し、男が総銀歯を覗かせながら、「良いのか? 逃して。――助けを呼んでもらえなくなるぞ。カッカッカッ……!」と、突然笑い出した。


 「ふん。その年で全部銀歯かよ。歯磨き忘れたのか?」


 「銀歯? カッカッカッ……!」


 敵が突然、テレーゼの右腕に噛み付いた。噛む力が強く、思わず刀を落としそうだった。


 多分、テレーゼの“特殊”な体でなければ、食い千切られていただろう。


 「硬いな。人間か? お前」


 「なるほど。歯まで武器って訳か」


 「それだけではないぞ!」


 左右の鉄甲から、鋭い爪が伸び、テレーゼの胸を掻っ捌いた。合計一〇本の傷が生えた。


 「今度は鉤爪かい。――暗器使いか」


 「御名答」と、敵が“ニッ”と笑ってみせた。――瞬間、右つま先がテレーゼの顔めがけて打ち込まれた。


 それを、首を後ろに倒すことで回避する――はずだった。気づいたら、顎先に傷がついていた。


 よく見ると、敵のつま先にナイフが飛び出していた。


 「全身が武器、か」


 さらに敵の両足が、テレーゼの体めがけて連続的に繰り出される。


 それぞれが、急所を狙うかのように襲いかかってくるので、さっきより大袈裟に避けなければならないが、何しろ人の往来が激しい通り。――自由には回避できない。現に人にぶつかり、睨まれる始末。


 「チッ。面倒くせぇな」


 砕封魔が毒づいた。そして、屋根に飛び乗ろうと、跳躍しようとしたときだった。


 テレーゼの背中に、鉤爪の爪が突き刺さったのだ。


 振り返ると、ワイヤーで繋がった爪が鉄甲から発射されていた。まるで飛び道具だ。


 そのワイヤーを腕に巻き付け、テレーゼの自由を奪おうとする敵。


 テレーゼが刀を背後に滑り込ませたが、ワイヤーは思ったより硬く、なかなか切れなかった。

 おかげで、刀身がワイヤーに絡まってしまった。


 ワイヤーを引っ張り肉迫する敵。


 ナイフの付いたつま先が、何度も彼女の体に突き刺さる。太腿、脛、膝――下半身を中心に傷が増えていく。


 膝が折れるテレーゼ。――間髪を入れず、彼女が空いている左手で掴んだ鞘を使い、敵の足を絡ませる。


 バランスを崩し、仰向けになる敵。――その喉仏に鞘の先が打ち込まれた。


 「!」


 敵が苦悶の表情で、咳き込んだ。


 直後、ワイヤーを掴んでいた手が一瞬緩み、テレーゼが右手を抜き取った。


 そして刀を両手持ちにし、ワイヤーを断ち切った。


 「ゴホッ。ゴホッ。……クッ」


 ようやく、喉の痛みが消えた敵の眼前に、切っ先を突きつけるテレーゼ。

 その姿を視界に入れ、敵が観念したのか、全身の力を抜いた。


 しかしテレーゼは、敵の息の根を止めようとはしなかった。


 「殺しはしない。アイツに伝えろ。“追って来ても、必ず追い払う”ってな」


 砕封魔の言葉に、敵の目が急に泳ぎ始める。


 「ア、アイツって、誰のことだか……」


 「――この大陸を統べる者のことだよ」


 「ふ、ふざけるな!」


 核心を突かれたのか、敵の顔色が変わる。

 そのこめかみに、鞘が打ち込まれた。

 乾いた音がした。


 直後、敵が気を失ってしまった。それを確認すると、テレーゼが納刀した。


 「さて。追いかけるか」


 テレーゼの足は、ライナスを追いかけようと駆け出していた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ