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ジャンク・ボンド 第二章 11

 「多分、俺は大陸一不幸な男なんだろうよ……」


 レッドは深い溜息とともに、一人呟いていた。


 あの騒動――アイザックがリュウランゼの試験を受けた翌日の早朝、レッドは見渡す限りの荒野に立ち尽くしていた。


 あからさまに肩を落とすレッドに、例のアイザックが申し訳なさそうに声を掛けた。


 「面目ありません。私なんかのために」


 その言葉に、レッドが口角の片方を無理矢理上げた。「……いえいえ」


 アイザックの態度は、昨日の怒っているときとは違い、いつもの柔らかい物腰に戻っていた。


 実はあの時――次のテストに進むためには、と受付が条件を一つ出していたのだ。


 それは、経験豊かな見届人と一緒に、リュウランゼの仕事に付いて行くこと――。


 普通はこんな条件をつけないのだが、たぶん受付なりの配慮だろう。


 もしリュウランゼが命を落としても、もう一人の見届人が助けてくれるだろう。そう考えたのだ。考えたのは良いのだが……。


 「何で俺なの……」レッドは何度目かの溜息を吐いていた。


 再びアイザックが謝った。


 「面目ありません。見届人の知り合いがいなくて」


 レッドが、上げた口角を痙攣させる。「いえいえ」


 ――ユズハにバレないように、早く帰らないと……。


 実際、ユズハとの約束は明日だった。今度こそ彼女の機嫌を損ねたら、殺される。


 レッドが、恐怖で思わず身震いした。


 ちなみに、砕封魔はお留守番。――というか、長屋に置いて来た。


 テレーゼに解毒剤を飲ませてはきたが、本当に回復するのか、または何処まで回復するのか心配だったからだ。

 といっても、あの刀は柱に縛られているので、何も出来ないのだが――。


 「あの野郎。俺を縛りやがって!」なんていう刀の言葉が、今にも聞こえてきそうだ。


 刀を置いて来た理由はもう一つある。


 もし自分が刀を使って助けたとなれば、アイザックは黙っていないだろう。

 昨日も気付かれたのだ。

 下手なことは出来ない。


 レッドとアイザックがお互いに気を使いながら、早朝の荒野を歩いていると、前方から別の声が割り込んできた。


 「けっ。仲良しごっこは、勘弁してもらいたいな」


 ハルバートを右肩に乗せた髭面の男が、明らかに嫌悪を面に出していた。


 どうやら酒も入っているようで、顔が赤いだけでなく、足元も覚束ない。


 ――本当に大丈夫かよ……。


 平衡感覚を失っているリュウランゼに、レッドが、やっぱり溜息を吐くしかなかった。


 確かに、リュウランゼと見届人の組み合わせは、運みたいなものだ。


 協会の人間――受付等の職員でさえも、勝手に変えることはできない。


 その組み合わせは、どんな方法かは知らないが、帝が決めるらしい。


 どちらにしても、このリュウランゼは、見届人を見下しているのは明白だ。


 まるで、人ではないとでも言いたげな目をしている。


 普段、民から忌み嫌われているリュウランゼのなかには、少しでも優越感を得ようと、そういう態度に出る輩も多い。


 「――それで、“トリニガン”の洞窟って、どちらの方角でしたか?」


 アイザックが、協会から渡された地図をクルクルと――、いや自分の体さえも回しながら、右往左往している。


 「男のクセに地図が読めないとは、情けないね」


 リュウランゼが、酒臭い息を父親に吐き掛けた。


 それから、太陽が昇っている方を震える指先で示した。


 「あっちの方だ。半日もすれば辿り着く」


 「そうですか!」とアイザックが目を輝かせたかと思うと、どんどんその方向へ突き進んでいった。


 『……』


 あっという間に小さくなっていくアイザックの背中を、残りの二人が慌てて追いかけて行った。


 ちなみに、この大陸には様々な気候の土地が混在していた。この前行った雪山だけでなく、砂漠や沼地、ジャングル等がひしめき合っていた。


 そのため、多種多様な生態系があり、バグもまた、その環境に応じて姿形だけでなく、能力も変えて生存していた。



 一方その頃、ライナスは未だに床に就いていた。協会の安宿だ。


 今まで大きな寝息を立てていたが、窓から漏れる陽光が、瞼越しの眼球を刺激しているのに気付き始めていた。


 「……?」


 どうやら眠っていたらしい。


 そして重かった瞼を開けた。見えたのは、やはり天井だった。


 起こした上体を、陽の光が薄っすらと温めてくれた。


 まだ覚め切っていない意識のまま、辺りを見回した。


 「父ちゃん……?」


 誰もいない。廃材を使ったベッドが二つだけの室内は、自分しかいなかった。


 今喋った言霊でさえ、がらんどうな空間に瞬く間に消えてしまった。


 ここには、浴室もトイレもないから、隠れられる場所はない。


 もしかして、レッドとかいう男のところに行ったのだろうか。それなら、どうして自分に声を掛けなかったのか。


 何故か嫌な予感がした。


 慌てて布団を剥ぎ、ベッドから飛び出した。その勢いのまま、ドアノブを回す暇すら惜しく、まるで体当たりのように扉を押し開けた。


 室外は安宿らしく、窓一つない。ジメッと肌に纏わりつくような湿気が、充満していた。


 出入口は一つ。唯一光が差し込んでくる空間に飛び込んだ。


 外は早朝にもかかわらず、多くの人間が往来していた。


 宿は、闇市のなかにあった。


 それぞれ店の者が元気良く呼び込みを掛けていた。それにつられて、客が店先で足を止める。――そのせいで、通りはさらにごった返していた。


 そんな人混みの隙間を縫うようにして、少年は全力で駆けて行った。たとえ人にぶつかり、怒声を背後から浴びても、決して振り返らない。


 「ハァ、ハァ、ハァ……」


 荒くなった自身の呼吸音ですら、周囲の雑音に掻き消されてしまった。


 だが、その足取りは確実に重かった。目覚めてすぐの運動だ。無理もない。


 その一方で、意識が徐々にはっきりしていく。


 もし、父親がいなかったら?

 もし、そうなら、一体どこを探せば?

 もし、既にバグと遭遇していたら?

 もし、もし、もし……間に合なかったら……?


 「……」


 おもわず、足を止めそうになる。意識の外にあったつま先が、地面を削っていた。その感触が、辛うじて、自分は走っていたんだと思い出させてくれた。


 とりあえず、走った。走るしかなかった。


 しばらくすると、目の前に見覚えのある扉が、視界に入ってきた。


 その扉を力尽くで開け放つ。突然侵入してきた陽光が、室内と少年の影を浮き出たせていた。


 「ハァ、ハァ、ハァ……」


 レッドの長屋だ。なかは相変わらず狭く、ベッドと暖炉しかない。逆に言えば、人一人いないということなる。


 いや、誰かがベッドに寝ている。


 女性だ。美人の部類に入るだろう。


 しかし彼女――テレーゼは、勢い良く開けられた扉の音に気付かないのか、静かに目を閉じている。


 「ハァ、ハァ、ハァ……」


 ライナスの息だけが聞こえた。


 父親は何処に消えたのか。


 やっぱり、自分を捨てて旅立ってしまったのか……。


 この前まで、あれほどリュウランゼになるのを拒絶していたというのに。何が、彼の心を変えたのか。


 ――あの男か。


 ライナスの脳裏には、レッドの顔が浮かんでいた。目の前にいないはずの男を、睨みつけていた。


 本当は、アイザックの心を変えたのは、他ならぬ息子の何気ない言葉だったということを、ライナスは気づいてはいなかった。


 今彼を支配しているのは、レッドに対する間違った怒りだった。


 いや、そのうち、少年の心のなかに、寂しさと悲しさが滲み出してきた。


 「……」


 ようやく諦めの境地に達した少年は、自分の足元に目を落とした。


 靴も履かず飛び出してきたのだと気づき、笑いたい気持ちになった。それなのに、出てきたのは涙だった。


 帰りの足取りは、とても不安定だった。平地を歩いていると思えないほど、覚束なかった。


 今、扉に手を掛けた。――そんな少年の背後に、誰かが話しかけてきた。


 「よぉ。どうした? メソメソしやがって」


 聞いたことのある声だ。慌てて振り返ったが、いるのはテレーゼだけだ。


 「馬鹿野郎。こっちだ。こっち!」


 少年の目が、声の方へ動いていく。


 どうやら柱の陰の方だ。急いで後ろに回り込んだ。


 昨日の喋る刀だ。


 「どうして!」


 「んなことは、どうでも良いんだよ! それよりも父ちゃんに会いたくねぇか?」


 「場所知ってるの!?」


 「おう。知ってるぜ。だからよ。この縄解いて、あの女に握らせてくんねぇかな?」


 「わ、分かった!」


 少年は言われるまま縄を解き始めた。


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