ジャンク・ボンド 第二章 6
店主に気づいた父親が、血相を変えて、さらに大袈裟に手を振り出した。まるで手旗信号だ。「もしもーし!」
だが、レッドは怒りに我を忘れ、周囲が見えていない。「な、何を!? 俺だって主体的に動けるぞ!」
この言葉の直後だった。
店主が、怒りに任せて拳を大きく振り始めたのだ。その勢いは凄まじく、レッドの背後で風音が轟音となって、周囲に響いていた。
しかしレッド達は気づかない。
いや、そうじゃないようだ。片方は気づいていた。
刀が「“主体性”だぁ? その前に、背後霊を退治したらどうなんだよ!」と発しながら、レッドの体を屈ませたのだ。
「!?」
おかげで、勢い余った店主が、レッドの頭上を飛び越えて地面に突っ込んでしまった。何だか、体が縮んだようにさえ見えた。
店主が痛みに耐えながら、「この!」と怒りに身を任せて振り返った。
だが、その勢いはすぐに消え去った。なぜなら、眼前に刀の切っ先を突き付けられていたからだ。
結局、黙るしかない店主。
刀が、レッドの口を使って「……何か?」と凄んでみた。
すると店主の表情が固まり「……いえ。なんでも」としか、言葉が出なくなっていた。まるで、借りてきた猫だ。
刀が「そうか。――なら、去れ」と発すると、店主は「は、はいぃぃぃ!」と一目散に逃げてしまった。
そんな必死な店主の背中が、小さくなるのを確認すると、レッド達はようやくその場を後にしようと足を出した。――そんな彼らの背中に、別の声が掛けられた。
「あ、ありがとうございました」
振り返ると、何度も何度も頭を下げる父親の姿があった。
一方、そんな父親の隣で、ライナスが「ペコペコして、父ちゃん情けないよ」とぼやいていた。
その言葉に、父親は諫める訳でもなく、「ハ、ハハハ……。面目ない」と、口元を綻ばせるだけだった。
それでも、少年は父親への追及を止めない。
「早くリュウランゼになって、母ちゃんの敵取ってよ。でも無理か。――父ちゃん弱いんだからっ!」
少年の容赦ない追及に、周囲が“どっ”と沸いた。砕封魔も一緒だ。
「……」
しかし、何故かレッドだけは複雑な表情を浮かべていた。眉間に皺を寄せながら、それでも口元は笑みを浮かべている。――そんな表情だ。
一方砕封魔は、少年に「確かに、こりゃあ情けねぇ父親だね。まったく」と話しかけながら、一人で笑っていた。
ライナスが口を尖らせる。「……父ちゃんなんか、いなくなれば良いのに」
この言葉に、刀が相槌を打った。「違いねぇ」
そんな一人と一振の会話を、父親が情けなく笑いながら聞いていた。「面目ない」
「…………」
けれど、レッド一人だけ拳を震わせていた。どうやら、何かに怒りを覚えているようだ。
そして、レッドの我慢がとうとう限界を迎えたらしい。さっきまで硬く握られていた拳が、少年の胸倉を掴んでいた。
「自分の親を、“いらない”だって!」
激昂するレッドの声に、周囲が突然静寂に包まれた。足を止めた通行人が、予想外の展開に眼を丸くする。
「……?」
当然ライナスも、一体今何が起きたのか分からず、同様に目を丸くするだけだった。……いや、口元が小刻みに震えだした。それどころか、目頭から水滴のようなものが溢れ、ついには頬を伝っていた。
「……!」
突然、ライナスの大きな泣き声が響きだした。
そんな少年の泣き声と、刀の「あーあ。泣かせてちまった」という恨み節が、レッドの意識を現実に引き戻した。慌てて、胸倉を掴んだ手を放してしまっていた。
おかげでライナスの体が落下し、泣き声がさらに大きくなってしまった。
『…………』
さっきまで丸くなっていた通行人の目が、白い目となってレッドに向かって突き刺さっていく。
そんな視線の集中砲火を浴びて、レッドが慌てて弁解を試みようとする。「ち、違うんです! これは――」しかし、上手く言葉が出て来ない。
それに対し父親は、「こ、こちらこそご迷惑をお掛けしました」と何度も頭を下げながら、泣きじゃくるライナスの手を引っ張り、立ち去ろうとしている。
一方少年は父親の手を振り解きながら、勢いよく駆けていった。
「こ、こらライナス。言うことを聞いてくれよぉ」
遠ざかり小さくなっていく息子の背中を、父親が追いかけようとするが、緩慢な動きのせいか、なかなか追いつけない。
そんな何処までも情けない父親に、周囲の白い目に怖気づいたレッドが声をかけた。
「あ、あのー。……お腹空いてきませんか?」
その声が聞こえたのか、足を止めたのは遠くにいたライナスの方だった。同時に、腹の虫が盛大に鳴っていた。
「大したものは、奢れませんけど。ヘへへ……」
レッドが恥ずかしそうに、はにかんだ。
そんな彼に対し、刀が呟いた。
「主体性、ね……」