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ジャンク・ボンド 第二章 3

 闇市といっても、夜にこっそりと開いている訳ではなかった。ただ、街のある一角で最下層の人間が、たくましい商売魂と共に、いかがわしい商品を扱っている市場だ。


 貴族はもちろん、一般市民も寄り付かない、街のゴミ溜めだ。


 本来、ほとんどの街は高い壁で覆われ、“外”と隔絶されている。つまり、街の外の大陸の残りの部分。さらに街の内側。――そして中心部の貴族達の居住区の三つに、おおまかに区分けされていた。


 もちろん壁は、外で跋扈するバグから守るためだ。


 そして外の人間が、街の内側に住居を構えるには、許可証を貰わなければならない。


 しかしこの闇市が軒を連ねる一角は、壁から外へと伸びる蒸気のパイプの隙間から、不法侵入してきた人間達が、勝手に住み着いた場所だ。


 本来は街が取り締まらなければならないが、数が多く、その取り締まる側も甘い汁を吸っており、見てみぬフリをしているのが現状だった。


 「にいちゃん。好きな分だけ女買って、ハーレムしねぇかい?」


 「さあ。この薬を飲むと、“あっちの世界”に転生できるぜ!」


 「どうだい。この刃物。帝が禁止して以来、こんな業物、そうそう拝めないよ」


 猥雑な雑踏が、周囲を染め上げていた。


 そこら辺にあった廃材を使い、それぞれの店は形成されていた。捨てられたパイプやバグの骨、廃墟の柱などが主な材料だ。


 浮浪児やら、娼婦やら、バグに体の一部を奪われた障害者やら、お尋ね者やら、一癖も二癖もあるような輩が通りを往来している。


 ――まったく。何でこんなところにいるんだか……。


 レッドが溜息を吐きそうになったが、そこかしこにいる眼光の鋭い連中に睨まれ、思わず呑み込んだ。


 『…………』


 「ハハハ……」


 自分が場違いなのは分かるが、刀が操っているのだ。どうしようもない。いや、テレーゼを助けたいのも、事実。結局自分の意思で来ているのかもしれない。


 とにかくレッドにとっても、初めての地だった。勝手が分からず、店先に並んでいる品物と手書きの看板を頼りに、シラミ潰しに探すしかなかった。


 すると軒先に、得体の知れない液体が――紫やら、緑やら、原色バリバリ――瓶に入って無造作に並んでいる店を発見した。一部の液体には泡を吹いていたり、ある一部には何かの動物の部位が浮かんでいるものもある。


 危険な臭いしかしない。それなのに、口が勝手に開く。


 「おい。オッサン。解毒剤売ってねぇか?」


 声は自分そのものだが、口調が違う。


 刀だ。


 「!」

 レッドが冷汗を垂らしながら、左手の刀に視線を落とした。


 ――よけいなこと喋るなよ!


 一方話しかけられたオッサンは、振り返りレッドを睨みつけた。その眼光だけで堅気じゃないのが分かる。分かりやすく、左頬に傷がある。


 「あぁ? ここは、あんちゃんの来るところじゃねぇよ」


 「そ、そうですよねぇ。帰え――るか馬鹿野郎」


 レッドの口調が途中で変わってしまう。まるで二重人格だ。


 「あぁ? 今なんて言った?」


 オッサンが顔を強張らせて、店から出てきた。これまた分かりやすく、両手の骨を鳴らしている。


 「いやいや、何も言ってないですよ。いや今日は天気が良い――血の雨が降りそうだな」


 レッドの、いや刀の挑発的な言葉に――本人はそう思っていないだろうが――オッサンの顔が徐々に痙攣していく。何かを我慢しているようだ。


 「……そうかい。そんなに血の雨が降って欲しいのかい!」


 直後、オッサンの右ストレートが、レッドの顔面目がけて飛んでいく。


 しかしレッドは動かなかった。


 ――大丈夫だろ。また刀が動いてくれるだろ。


 余裕なレッドは、仕舞には鼻歌を歌い出した。


 しかし、

 「ぶべら!」

 自分の体は避けてくれなかった。拳が左顔面に当たり、その勢いで首が捻じ曲がる。意識が途切れてしまった。


 その後レッドの体が、勢い良く宙に舞い、きりみした挙げ句地面に激突したのだ。


 「え? ……嘘」


 時間差で呟いた。空が無駄に青かった。


 大の字で地面に倒れるレッドを、通行人は見下しながら通り過ぎていく。


 今更、顔面に激痛が走った。


 「……」


 ――何か、かっこ悪い……。


 惨めな気分になった。


 「……」


 ――どうしよう。これ。何事もなかったように立ち上がれば良いの? みんなの視線が怖いよぉ。死んだフリすれば良いの? でもあれ迷信だって言うし……。


 というか、何で刀は避けなかったんだ?


 「――面白いからに決まってるだろ」


 刀の声が、脳内に木霊する。


 ――だ、騙された……。


 「騙してねぇぞ。ホラ。“解毒剤”だ」


 もしかして、殴られる寸前、右手で解毒剤の瓶を奪った? わざわざ、こんな手荒な方法取らんでも良いのに……。


 「金がなくてよぉ」


 「ハ、ハハハ……。目的完了?」


 そんな時、聞き覚えのある女の声が耳に届いた。


 「……何してんの」


 視線を頭上へと動かすと、たわわな実で顔は見えないが、仁王立ちしながら溜息を吐く女がいた。

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