第二話
手をおいていた門をそっと内側へと畳んで、すっと門を抜ける。3段ほどの短い階段を下りて久遠寺家と我が家を隔てている狭い道を小走りで横断して、我が家の入り口である小さな階段の前で止まった。階段を上がって門を開けようとする様子はない。
僕は久遠寺の行動をぼんやりと眺めていて、久遠寺が家の前まで来てようやく、僕は玄関から離れて、久遠寺の元へ向かった。向かったとっても、門の内側までで、久遠寺とはまだ、門と階段3段分の隔たりがあった。久遠寺を見下ろすようなかたちになり、久遠寺は当然、階段の下から僕を見上げる格好になっていた。
ロングヘアーで、前髪は中央で分けられていて、そのまま、耳の後ろと肩の上を経由して、胸のほうへと延びていて、ひたいが髪に隠れることなく出ている。真っ白な、ブラウスのようなカットソーは細身のボートネックにレースの袖をあしらっている。割りかしゆったりめの、色の薄いジーンズに、手首には革製のバングルをつけている。そのバングルをつけた手には、少し大きめで、口の大きなストローバッグを持っている。全体的に、カジュアル過ぎず、かと言って、気合いを入れておしゃれしていますという感じでもない、自然に衣服を着こなしているように見えた。素直に、似合っていると僕は思った。
それに引き換え、僕は穿き古したジーパンに、なんだかよくわからない英単語が書きなぐられた安物のティシャツ。どうひいき目に見たって、服装に気を使っているようには見えない。まあ実際に服装には気を使っていないのだから仕方ない。それに仕事帰りなのだからまた仕方ない。だれも、工場の夜勤に行くのに服装を気にする奴なんていない。僕も普段着であれば、今よりかは幾分マシな格好をすると、なぜか、自分の中で弁解していた。
数瞬、沈黙があって、その沈黙は久遠寺が破った。
「久し、ぶりだね。いつ以来だろう。元気、してた?」
僕の反応をうかがうように、ところどころ、間をあけて話していた。久遠寺はいつも周りの人間に気をつかうような性格だった事を思い出した。今もその性格は変わってはいないのだろうか。
「ああ、うん。別段、病気とかはしてないな」
いつ以来という所は答えなかった。自分でもはっきりと覚えていなかったからだ。たぶん、まともに話したのは中学の卒業式の日以来だ。
「そっか……」
会話が途切れる。久し振りの会話のせいか、それ以外の要因があるのか、他人行儀で、どこかよそよそしい雰囲気が流れていた。でも、それは仕方ない。十年以上もまともに話もしていない相手なんて、たとえそれが友人同士だったとしても、そんなのは見ず知らずの他人と言っても差支えない。たぶん、一般的にはそうだ。そうして、少し間が空いてから久遠寺は続けた。
「あのね、今、仕事帰りなんだよね?」
「そうだけど、なんで知ってるんだ?」
仕事という言い方にふと疑問を抱いた。アルバイトははたして、仕事と言えるのだろうか。卑下するわけではなく、純粋にそう疑問に思えた。
「昨日の夜にね、帰ってきたんだけど、その時たまたまおばさんに会って、それで秋吉くん、今日は夜勤で、帰ってくるのは朝の10時ごろだって教えてもらったんだ」
なるほどと思った。仕事という言い回しは母から伝え聞いたせいだったのかと納得した。母は、僕のアルバイトの事を決してアルバイトとは言わなかった。学生の頃に行っていたアルバイトは普通にアルバイトと言っていたので、たぶん、母にも思うところがあったのだろう。妙なところに納得していると、久遠寺は続けて、意外な提案をしてきた。
「それでね、仕事帰りで悪いんだけどね。今から、少し、お茶に付き合ってくれないかな?やること無くて暇なんだよ」
久しぶりに実家に帰ってきて、暇という事はないだろうと思った。しかし、それは彼女なりに気を使った発言である事もにも気がついていた。
「ああ、いいよ」
そう言って僕は門を開けて、短い階段を下りた。僕と久遠寺を隔てるものは無くなっていた。すぐ近くで見る久遠寺は僕が記憶していたよりも、いや想像していたよりも、と言った方がいいかもしれないけれど、ずっと小柄だった。改めて、僕は、彼女とすごした日々から、短くはない年月が経過したのだという事を実感した。
夜勤明けの、先ほどまで体にまとわりついていた眠気はいつの間にか四散していて、残るのは単純な体の疲労だけだった。僕と久遠寺は、並んで、先ほどまで僕が歩いていた道を二人して歩きだした。
ふと、僕は昔の事を思い出す。




