海底神殿を襲うモノ
『ゴゴゴゴゴ、ゴシュジン! これ壊れたりしないカ?』
「落ち着きなって」
今俺はシショウを抱きかかえながらナーントの町の沖の海底を歩いていた。
いや、歩くというのは語弊がある。
実際は風魔法で空気の球を作り、その中に入って水魔法で起こした水流で前に進んでいる。
「思ったより水圧がきついけど、十分耐えられるよ」
『水圧って何かわからないけド……ゴシュジンを信じるゾ』
岬の突端にあった小さな社。
その裏側から海に飛び込んでそれなりの距離を進んで来た。
深さは大体50メル程度だろうか。
海の水が綺麗なおかげか陽の光は思ったよりも届くため、まだ光魔法は必要ない。
しかしこの辺りまで来ると、ときおり小型の弱い魔物が獲物を見つけたとばかりに襲いかかってくるのが面倒だった。
『ゴシュジン、左ダ』
俺は視線だけをそちらに向ける。
シショウが告げた方向からこちらに向かって泳いでくるのはゴルキーというCランクの魔物だ。
見かけだけは魚人よりよほど人間に近い姿をしているが、鋭く大きな牙を口から生やし、狂ったように襲いかかってくる姿からは理性は一切感じない。
ファッシュやシショウのように話が出来る魔物ではないことがそれだけでも伝わってくる。
「またか……氷魔法っと」
シーハンターギルドで聞いていた話とファッシュの話からすれば、この辺りの海は結界のおかげでかなり沖に出ない限りEランク以下の魔物しか出ないはずだ。
だというのにこの辺りはまだ結界の範囲内だというのにCランクの魔物がいる。
つまりファッシュが言っていた通り、この辺りの結界がかなり緩み始めているという証左だろう。
『ぎゃああああああああっ』
水を通して響く悲鳴と共に赤い血の花が海中に広がる。
俺の放った氷魔法による氷の槍が、突っ込んできたゴルキーの胸を正確に貫いたからだ。
水の中での戦闘は慣れないが、遠距離であれば魔法攻撃によって簡単に対処出来る。
ただ炎系の魔法は使い方を誤ると水蒸気爆発を起しかねないので使えない。
「しかし海底神殿って何処にあるんだ?」
ファッシュは岬から沖に向かったところに魚神の住む海底神殿はあるとしか言い残していかなかった。
なので俺は周りを検索しながら進まなければならないため、自然と速度は遅くなる。
場所さえわかっていれば水魔法で高速移動すればすぐにたどり着けると思うのだが。
『ゴシュジン! あっチから何か嫌な臭い、すル』
「どっちだ?」
『あっちダ、ゴシュジン』
俺はシショウが前足で示す先に目をこらす。
思ったより陽の光が届くほどの透明度があるとはいえ海の水は川に比べれば濁っていて、視界は狭い。
「ん?」
シショウの示す方向に水魔法で進む方向を調整しながら暫く進む。
すると、ぼやけた水の彼方に何か大きなものが蠢いているのが見えてきた。
「大蛇……か?」
『シショウ、蛇の蒲焼き大好物だゾ』
そういえば一度、ガラガーラという人の倍はある大きさの蛇魔物をナーントへの旅の途中で倒して料理したことがあった。
可食部分も多かったので、せっかくだからと様々な調理法を試すことにして、焼いたり蒸したり干したり揚げたりした。
その中でもシショウは甘いタレを付けて焼いた蒲焼きという料理法で作った料理が一番気に入ったらしく、収納魔道具に収納してあったガラガーラの肉が無くなるまではずっと朝昼晩ガラガーラの蒲焼きを俺に要求してきたのを覚えている。
「蒲焼きに出来るかどうかはわからないけど、どうやらアイツを倒さないことには海底神殿には入れないみたいだな」
俺はゆっくりと巨大な蛇の影に近づきながらそう言った。
なぜなら、その巨大な蛇は俺たちの目的地である海底神殿らしき建物にぐるぐるとその長い体を巻き付けていたからであった。




