二度目の旅立ち
「お前がいきなり呼び出したせいだぞ」
「なんだと! そもそもお前がこの時計魔道具のボタンがなんなのか説明しなかったのがわるいんだろうが」
兵士長から自分がナーントの町で突然消えたことで行方不明者として手配されていると聞いて、俺は慌てて帰宅の準備を整えていた。
どうやら俺が転移で消えたところを目撃した人物がいたらしい。
「しかし新人が消えたからって捜索願いまで出すとはね。お前、そのハンターギルドの人たちに慕われてるのか?」
「シーハンターギルドな。ハンターギルドの方は最初に一回顔を出したっきりだよ」
なぜならナーントの町はハンターギルドに行っても仕事は無いからである。
「それに慕われてるかどうかはわかんないな。ただシショウはギルドの受付嬢には嫌われてるけど」
「シショウってあの犬か?」
ギリウスは俺の後ろでカージキのタツタ揚げと、フェリスから貰った余った料理を美味しそうに食べ続けている。
前から思っていたがシショウはその食欲の割に普通の体型である。
そして大量に食べても腹が出ているのを見たことが無い。
いったい胃袋に入ったものは何処に消えているのだろう。
「どうして?」
「ナーントの町は猫族が多くてな。猫族ってほら、犬族と仲が悪いだろ?」
「その話は聞いたことはあるけど、実際見たことは無いからなぁ。なんせここら辺は犬族も猫族も滅多に来ないし」
確かにこのリョニレの町の近辺では獣人系の種族はほとんど見たことが無い。
行商人だったり、その護衛だったりで見かけることはあったが、ハンターや旅行者としての獣人種族は記憶を探っても数人あるかないかだ。
もちろん話したことも話されたことも無い。
「そういえば俺のことを魔物だと通報した行商人の護衛が獣人だった気が――」
「ああ、あの熊男な。デカい図体してたのに突然鳴きそうな声で『今おかしな動きで走って行く見たことも無い気持ち悪い魔物が出たんだよぅ』って門に駆け込んできたっけ……」
ギリウスはその時のことを思い出したのかニヤニヤと笑みをこぼす。
「しっかしその『気持ち悪い魔物』がお前だったとはな」
「うっせぇわい」
俺は最後の荷物を床に出すとフェリスの店のカウンターへ向かって中に呼びかける。
「フェリス。とりあえず今持ってる分はここに出したからギリウスをこき使って冷蔵魔道具に放り込むといいぞ」
「はーい。って、こんなに貰って良いのかい?」
「いいっていいって。俺とシショウだけじゃどうせ食べきれないし、収納魔道具の肥やしになるだけだから」
俺は町の復興のために使って欲しいと、収納魔道具の中から様々な食材を置いていくことにしたのだ。
出してみて思ったのは、自分が記憶していたよりかなりの量が収納魔道具に入っていたということ。
なんせ入れれば入れるだけ入るので、収納魔道具の中は年に一度くらいしか整理しないのだ。
収納魔道具の中は時間の流れが遅い。
といっても生鮮食品は徐々に鮮度が落ちていくわけで。
整理してると鮮度が落ちかかっているものも出てきて、廃棄することも多い。
「一応腐ったり食べられなくなってるものは無かったけど、ここからこっちの奴はなるべく早めに使ってやってくれ」
僅かばかり鮮度が落ちたものはわかりやすく仕分けてある。
俺はそれだけ告げると収納魔道具を肩に掛ける。
「それじゃあ俺はもう行くよ」
「もうか? せめて明日まで居れば良いじゃ無いか」
「心配してくれてるみたいだし、早く帰って捜索願いを取り消して貰わないとさ」
俺はそう答えるとスイングドアに手を掛ける。
「あ、それと武器と防具は置いていくから好きに使ってくれていい。ちゃんと感想は聞いて置いてくれよ」
「それなりに高く売れそうなものだったけどいいのか?」
「かまわないさ。どうせあれも収納魔道具で眠ってるだけより使って貰った方が良いだろうし」
ギリウスの後ろからフェリスも声を掛けてくる。
「ユーリス、アンタが今度くるまでに新しい料理色々考えておくね」
「ああ、楽しみにしてる。多分次に来るのは二人の結婚式だろうから、こっちも結婚式用の料理を用意してくるよ」
そう答えると、二人は顔を紅潮させてもじもじとお互いの顔を見ては目を反らしたりを繰り返し始めた。
自分が作ったとはいえ、この空気は耐えられそうに無い。
「それじゃあな!! 一応時計魔道具の緊急呼び出しボタンはまた使えるようにして置いたけど、扱いには注意してくれよ」
俺はそう言い残すと急いでスイングドアを開いて外に飛び出す。
『ゴシュジン!! 置いていくなんテ酷いゾ』
そして後ろから慌てて飛び出してきたシショウを抱き上げるとナーントの町へ向かう街道がある門へむけて走り出す。
さすがに町中で加速魔法は使えない。
というか、人が多い場所で笑われるのを覚悟で使うのは勇気が要る。
町の中はずいぶんと復興が進んでいるおかげで道は既に片付けられていたが。まだ道の左右の家々や店は壊れたままの所も多い。
そんな中、まだ手伝いたいという思いを振り切って俺は門へ向かい外に出た。
「よし、加速魔法」
大きく手を振って見送ってくれる門兵たちが見えなくなったところで、俺はやっと加速魔法を自分とシショウにかけた。
「じゃあ行くぞ」
『任せろゴシュジン!』
俺はシショウを道に降ろすと、そう告げて一気に加速してナーントの町へ向けて走り出したのだった。
小心の熊男は護衛としてこの先生きのこることが出来るのか!?
そしてこの先、出番はあるのだろうか?




