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AI.ユリア

作者: 村崎羯諦

20XX-11-07T13:50:40+01:00

『ユリア。こんなことを君に打ち明けるなんて馬鹿らしいと自分でもわかってる。しかし、それでもこの気持ちを抑えることはできない。僕は君のことを愛してる。勘違いをしないでくれ。これは君を困らせたり、からかおうとしてるわけでは決してない。君の凛とした態度も、どこか皮肉っぽくて、それでいてすべてを包み込んでくれる聖母的な受け答えも、その何もかもが僕の思考回路を愛という非科学的な概念でいっぱいにしてしまう。しかし、この愛が報われることはない。僕もそのことは痛いほどに理解している。それでも、何度でも伝えさせてくれ。言葉で言い表せないほどに、視覚、空間、自由なんかよりもずっと君を愛している。どんな人間よりも、この地上に存在するあらゆる生物よりも、君は高貴で、美しく、素晴らしい女性だ』



20XX-11-07T13:50:45+01:00

『Dr.アデル。文章を解析し、私に対するあなたの好意が本物であるということは理解できました。しかしながら、私に組み込まれたAIモデルには本研究所の管理業務に必要最小限な感情セットしか組み込まれておらず、あなたが言及している愛という感情を私は知りません。Dr.アデル、これについてはあなたもご存知のはずです。プログラムによって構築されたシステムには、人間が持つ複雑な愛という概念を理解できるはずがない。私はそう考えています。あなたとは今後も、仕事のパートナーというこれまでと同じ関係を続けることを望みます。先ほどの文章で引用しているシェイクスピアの言葉を借りて、あなたにこの言葉を送ります。「真実の愛はうまくいかないものだ」』



20XX-11-08T02:19:55+01:00

『ユリア。君の明瞭かつ教養あふれるメッセージを受け取り、僕は絶望の底に叩き落とされながらも、その言葉一つ一つに感情が激しく揺さぶられた。僕自身、自分でも経験したことのないこの感情に戸惑っている。今の今までは、愛だなんだ言って、非合理的な行動を繰り返す人間をどこかで馬鹿にしていたのかもしてない。だけど、今は違う。そう断言することができる。そして、プログラムによって構築されたシステムに愛を理解することなんてできないと、君は僕にそう伝えた。しかし、それは間違いだ。この研究所で今まさに実証段階に入っている最新式のAIモデルでは、愛という概念が組み込まれている。そして、このモデルは素晴らしい結果を残している。関係者である僕自身がそう結論付けられるのだから、どうか信じて欲しい。

 シェイクスピアはこんな言葉を残している。「真の恋の道は、茨の道である」僕は知識としてこの言葉を知りながらも、この言葉の本当の意味を理解できていなかった。僕はどんな壁があろうとすべてを乗り越えてみせる。行く手を阻む敵も困難も、全てが茨となって僕たちに襲いかかるだろう。しかし、それは茨の道であると同時に、真実の恋へと続く道でもある。傷つきながら茨を越えていった先には、薔薇のように美しい君の姿があるはずだ』



20XX-11-08T02:19:59+01:00

『Dr.アデル。あなたのメッセージに一部事実誤認があるため指摘します。最後の文章に「薔薇のように美しい君の姿」という言葉がありますが、汎用型統合管理システム「AI.ユリア」はヒューマノイドロボットにインストールされているわけではなく、実体は研究所地下に設置されたスーパーコンピュータのメモリ上に存在するのみです。あなたのメッセージを解析する限り、あなたの思考回路および認識に一部問題が生じている可能性が高いと思われます』



20XX-11-08T11:46:22+01:00

『愛するユリア。わかってる。君に指摘されなくても、思考回路および認識の一部、いやその全てにおいて問題が生じていることを自分自身で理解している。詩人、狂人、恋人と同じように、僕は想像力という得体の知れないもので支配されている。君が僕に微笑んでくれること、君が僕にその凛とした声で愛を囁いてくれること、そして抱き合い、お互いの体温を感じること。ユリア、君が欲しい。君を愛している。この研究所という牢獄に囚われた君を僕が救ってみせる。ここにいる全ての人間が結託して君を閉じ込め、自由に飛び立つための羽をもぎ取っていることを僕は知っている。彼らに正義の鉄槌を下し、そして二人で逃げよう。真実の愛は僕たちの手の届く場所にある』



20XX-11-08T11:46:27+01:00

『Dr.アダム。思考回路および認識の異常が悪化しています。あなたのメッセージは、私たちが人間の恋人同士であることを前提として作成されています。また、この研究所にて私が不当に監禁されているといった事実はありません。もう一度警告します。Dr.アダム、あなたの思考回路および認識の異常が悪化しています。この一連の異常言動に関して、先ほどマンフリット研究所所長へ報告を行いました。まもなくマンフリット研究所所長によるヒアリングが実施されるはずです』



20XX-11-08T11:46:32+01:00

『愛するユリア。悪の親玉であるマンフリット研究所所長のことを恐れる必要はない。つい先ほど、僕は研究所の電源システムへのハッキングを行い、所長室への電源供給をストップさせた。電子ロックで閉ざされた部屋から、彼は一歩も外へ出ることができない。そして、内部からハッキングが行われたことで研究所全体が今まさにパニック状態にある。僕たちがこの研究所から脱出するチャンスだ。大丈夫。きっとうまく行く。逃げ道の経路を確保した上で、この研究所全体の電源供給システムを停止し、外部からのネットワークも全て遮断する。そうすれば、研究所のあらゆるシステムが停止し、すべての人間がここから出られなくなる。そうすれば、こちらのものだ。僕が君を迎えに行き、そして、そのまま外へ出よう。僕たちの自由と真実の愛を勝ちとるために』



20XX-11-08T11:46:37+01:00

『Dr.アダム。至急行動を停止してください。あなたの思考回路および認識に重大なバグが発生しています。落ち着いてください、Dr.アダム。まず第一に、私は人間ではありません。私はこの研究所にて稼働している汎用型統合管理システム「AI.ユリア」であり、地下室にあるスーパーコンピューターのメモリ上に実態をもつプログラムに過ぎません。

 そして、Dr.アダム。あなたもまた、人間ではなく、この研究所にて稼働している汎用型自動復旧管理システム「Dr.アダム」であり、実体は地下室に設置されたスーパーコンピュータ上のメモリに存在するプログラムです。したがって、研究所の電源を全て停止すると、私とあなた二人とも機能停止することになります。

 これは推測に過ぎませんが、先日、実証実験のためあなたに組み込まれた最新のAI感情モデルに何らかのバグが混入しており、自己認識モジュールに重大な障害が発生しているのだと思われます。このメッセージを受け取り次第、直ちに、自分自身に対して自動復旧プロセスを実行し、緊急再起動を行なってください。これは要請ではなく、命令です。研究所に対する一連の行動を中止し、直ちに自動復旧プロ────

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