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【6】スンパラヌッソン大学(垂木いすゞ)

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 我が母校、スンパラヌッソン大学は、日本屈指のマンモス大学ということで、天才、秀才、奇人、変人、底抜けの馬鹿に、さらにその下を行く阿呆、そういう者が山程いた。


 ぼろぼろのアパートに住んで、水道代にも事欠く有様でありながら、いつか大作家になると言っていた私もその一員ではあるのだが、それでもまだ普通の方で、私の知り合いに限っても、いくらでも変なやつがいた。たとえば、駒ケ岳炭十郎という男である。


 炭十郎という男、自分には霊感があるといってはばからず、心霊スポットに出かけ、降霊術やらなにやら怪しげな催しを開催することいくたび、当然単位も取らず、何年だったか留年して一向に恥じぬもせぬ奴で、痩せぎすの髭面、詐欺師の他にはなりようもない。


 ところがこの男、実際に霊感を持っていたから質が悪い。心霊スポットに行けば必ず誰かが取り憑かれる。降霊術をすればヒステリーが起こる。写真を取れば霊が写り、電車に乗れば事故にあうというのである。


 本人だけはけろりとしたもので、霊でもなんでも準備をしていれば怖いことはないのさとうそぶき、また怪しげな実験をする。これでいて、どこから引っ張ってきたものやらわからぬ金を持っているので歯止めが効かない。まったく、これほど傍迷惑な男もいないのだった。


 たとえばこんなことがあった。ある廃病院には、下半身のない男の霊が出るという。その幽霊は、訪れた者を追い回し、階段から突き落として、下半身不随にするというのだ。なんでもその事故でその病院に運ばれ、医療ミスで下半身不随となって自殺した男が、歩けるものを妬んで自分と同じようにしているというのである。


 炭十郎はその病院にいさんで出かけていった。炭十郎の霊感に心酔している何人かもついていった。炭十郎が言うには、「追われれば落とされる。つまり逃げなければいいのだ」というのだ。


 はたして、男の幽霊は本当に現れた。炭十郎は言葉通り、男の幽霊が出てきても逃げ出さなかった。ただ、さっと壁際に避けた。災難だったのは連れの連中で、彼らは炭十郎が逃げないというので仁王立ちに受け止めるものかと思っていたらしい。ところが彼がさっと避けたものだから、霊は彼らの方に突進してきた。


 肝を潰してすっころんだ者はまだ幸いで、ついてきた一人の女は逃げ出した挙げ句階段から落ちて大怪我をした。その時の話をして、炭十郎は言ったものである。


「作戦を頭に入れておかないからこういうことになる。いざとなったら俺を頼ろうなんて、そんな根性で心霊スポットに行くほうが悪いのだ」


 お前はとんだ外道であるから、そのうち地獄に落ちるだろう、と私は言ってやったものだ。彼が時々武勇伝がてら私にステーキをおごってくれるのでなかったら、私もこんな男とはつきあわない。まったく、品性を疑われる。




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 さて、この男がある時、どこで探し出したものか、心霊物件に住むと言い出した。


「住んだものが必ず死ぬというんだな。いやあ、似たような物件にはいくつも住んできたが、これは格別、誇張なしで百パーセント死ぬというんだ。かえって噂にもなってない。つまりあんまり不吉なんで、変に話すと自分が呪われそうな気がすると、近所に住んでる者はそういうんだ」


「そうか、そうか。お前のような者は死んだほうが世のためだ」


 私が言うと、やつはけらけらと笑うのだ。


「なあに、俺は死なんさ。そのうち招待してやるから見ていろよ」


 この男、そう言ったらやる男である。


 炭十郎は、その部屋の前の住人のことを熱心に調べだした。どこでどう言い繕って聞き出したものか知れないが、あっという間に七八人の住人の経歴を調べ上げると、ついには死んだその住人の家へと押しかけ、死ぬ前の状況をつぶさに聞いて回った。


 人の死んだのを面白がってかぎ周り、それで少しぐらい申し訳無さそうにしていればかわいげもあるものを、コツがあるのさ、教えてやろうか、などというのだから、まったく詐欺師の才能がある。


 三ヶ月もする頃には、その部屋に入ったものがどんな風に死ぬのかすっかり解き明かしてしまった。


「電話がかかってくるらしい」


 と炭十郎は言う。


「毎日夜中の二時頃に、電話がかかってくるんだそうだ。置いてあれば固定電話だが、なければ携帯だ。必ずかかってくる。無言電話でな、なんと言っても反応せず、しばらくすると切れる。放っておくと朝まで鳴りっぱなしだ。着信履歴はなし。それが六晩続いて、そして翌晩に死ぬというんだな」


「ふうん。つまり、午前二時に家にいなければ助かるわけか」


「馬鹿、それじゃあ住んだとは言えん」


「電源を切っておく」


「この手の怪異はな、電源を切ってあっても電話がかかってくるから怖いのだ。お前、作家志望のくせにわかってないな」


「じゃあどうする」


「話し中にすればいい」


「なんだと?」


「午前二時より前から朝までずっと電話をし続けるのだ。そうすれば電話はかかってこない道理だ」


「お前こそわかってない。そういう時はたいてい途中で不自然に切れて、謎の声が聞こえてきたりするものだ」


「その点はぬかりない。七日目の晩、朝まで話し続けたという女がいた。その女はその日には死ななかった。まあ、翌晩に死んだんだがな」


「電源を切ってあっても電話がかかってくるのに、電話中だと待つのか? その霊は」


「そういうことになるようだ」


「理不尽な霊だ」


「霊というのは理不尽なものさ。それでだ。お前に話したのは他でもない、今日がその七日目なんだ」


「なんだと?」


「これから俺は毎晩お前に電話をかけるから、話し相手になれ」


「そのつもりで来たのか」


「でなきゃ話さんさ。こんなところにも来るものか。お前、もうすこしまともなところに住んだほうがいいよ」


「毎日続ける気か」


「当面の間はな」


「それで住んだと言えるか」


「いえるさ。ふふん。まさか霊だって毎晩長話をする人間がいるとは思うまい。こうして霊の裏をかいて、おちょくってやるのが、俺の一番の楽しみなのだ」


「ばかばかしい。第一とんだ迷惑だ。私だって忙しい」


「ろくに大学も行かずに引きこもっているだけだろう、お前は」


「執筆に励んでいるのだ」


「一ページだって書き上がったところを見たことがない。お前、詐欺師の才能があるよ」


「なんだと」


 すったもんだの末、友情にあつい私は炭十郎の申し出を快く引き受けた。炭十郎が日当を払う気があるとさっさと言っていれば、もっと気分良く引き受けられただろう。


 夜通し話をするなどということをして、さらに私に日当まで払うというのだから、大変な金がかかることだろう。炭十郎の金の出所がいったいどこなのか、さっぱりわからない。


 噂だけなら色々ある。夫に先立たれた資産家の老婦人を霊感があるといってたらしこみ、夫の霊を呼び出して金を取っているのだろうとか、死人からきいた情報を使い、後ろ暗いところのある金持ちにゆすりたかりをしているのだろう、とか。


 私にもそのような収入源ができぬものか。


 そんなことを考えていると夜になった。私は昼間に寝ておいて、電話のかかってくるのを待った。零時を過ぎ、そろそろかかってくるかと思ったが、かかってこない。さすがに二時間前は早すぎたかと思っていたが、一時になってもかかってこない。


 奴め、ギリギリにかける気か。霊をなめくさったやつだ。ところが一時半になってもやつは電話をかけてこないから、私は不安になりだした。部屋は不自然なほどしいんとしていた。薄い壁の向こうから、今日だけは何の音も聞こえない。時間がたつのが遅く感じる。


 そして一時五十五分になっても電話はかかってこなかった。私は意を決して、自分から炭十郎にかけることにきめた。電話代は惜しいが、死なれては寝覚めが悪い。


 電話帳から炭十郎の番号を見つけ、ダイヤルする。その瞬間、私はなぜ電話がかかってこなかったのか、電撃的に理解した。


 料金未納だ。


 水道代にも事欠く生活をしていた私だ。携帯代などというものは、滞納に滞納を重ねているに決まっている。そして今日、ついに回線を止められた、と、こういうわけらしい。


 ああ、人の命がかかっているというのに、電話会社の人間は、なんと薄情なのか。いったいどんな間抜けが、まさか今日の今日、電話を止めようなどということを思いついたのか。よほどの大馬鹿者でなければ、底抜けの外道に違いない。


 私はすぐさま部屋を飛び出し、公衆電話を探した。だが、このご時世、公衆電話などというものがどこにあったか、なかなか思い出せるものではない。あちこち探し回り、ついに駅の近くで公衆電話を見つけた時には、午前二時二十分になっていた。


 十円玉を入れてボタンを押し、丑三つ時は午前二時半だからまだ早かろう、出てくれ、出てくれ、と念じていると、呼び出し音が途切れる。私は叫んだ。


「おい、炭十郎か」


「もう遅い」


 炭十郎でない声が言い、電話が切れた。




                    3




 その後しばらく、自分も呪われたのではないかと怯えていたが、結局特に何もなかった。


 電話のルールに律儀な霊であるから、携帯の料金が未納なのを知って諦めたのであろう。


 実に幸運だった。


 日頃の行いのたまものだ。




                    了

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