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【4】血溜まり(JOE)

「イィイイイイイイハアアアアア!!」

「ヒッヒヒヒヒヒヒ!!」

「ウォォォォォ!!」

 夜の街を、魔導バイクに乗った三人組の男たちが傍若無人に駆けていく。

「ひぎゃっ!?」

 耳の遠い年老いた浮浪者が、接近に気付かずはね飛ばされて即死した。止めようとした巡回の警官は、男たちの1人が超振動ソードをすれ違いざまに振るったことにより血煙と化す。

 三人目は金装飾ブレスレット型の魔力増幅器で上級火炎魔法を商店に向かい放ち、焼け出された店主が子供がまだ中にいることに気付き泣き叫ぶのを背に走り去っていく。

 狼藉を受けた市民たちの顔には、もはや怒りも悲しみも浮かばない。襲撃者の正体は召喚者血族……かつてここではないどこかから呼び出され、この世界を救った英雄たちの末裔である。

 しかし長き時を経て一族の崇高な理念は薄れ、一部は貴族制度の解体されたこの国において地位・財産・超テクノロジーを手に専横を行う現代の圧制者となり下がっていた。

 この男たちもまた、領地を暴走し民草を狩る邪悪なスポーツハンターであった。

 3台の魔導バイクは破壊と殺戮を尽くした結果、町外れに出た。

「足りねぇ」

 鋲打ちベストを着た召喚者血族のひとりが、人差し指からライターめいて火炎を吹かしながら呟く。

「つーか、飽きた」

 ソリッドに突っ立ったモヒカンヘアーの男も、超振動ソードをゆらゆらと振って不満をこぼす。

「そうだなぁ、じゃあベルセスタで『走る』か」

 鋲打ちベストの男とモヒカン男より上等な魔導バイクに乗った男は、長い金髪を夜風にたなびかせながら遠くに見えるきらびやかなネオンの光を顎で示す。

 むろんただ走るのではない。彼らの親の領地内にある隣町を、先程と同じように荒らしまわるつもりであった。

 リーダー格の呼びかけに、子分二人は魔導バイクのエンジンを空吹かしして答える。


「ウギャアアアア!?」

 その時、鋲打ちベスト男が頭頂部から腰まで輪切りにされていた。

 残された下半身はバイクの重みを支えきれず、血肉の水たまりにバイクともども倒れ込む。

「ッ……!」

「なっ!? 何だぁ!!?」

 食事に来た魔獣か、領地目当ての魔族か? リーダー格の金髪は姿なき襲撃者を炙り出すためにバイクから取り出したショットガンを撃ち鳴らすが、モヒカン頭はというと混乱から超振動ソードを闇雲に振り回すのみである。

「ぶげぇ!!」

 今度は、モヒカン頭の胸に大穴が開いていた。そのままごぼりと血を吐き、バイクから落車して絶命する。

「ふん……クズらしい無様な死に様だ」

 そう言って現れたのは、30代後半と思われるくたびれた黒コートの男だった。

 両手にはめられた召喚者テクノロジーと思われる機械的な手甲は血で染められており、これが仲間を惨殺した凶器だと金髪は一目で見て取った。

「てめぇ、反召喚者結社の犬だな!?」

 竹馬の友の無残な亡骸を見て、金髪の転生者血族は怒りに身を震わせると黒コートの男を睨みつけた。

 自分たちの先祖が血のにじむ努力で掴み取った平和と繁栄を享受しておきながら、その恩を忘れたかのように自分たちを害する愚かな原住民どもの結社……そんな奴の遣わしたヒットマンに愛すべき友たちが殺された事実は、彼の心を激しく燃やした。

「なるほど、その手甲の召喚者テクノロジーで姿を消し、俺のダチをコソコソ暗殺したって訳だ」

「ご想像にお任せするぜ」

(すかした野郎だ……)

 金髪の男は無表情に答える黒コートの男に鼻を鳴らし、己の髪をかき上げ額を見せる。そこには燃えるように赤い宝石が埋め込まれていた。

「だがこの星5レリックには無駄だ! こいつはあらゆる打撃・斬撃・魔術に呪術から所持者を守る加護を持つ。無理やり剥がそうとすれば石に封じられた魔獣の呪いが魂を砕く! てめえのレリックのエネルギー切れで姿が見えたところをゆっくり嬲り殺しって寸法だぜェー!!」

「そうかい」

 勝ち誇る金髪をよそに、黒コートの男はあっさり返す。

 その時、風が止まった。

 その時、鳥の鳴き声がやんだ。

 時の流れが、止まった。

(なッ……!?)

 金髪はモノクロと化した周囲に慌てふためく。本能的な危険を感じ反射的にここから逃げ出そうとするが……指一本も動かない。かろうじて視線を左右に動かすのが関の山であった。

「ほう、意識を保っているとはな。星5のレリックだなんて吹かしだと思っていたが、お前さん相当親に愛されていたらしい」

 灰色の空間の中で、黒コートの男が言う。

「だが『高速化』の完全な耐性まではなかったらしいな……当たり前か、そんなもの田舎議員のドラ息子が持ってるわけもあるまい」

 金髪の男は、恐怖で押しつぶされそうになりながらせめてもの希望を見出そうとする。

 時間操作に耐えられなかったとしても、額の宝石には最高級の耐性がある。耐え続けていれば自分の不在を不審に思った父が助けを呼んでくれるはずだ。

「しかし、取り外せば呪いとは厄介だな」

 黒コートの男は、軽く手を振る。すると手甲から血糊のついた刃が飛び出した。

「まぁいい、死ぬまでやるだけだ」

 召喚者血族の男は、生まれかけた希望がぷつりと途絶えるのを感じていた。この黒コートは「やる」男だ。

 宝石の加護で自分はそう簡単には死なない。いや、死ねない。

「何だ、泣いているのか」

 金髪の腕を手に取った黒コートの男は、金髪が涙を流しているのに気がつく。

「だが……もう遅い」

 しかし、何事もなかったかのようにそのまま刃を振り下ろした。



「うっげえ!」

 黒コートの男が起こした惨劇の翌日。首都の警察庁にある一室で、若い刑事が吐き捨てるように叫んだ。

「どうせ反召喚のやつらの仕業でしょう? バラバラ死体ってレベルじゃないですよこれ、引くなあ!」

 若い刑事が手にしているのは、金髪・モヒカン・鋲ベストの死体を魔導カメラで写した現場写真であった。

「ま、随分好き勝手してたらしいからな。治安維持で飯食ってる者としては失格かもしれんが、殺されても仕方のない連中だと俺は思うがね」

 上司と思われる中年の刑事が、別の事件の記録を見ながら言う。

「そうは言いますけどね、奴等だってロクなもんじゃないですよ。この間のテロなんて、召喚者血族よりそれ以外の犠牲者の方が多かったじゃないですか」

 こちらに回り込んでくる部下の言葉に、中年刑事は眉をハの字にする。

「まぁな……俺がガキの頃は、反召喚は弱きを助け強きをくじく義賊だった。それが今じゃあこれだ」

「そんなヒーローみたいなの、お芝居の中の存在ですよ」

 ジェネレーションギャップにため息をつく若い刑事は、上司の見ていた資料に目が行った。

「それ、この間の社長殺しのですよね。こっちは先月の陸軍士官殺しで、そっちは医者殺し」

「ああ。だいたい目星が付いたんでな……留守番頼んだ」

「ちょっ、待ってくださいよぉ!」

 帽子とコートを取って刑事部屋を後にする中年刑事に、若手刑事はあわてて続いた。


 フランシスコ・セスタという男の半生は、この国においてありふれたものだった。

 この世界の「原住民族」……つまり召喚者の血を引いていない農民の子であったフランシスコは、召喚者血族の搾取によって両親を過労と流行り病で失った。

 土地を売って工場労働者を始め唯一の肉親である妹にだけは高等教育を受けさせてやろうとした矢先、妹は言い寄ってきた召喚者血族の男を拒んでなぶり殺しにされた。

 警察は下手人を捕らえるどころか妹の死を事故として済ませた。フランシスコは絶望し、あてどもなく街をさまよっていたところを反召喚者結社「黒鷲」に拾われた。

 厳しい訓練を経て黒鷲のヒットマンになったフランシスコだが、彼の才能は非凡だった。

 召喚者レリックと総称される英雄たちが残した超常的魔導具のうち、彼は「高速化」のガントレット……使用者以外の周囲に流れる時間を高速化させ、周囲が観測できないほどのスピードで動くことのできる異能を与えるアイテムを使いこなす適性があった。

 召喚者レリックは魔術の才能や神の寵愛を持たぬものでも強力な能力を発揮できる半面、強力であればあるほど使用者を選ぶ。フランシスコの出現により、結社「黒鷲」は宝の持ち腐れだった手甲を最強の武具として運用できるようになったのである。

「ん?」

 首都の下町に工房を構える魔導具職人のマックは、誰かのノックに気付き覗き窓を見た。

「あいつか……」

 見知った黒コートに痩せた体を見て、マックは表情を険しくするとドアを開く。

「よお、マック。俺の『相棒』を診てもらいたいんだ」

 そう言って黒コートの男……フランシスコはズダ袋を差し出す。

「何で戻って来た……お前ほどの稼ぎなら南で遊んで暮らすこともできただろ」

「よしてくれ、隠居するには若すぎる」

 フランシスコの反論に、マックはカッとなるとその肩を掴んだ。

「そうだ若すぎるッ、だがそのツラは何だ!! 俺より5つも下のお前が、レリックの副作用でまるで40のオヤジじゃないか!!」

 衝動的に叫んだところでマックはハッとし、フランシスコの肩から手を放す。

「……とにかく、もう足を洗え。このままじゃレリックに殺されるか仕事でしくじって終わりだ」

 しかし、フランシスコは首を横に振る。

「そいつは無理な相談だ。俺は一人でも多く殺さなきゃいけないのさ……妹を殺したような連中を、な。だから整備頼んだぜ」

 そう言って、フランシスコはガントレットの入ったズダ袋をマックに押し付け工房を出ていく。

「フランシスコ……」

 マックは、咳き込みながら去っていく黒コートの背中を見ていることしかできなかった。


「ボス、クロムの旦那が殺られたそうじゃないですか」

 山中にある古びた山小屋で、猿めいた人相の悪い男が話を切り出した。

「その次はマックソン大尉、さらにその次はピーヴァー先生……こんなの偶然じゃねえ。次は」

「黙れ!!」

 おろおろと言葉を紡ぐ男を、向かいに座る岩のような大男が一喝した。

「貴様も黒鷲の一員ならこの程度で狼狽えるな!」

「は、はい……」

 しかし、猿顔の男がすごすごと引き下がった一方でボスと呼ばれた男も顔に明らかな狼狽を浮かべていた。彼はそれを見られないよう後ろを向く。


「かひゅっ」


 向いて、空気の抜けたような声を聞いた。思わず大男は振り返り、そして首から血を流す部下の死体を目にして。


「ぐぶっ」


 山小屋を、死の風が駆け抜けた。


「またあなた方ですか」

 山小屋の惨劇から数日後。首都郊外に別荘を構える富豪は、ここ毎日訪ねてくる二人組の刑事に不快感を滲ませ言った。

「反召喚者結社『黒鷲』の主催であるウォールソン氏が何者かに殺害されたと通報がありました」

 しかし年かさの刑事は構わずに言葉を切り出す。

「貿易会社社長のクロム氏、陸軍のマックソン大尉、医師のピーヴァー氏……ここひと月で殺害された被害者は皆『黒鷲』の主要なメンバーでした。黒鷲にとっては家の四隅の柱が切り倒されるも同然、ここまできて偶然とは言えないでしょう」

 ねっとりと中年刑事は揺さぶりをかけるが、富豪は凪のような相貌を崩さない。

「そしてひと月前と言えばエドワードさん、あなたの娘さんが黒鷲の構成員に殺害されている」

 富豪エドワード氏の凪の風貌に、にわかに波紋が起きた。

「その通りです。娘は犯罪被害者や遺族への募金を募るボランティアに従事していました。一部の召喚者血族による犯罪で両親を失った子供たちが大半でした……なのに奴らは、召喚者血族ではなく娘を虫けらのように殺したのです」

 ふつふつと感情の波が上がるのが、隣で話を聞いていた若手刑事にも見て取れた。

「ときにエドワードさん、あなたは『牙』という暗殺者を知っていますか」

 ふと投げ込まれた話題に、若手刑事は出かかった驚きの声を飲み込んだ。

(牙……? 何故警部は突然牙の話を?)

 それは、猛威を振るう召喚者血族とテロを起こす反血族結社で国が騒然とする中で警察関係者や裏社会の中で語られだしたお伽噺であった。

 誰とは問わず世を乱し民草が泣きを見る者の前に現れて、どれだけ強大であろうと誅殺する暗殺者。その太刀筋が獣の牙の如く鋭いことからいつからかそれは「牙」と呼ばれていた。

 しかし、魔族、亜人、人間、悪徳政治家に犯罪集団、不良召喚者血族……その対象が単独犯にしてはあまりに多岐に渡り、なおかつ強大なことから暴虐に喘ぐ人々が複数の殺し屋による殺人を架空の英雄に仮託した作り話だと思われていた。

「殺害された黒鷲首脳陣だって馬鹿じゃない、自分を殺したいほど恨んでいる者はいると自覚していました。金に飽かせた魔導機械兵や5000人の部下、最高級の魔導具に世が世なら英雄になれたほどの武勇……しかしどれも彼らの命を守ることはできなかった。剣ではあれだけの綺麗な切断はできない、魔術ならできるにはできるが現場に魔力反応はない。これは『牙』の手口です」

 朗々と語る中年刑事を、富豪は凪を取り戻した目で見ている。

「再びお聞きしましょう、エドワードさん。『牙』を知っていますか」

「もちろんです。しかしそれはお伽噺として、ですがね」

「先々週、あなたの屋敷から通信先不明・内容不明の魔導通信がなされていますね。お相手は?」

「答える必要を感じませんな」

 エドワードには、もう感情のゆらぎは感じられなかった。

「それでは最後に一つだけお聞きします。首脳を失った黒鷲はもう解散を免れないでしょう。もう血は流れないと思ってよろしいでしょうか?」

 中年刑事の問いかけに、エドワード氏は少しの間黙り込んだ。

「いえ、一人だけ死すべき者がいます。娘の命を奪った刺客さえ斃れれば、平和は戻るでしょう」

 その告白に若手刑事は眉をひそめ、何か言おうとした。

 しかし中年刑事はふーむと呟くとエドワードに一礼する。

「わかりました、失礼いたします」

 そしてそのまま、客間から去っていく。

「いいんですか、あれじゃあ復讐を行うって言ってるようなものですよ」

 帰路、若手刑事は上司を咎める。しかし中年刑事は観念したかのように首を振った。

「やめとけ、やめとけ……俺は精神病院に入れられたくない」


「フランシスコ、大変だ! お前のところのボスが殺られた!」

 その数日後。修理されたガントレットの受け取りに工房を訪れたフランシスコを出迎えたのは、新聞片手ズダ袋片手に慌てふためくマックであった。

「らしいな」

 そう答えるフランシスコに、往時の平静さはない。しかし彼の顔に浮かぶのはマックのような恐れではなく苛立ちであった。

「フランシスコ、もうこんな稼業は止めるんだ! こないだ殺された黒鷲のお歴々に今回のボス……みんなあの殺しに関わってる。今度殺られるのはお前だ!」

 「あの殺し」という言葉に、フランシスコの目元がピクリと動いた。

「俺はあんたに数えきれない恩がある。あんたがガントレットの整備を俺に一任してくれたから親父の葬式だってあげられた。恩返しと言っちゃなんだが、俺のコネと技術があればあんたを高飛びさせてやれる。だからこんな稼業」

「ふざけるんじゃねえ! 黒鷲を潰しに来たってことは仲間を殺された血族の奴等の差し金に決まってらあ、あんな連中の犬はこの手で始末しなけりゃ気が済まねえ!」

「警察も黒鷲も尻尾を掴めないような奴だぞ!? 返り討ちに遭うのがオチだ!」

 互いが互いの信念にもとり言葉をぶつけ合う。刻一刻と彼らの言い争いはヒートアップしていた。

「返り討ちだと!? お前は俺の腕を見ていないからそんな事が言えるんだ!」

「腕!? 罪もない娘っ子を殺すような腕のことか!?」

 そこまで言って、マックはハッとして口を押さえる。フランシスコの顔からは怒りが引き始めていた。代わりに、だらりと汗が流れ始めていた。

「すまない、そんなつもりじゃ……!」

 フランシスコは何も言わなかった。カウンターに財布に入っていた紙幣を全て置くと、ズダ袋をひったくりそのまま工房を出ていった。


(畜生……!)

 フランシスコは、マックの言う「あの殺し」……一ヶ月前に請け負った仕事のことを思い出していた。

 そもそも、頼まれたのは殺しではない。血族犯罪遺族のための募金活動において中核となっている富豪エドワード氏の令嬢を脅し、募金活動をやめさせるのが目的だった。

 血族犯罪遺族が募金や慈善活動で救われるのは、黒鷲にとって都合が悪かった。

 血族犯罪の被害者は、哀れなままでいてもらわなければ困るのだ。

 彼らを取り巻く人々は、彼らの苦しむ声に耳を貸さない無知蒙昧で傲慢な者たちでいてもらわなければ困るのだ。

 なぜならそうでなければ黒鷲を始めとした反召喚者血族結社は大義名分を失い……ただの暴徒としか見られなくなるのだから。


― なぜ活動をやめない、何度も『警告』したはずだぞ ―

 路地裏を歩いていた令嬢の肩を掴み、フランシスコは凄んだ。

― そう、あの脅迫は貴方だったのね…… ―

 冷や汗をかきながらも、令嬢は気丈にフランシスコを睨み返していた。

― 私の信念にかけて、あの子どもたちのために戦うと私は決めました。どんなに脅しても私は活動をやめません! ―

 令嬢の瞳に映る信念の輝きに、フランシスコは見せかけではない力を感じていた。同時に「持つ者」の豊かさを感じていた。

― さあ、放してください! さもなければ人を呼びます! ―

 フランシスコは慌てた。彼だって傍若無人な召喚者血族ならともかくただ善行を積む人間に手荒な真似はしたくない。しかしもうそんな事は言ってられない。

― やめろッ! ―

 フランシスコは男の腕力で令嬢を羽交い締めにし、口を塞いだ。

― 痛ッ……! ―

 しかし令嬢も死にもの狂いでフランシスコの手に噛みつき、怯んだ隙に逃げ出した。

― 誰かーっ!! ―

― おい、やめろ! ―

 令嬢は表通りに向かって走る。手荒なことはしたくない。しかしこのままでは自分も黒鷲も破滅だとフランシスコは焦る。

― ギッ!! ―

 時間加速により一瞬で距離を詰めたフランシスコによって、令嬢は背中を袈裟がけに斬られ倒れた。

どくどくと血が流れ、血溜まりの中の彼女はもう動かなかった。


(手荒なことは……したくなかったんだ……!!)

 マックの工房を飛び出したフランシスコは、行くあてもなく下町を駆けるうちに裏道にたどり着いていた。

 その風景は、まるで一ヶ月前のあのときのようで……

「誰だ!?」

 フランシスコは、道の向こうに小さな人影が立っているのに気がついた。

 生前の妹よりも幼いであろう10代前半に見える体躯、実用性より装飾性を重視した黒いドレスに白く細い四肢。僅かな視線の動きにさえ気づかなければ、変態趣味の貴族の家に置いてある等身大の人形と見間違えそうな少女だった。

「……」

 すっと少女は懐から何かを取り出しフランシスコに見せつける。

 赤黒く変色した血で彩られた、翼を広げる鷲の勲章……黒鷲の首脳陣の証であった。

「そうかッ、てめぇがボス達を!!」

 フランシスコは即座にガントレットの能力を使用し、周囲の時間を灰色の停滞に変える。子供とて油断はできない……5歳の子供ですら最高レアの召喚者レリックを使えば訓練された兵士を手も触れず皆殺しにするのだ。

(悪いが、俺は死ぬわけにはいかねえんだ。生き延びて、血族の野郎どもを一人でも多くぶっ殺す!)

 ガントレットからブレードを展開して、フランシスコは黒衣の少女に斬りかかる。

 時間を止められた少女は微動だにしない。このまま何が起きたのかも分からずにあの世へ行くだろう。

「はぁーっ!!」

 フランシスコはブレードを振りかぶる。

「は……?」

 そして、その足を止めた。

「な……何故……!?」

 少女の右手がすらりと伸び、貫手の形に作られた指先が槍めいてフランシスコの腹を貫いていた。

「時間操作のために空間に散布される魔力を、私の放つ魔力で中和したの」

 フランシスコの命の灯がゆらぎ、灰色の世界が色彩を取り戻す中で少女が初めて口を開いた。

「それでも右腕ひとつ動かすのが関の山だったけれど……ね」

「め、メチャクチャだぜ……」

 死ぬまで殴れば神だって殺せる、なんて言っているのと変わらない事を平然と言う少女に、フランシスコは笑うしかなかった。

 少女はそのまま右手を引き抜き、フランシスコはそこから吹き出した血溜まりに倒れ込む。

 目がかすみ、去っていく少女の足音も聞こえなくなっていく。フランシスコの脳裏に、家族四人楽しかった頃の思い出が浮かんできた。しかし父は死に、母も死に。そして……

(レミィ……!)

 森の中に打ち捨てられた妹の亡骸が脳裏に浮かぶ。あの時から自分は復讐を誓ったのだ。そう思ったとき、森は路地裏へと変わった。妹の亡骸は、令嬢の亡骸へと変わった。

(そうか……俺は『遅すぎた』んだ……!)

 走馬灯の色彩は、ゆっくりと失われていく。彼一人しかいない路地裏でフランシスコは最期まで夢を見るのであった。

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