7話 スタート
「ようこそ、いらっしゃいました。ホノルアリーナの参加希望でございますか?」
どうやら、今回ぼくが参加する大会はホノルアリーナというらしい。
あれから、見慣れない建物や、お店に眼を奪われながら歩いていると、あっという間に大会の受付場へと辿り着いていた。
ただ、ラピスちゃんにとっては長い距離だったようで受付場の入り口で休憩をしてから、現在受付のお姉さんと話すに至っている。
受付のお姉さんの前では平然とした表情を見せているラピスちゃんだが、さっきまでの疲弊しきった表情を側で見ていたぼくとしてはこの先の旅路が不安で仕方がない。
「この男が参加するわ」
「かしこまりました。それではこちらの紙に必要事項をご記入ください」
「この男は田舎から出てきたばかりで難しいことは分からないから、私が代理で書いてもいいかしら?」
「なるほど、そうでしたか。そう言うことでしたら構いませんよ」
そう言ってラピスちゃんはぼくの代わりに記入を始める。試しに紙の内容を覗いてみたけれど、たくさんの字が並んでいて頭が痛くなりそうだった。
読めないことはないけれど、書くには相当な時間がかかりそうだった。しばらくしてから、ラピスちゃんが記入を終えた紙を受付のお姉さんに渡す。それを受付のお姉さんが確認してから。
「ラズリ様でございますね。ホノルアリーナへの参加を許可させていただきます。それでは大会の説明をさせていただきますがよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いするわ」
「かしこまりました。この大会は予選を三日間、本戦を二日間の計五日間で行われます。予選はA、B、C、D、E、F、G、Hの八つのブロックに分かれ、1日目は、A、B、Cブロック、二日目はD、E、Fブロック、三日目はG 、Hブロックの予選が行われ、一つのブロックにつき、二名までが予選を通過することができ、本戦では八つのブロックから勝ち抜いた十六人がトーナメント戦で戦うことになります。武器の持ち込みは自由。どちらかが戦闘不能になるか、どちらかが降参と審判に申し出ると試合終了となります。なお、試合の続行が危険だと審判が判断した場合も試合終了となることもありますのでご了承ください。当然ではありますが、相手を殺してしまうと強制的に失格とさせていただきます。簡単な説明は以上になります。何か質問はありますでしょうか?」
「ないわ」
ラピスちゃんの返答に受付のお姉さんが微笑んで頷く。
「それでは最後にこの水晶を受け取ってください」
受付のお姉さんが小さな水晶をぼくに手渡してくる。その水晶をじっと眺めてみるけれどこの水晶がどういう意味を持つのかはよく分からなかった。無事を願うお守りか何かだろうか?
「それはコネクトと呼ばれる水晶でそれを持っていれば、ラズリ様の参加ブロック、日時、その他知りたい詳細などを知る事ができます。どんなふうに知れるかは実際に体験してからのお楽しみです。後はラズリ様がその水晶に念じればこの場所に転移することも可能です。しかし、大会が終われば自動的にこちら側で回収されますのでご注意ください」
淡々と水晶についての説明をして、受付のお姉さんがぼくにお辞儀をする。
「それではラズリ様のご活躍とご健闘を心よりお祈りしています」
「あ、ありがとうございます」
受付のお姉さんが優しい笑顔を返してくれたところで、ぼくたちは受付場を後にした。
「さてと、受付は済んだから、これでひとまずは安心ね。今日はたくさん歩いて疲れたわ。そこらへんの宿屋にでも泊まって体を休めましょ?」
「そうだね。ぼくも慣れない環境で少し疲れたよ」
疲れたのはあの異質にして異端にして異常な雰囲気を放つ二人の殺気があまりにも強かったせいだが。あの二人が大会に参加していないことを願うしかない。
そんなことを考えていると、突然、受付のお姉さんがコネクトと呼んでいた水晶が光り出した。
「ラピスちゃん、何だかこの水晶が光だしたんだけれど」
「あら? もう決まったの。割と早かったわね」
ラピスちゃんは特に驚くこともなく、ぼくの方に近づいてくる。すると、何もないところから、いきなり文字が表示された。その文字をラピスちゃんが覗き込んできてじっと眺めている。ぼくもその表示された文字に視線をやり、上から順に読んでいく。
選手;ラズリ
戦闘日時:四月十日 十時開始
Aブロック 場所Aブロック会場
と書かれていた。
「これって…………」
「うん、どうやら、ラズリが戦うのは明日みたいね」
どっと、緊張が押し寄せてくる。
「ん? ふーん。このコネクトっていうの他の選手の名前とか出場ブロックも見られるのね。ラズリのAブロックは聞いたことのない名前の人ばかりね」
ラピスちゃんが映し出された文字の部分を指で横になぞると、別の文字が映し出されていく。ぼくはその映し出される文字を眺めていく。そこである名前が目に映ってぼくは思わず声を漏らした。
「あっ」
「ん? どうかしたの? 何か気になる名前でもあった?」
「あ、いや、このアナコンダ・マサヨシっていう名前強そうだなーと思って」
「確かに珍しい名前ね。一体どんな人物なのかしら?」
本当のことをいえば、ぼくが気になった名前はアナコンダ・マサヨシという人物の名前ではない。その下に表示されていた名前。
デンファレ・リアーゼ。おそらくぼくが街中で見た人物と同一人物。長い白髪のウエディングドレス姿の女。
ぼくの願いはどうやら届かなかったらしい。大会のルール場死ぬことはないにしても、やはり警戒してしまう。とは言っても、この表示を見る限り彼女はDブロックのようだし、本戦に互いが勝ち上がって来ない限り当たることはない。
そんなことはほぼ不可能に近いのだから不安に感じる必要なんてない。ぼくの第一目標はデンファレという女を倒すことじゃない。Aブロックを勝ち抜くことだ。
「それにしても、この大会の出場者の中に見た感じ、十一世界はいないみたいね。偽名を使って参加しているということも考えられなくはないけれど、世界にとっての脅威とも呼ばれる奴らがそんな隠れるような真似をするとも思えないし、まあ、ラズリの実力も分からないまま、十一世界と戦うのも無謀ってものよね。焦らずいくしかないわね」
ラピスちゃんの言葉でぼくはもう一度じっくりと文字を見ていく。ラピスちゃんの言った通り、十一世界の名前は見当たらなかった。そして、どうやらミクロと呼ばれていたあの子供の名前も見当たらなかった。しかし、こちらは十一世界と違って偽名を使っているケースも考えられる訳だが。
「確かにいないみたいだね。ぼくは十一世界の実力を知っているわけじゃないから、ぼくと十一世界の間にどれほどの力量があるのかは分からないけれど」
「私だって十一世界について知っていることはほとんどないわ。だから、明日はラズリが試合をしている間にこの街でできる限りの情報を集めておくことにするわ」
「え? ラピスちゃんはぼくの応援をしてくれるんじゃないの?」
「あら? ラズリったら私に応援して欲しかったの? 大丈夫よ。本戦の応援はちゃんとするから」
ぼくが予選を通過することを前提に話されても困るのだが。
「約束。絶対に優勝すること。もしも、優勝する事ができたら、その時は私はあなたを愛してもいいわ」
ぼくから視線を逸らして、逃げるように歩き出すラピスちゃん。何だか、顔が赤くなっていた気がするけれど、本当にただの気のせいだろう。だけど、少しは気合を入れて戦ってみるのも悪くないかもしれない。愛されないよりも、愛されていた方が少しはマシ。ぼくが戦う理由はたったそれだけのものだった。
こうして、ホノルアリーナはぼくの中で静かにスタートした。
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