5話 ムートの街までの道中
ムートの街に行くまでの道中、ラピスちゃんはぼくに担がれながらそんなことを言った。どうやら、本当に自分で歩くつもりはないらしい。
「それはどういう意味かな?」
「ただ世界が見てみたいからって理由だけじゃないんでしょう? それが理由だとしたら、もっと楽しそうにする物じゃないのかしら? 今まで一緒にいたユリと別れてまで旅をする動機とはとても思えないわ」
「本当のことを言っても良いなら言うけど……」
「それを言いなさいって言ってるのよ」
「はあ……一目惚れだよ。ぼくは君のことが好きになってしまったんだよ」
信頼を得るためにぼくが絞り出した答えだったのだが、どうやら間違っていたらしく。
「なっ……きゅ、急に何言ってるのよ! バカじゃないの!?」
背中越しからラピスちゃんがぼくの頭を叩く。両手がラピスちゃんを担いでいることで塞がっており、自由が利かないため、ぼくは仕方なしに大人しく叩かれる。
「君が言えって言ったんだろ?」
「そんな言葉が返ってくるとは思わないじゃない」
「嘘をつくのはよくないだろ? だからさ、いつかでいい。君の本当の理由も聞かせてよね」
と、言ったはいいものの、ぼくもさっき嘘をついたばかりだけれど。しかし、本当の理由なんてぼくには最初から存在しないのだ。人を助けるのに理由がいらないのと同様に、世界を救うことにも理由はいらない。それほどまでにぼくにはなにもない。ぼくはともかくとして、問題はラピスちゃんの方だ。ラピスちゃんの心の奥底には世界を救いたいなんて感情は一切見受けられない。むしろ世界を憎んでいるかのような心に潜む闇。もしかするとぼくが彼女についていこうと決心したのはそれが原因なのかもしれない。ただ単純に放っておけなかったから、ぼくは自分のことをもっと冷たい人間だと思っていたのだけれど、意外と情が深い節があるのかもしれない。
「何だ、分かっていたのね。それは……もう少しあなたのことを知ってからでも構わないかしら?」
「うん、いいよ」
ぼくは今追求することに意味はないと思い、すぐに話題を切った。
「あっそういえば大会に参加する前に言っておくことがあったわ。ただ大会で優勝するだけじゃあまり実力が分からないものね。ラズリ利き腕はどっち?」
唐突にラピスちゃんがそんなことを尋ねてくる。
「え? 右だけど……」
ぼくは急な質問に正直に答える。
「分かったわ! じゃあ、大会では左手を使わずに優勝してみなさい! あとはそうね、傷を作るのもダメよ。念のため利き腕は使えるようにしたんだから感謝しなさい」
「…………」
「あのラピスちゃん……」
「どうかしたの?」
ユリちゃんとの会話の内容を教えようと思ったけれど、と言うかぼくがユリちゃんと交わした右腕を使わずに戦うという話をなかったことにすればいいだけの話だが、女の子との約束は守るべきだ。ぼくは出かけた言葉を飲み込んだ。
「いや、ううん。何でもないよ」
「もしも、大会に十一世界が参加してきたらどうするの?」
相手が十一世界ともなると流石に両手を使わずに戦うというのはなしだろうと思い、念のために質問してみる。
「その可能性は考えにくいけれど、流石に十一世界相手なら左手を使ってもいいわよ」
許可は下りたのでユリちゃんとの約束を取り消せば両手を使うことは可能となるようだ。
「ぼくが相当弱くて全く勝ち抜くことが出来なかった場合は?」
ぼくはあまり外の世界で戦ったことがないため、自分が世界的にみてどれほどの強さになるのかを知らない。一応、ユリちゃんから戦いの術を教わってはいるけれど、それがどれほど通用するかも分からない。
「その時は強くなってもらうしかないわね。とりあえず、その大会は相当の人気を誇っていて頻繁に開かれているから、優勝するまではその大会に参加してもらおうかしら? 安心しなさい。殺すと失格になるから殺される心配はないわ」
近いうちに、十一世界と殺し合いになるのだから、別に命の危険の心配はしていなかったけれど、経験を積むにはどうやら最適の場所らしい。
「そう言えば、賞金が出るって言っていたよね。優勝すればどれぐらいの賞金がもらえるの?」
お金にそこまでの執着があるわけではないが、貰えるというのなら、知っておいて損はない。
「あら、意外と優勝する気満々ね。そうねー、確か、百万クリスタルだったかしら?」
「それって多い方なの?」
「うーん、普通かしら? でも百万もあればしばらくはお金には困らないはずよ。その大会の参加者はどちらかと言うと、お金よりも名誉を欲している人が多いから、あまりお金のことを気にしている人はいないみたいね」
「名誉か。ぼくにはあまり必要のないものだな」
「あまりそう言うのに興味がなさそうだものね。それなら優勝してもラズリに得はほとんどないわね。まあ、強い奴と戦えるだけでもいい経験にはなるんじゃないかしら」
強いやつか。一体どんなのが参加してくるんだろ。ぼくは呑気にそんなことを考えながら歩く。
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