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1話 謎だらけの少女

重くて苦しい。だけど、どこか温かい感覚がしてぼくは目を開く。そこにはすうすうと可愛らしい寝息をたてながら、ぼくの胸の辺りで眠る見慣れた少女の姿があった。ぼくは少女をぼくの上から退かして上体を起こす。少女はベッドから落ちて、床に激突した。その際に何やらきゃいんという変な悲鳴を上げる少女。そして、すぐに立ち上がってきて、ぼくを睨んでくる。


「痛いよラズリ君! いきなりベッドから突き落とすのはひどいよ! 寝てたら突然身体中に痛みが襲ってきたんだよ! びっくりだよ」


「おはよう。ユリちゃん。朝から元気だね」


 何だか恐ろしい夢を見た気がするけれど、ユリちゃんを見ていると、そんなことはどうでもいいことに思えてくるから不思議だ。それはユリちゃんが死とは遠いところにいる存在だからなのかもしれなかった。しかし、見方や考え方によっては死に最も近い存在とも言えるかもしれない。


「元気とかじゃなくて、私は怒ってるんだよ! 世界を滅ぼしそうな勢いだよ!」


「ユリちゃんの感情一つで世界が滅ぶなんてたまったもんじゃないよ。それに君にはそこまでの力はないだろ」


 いや、もしかすると、ユリちゃんの特異性からすればそれはそう不可能な話ではないのかもしれない。ユリちゃんの特異性。それは死なないということ。業火の炎に焼かれても、身体をバラバラにされても、心臓を何万回刺されようとも死なない。死ねない。死なないということはほぼ無敵に近い。だから、ユリちゃんがその気になればいつか世界を滅ぼすということも可能かもしれない。だけど、ぼくはユリちゃんがそんなことをしないことを知っている。なぜなら、ユリちゃんの優しさは狂気に近いからだ。優しさと呼んでいいものなのかも分からない。ただ、ユリちゃんには何もないだけかもしれない。実際にユリちゃんは今も怒っていると言葉にはしているが、その表情は笑顔そのものなのだ。全く怒っているような雰囲気を感じられない。


「甘いね! 甘々だよ! えっとね、今、目に見えているものが真実とは限らないんだよ、ラズリ君。もしかしたらラズリ君が知らないだけで、私は死なないこと以外にも、世界を滅ぼしかねない力を持っているかもしれないからね。例えば、これは300年ぐらい前の話なんだけどね、以前私が住んでいた村の人たちが、突然私の顔を見るとヒソヒソと話し出すようになったの。私はその時にすぐに閃めいたの! あっこれはみんな私に隠れて私の誕生日を祝う準備をしてくれてるんだってね! だから私は気付いてないフリをして、でも心の中ではワクワクしながら誕生日を待ったの! するとびっくり! 誕生日に私家ごと燃やされちゃいました。今思い返すと、私の誕生日、村の人に言ってないから知るはずなかったんだよねー。だから、誕生日に家が燃やされたのは偶然みたい。でも、これはみんなは悪く無いよね! 誕生日を言っていなかった私が悪い! まあ、こんなふうに目に見えているものが真実とは限らないのです」


 例えが壮大すぎる話だった。というかユリちゃんの実体験だった。でもこの場合の真実には割と辿り着けそうな気がする。これはユリちゃんだから辿り着けなかった真実だ。ユリちゃん警戒心無いからな。おそらく、甘いものをあげるからついておいでとか言われたら、相手が殺人鬼だろうと盗賊だろうとついていくタイプ。きっとユリちゃんは何があっても人を憎めず嫌いになれないのだろう。何をされても、他人を正義に自分を悪に、何が起ころうとも、他人が正しく、自分が間違っていると思う。思ってしまう。ぼくにはユリちゃんの、本人曰く16歳程で成長を終え、衰えることがなくなったという姿、形だけがはっきりと映る。生き続けるとはどういうものなのだろうか。成長しないとはどういうものなのだろうか。そんなことをぼくはよく考えるけれど、結局答えなんて分からないままだ。


「いい教訓になったよ。ありがとう。それじゃ、ぼくはちょっと散歩してくるから」


 ぼくはそう言うと、立ち上がって、出口の方へと向かう。


「え? 私の誕生日聞いていかないの? ねえ私の誕生日。散歩より大事なことがあるって言われたことない? そう、それはユリちゃんの誕生日!」


「言われたことはないし、別に誰かに言われたからってどうもしないよ」


 ぼくはそう言い残してバタンと出口の扉を閉める。すると、中から声が聞こえてきた。


「もう! 冷たいなあ。ラズリ君は。帰ってきたら思いっきり抱き締めてもらわないと。冷たくされたら、ちゃんと温かくして貰わないといけないよね! にゃは、早く帰ってこないかなー」


「…………」


 とても幸せそうだった。本当にユリちゃんのように前向きになれたらどれほど楽だろうかと、ぼくは何も考えたくなんてないのに考えてしまう。ありとあらゆるものをありとあらゆる方向から、視点から考えてしまう。散歩なんていうのは嘘だ。ぼくはただ単にユリちゃんが眩しく見えてしまって、それが苦しかったから逃げたんだ。それが辛かったから逃げたんだ。


「さて、と考えるのはこの辺でやめて行動することを始めよう」


 そう呟いてぼくは歩き出した。確かにユリちゃんが眩しく見えてしまったのは本当のことだけれど、それは別に今日だけに限った話じゃない。だから、ぼくが外に出たのには他にも理由があった。

それは気配だった。ぼくとユリちゃん以外の気配がこの森の中に存在している。とても不確かで、誰かが完全にそこにいるという確証はないけれど、用心しておくに越したことはない。さっきのユリちゃんの話じゃないけれど、いきなり家を燃やされたりしたらたまったものじゃないし。しばらく歩いていると、ぼくの視界には腕を組んで立ったままで、こちらをじっと見ている一人の少女の姿が映った。まるでぼくがここにくるのが分かっていたかのように。まるでぼくがここにくるのを待っていたかのように。それにしてもあり得るはずがないのに、この少女どこかで見たことがあるような。そんなぼくの心情を察してなのか、それとも単なる偶然なのか、少女は顔に悪戯的な笑みを浮かべる。


「ふーん。信用ならない占い師だと思っていたけれど、なるほどねー。試しに人を信じてみるというのも面白いわね」


 少女がぼくにというよりは、独り言のように発した言葉の意味がぼくにはよく分からなかった。そして、一番よく分からないのは少女の姿を見たことがある気がするだけでなく、少女の冷たい、だけどどこか優しい声すらもぼくはどこかで聞いたことがある気がするのだった。考えていても、ぼくの記憶力だけでは答えなんてたどり着けそうもない。だから、ぼくは少女に質問することにする。


「あのさ、ぼくときみ、どこかで会ったことはない?」


 流石に驚かされる質問だったのだろう。少女は紫色の、宝石のように綺麗な目をきょとんとさせている。まさに身に覚えも見覚えもないという感じだった。しかし、少女はすぐに表情を戻して。


「いいえ、初対面よ」


 そう言った。まあ、さっきの表情だけで、ある程度は予想されていた答えだったけれど。それにしてもいきなり警戒心を強めるような質問をしてどうするんだ、ぼく。


「どうしてそんなことを聞くのかしら?」


 これはぼくが先程した質問とは違って、純粋な疑問。当然の疑問。


「さあね、そんなのぼくにだって分からない」


「ふーん、変わってるわね。でも、まあギリギリ合格にしてあげる。これはただ単純に私が他のやつを探すのが面倒ってだけなんだけどね」


「言っている意味はよく分からないけれど、それが君がここを訪れた理由かい?」


 少女の言葉に放り回されてしまっては相手の思う壺だ。ここはあくまで冷静に、あくまで慎重に話を進めるべきだ。もしも、ぼくが失敗してユリちゃんに危険が及ぶようなことがあっては、ぼくは責任を取れない。それではぼくがここまで出向いた意味がない。ユリちゃんが死なない存在だと分かってはいても、極力危険な目には合わせたくない。


「そんなところかしらねー。まあ、そうね。私はあなたに用事があってきたのよ」


「ぼくに? 君のような高貴の人間がぼくのようなどこにでもいるような凡人に何の用かな?」


 少女はいかにもお金持ちが着そうな高価そうなドレスを着ていた。大方、どこかのお城の人間とかだろう。ぼくに用事というのは嘘でユリちゃんを狙いにきたか、それともこの森をどうにかしようという魂胆か?


「そんなに警戒しなくてもいいわよ。っていうか、あなた、とても退屈そうな目をしているわね。人生に世界に退屈しきったようなそんな目をしているのね。あるいは後悔と言った方がより適切なのかしら?」


 予想していたものとは的外れな言葉に拍子抜けする。それにしても全く、いきなり色々と失礼な少女だ。ぼくの目のどこにそんなものを感じさせるものがあるというのか。ぼくはこんなにも人生を楽しんでいるのに、ぼくはこんなにも世界を美しいものだと思っているのに、ぼくは後悔なんてしたことがないのに。それはそれで不気味で奇妙なだけか。どうしてだか、少女の言葉はさっきからぼくの心を歪ませる。


「君はいったいぼくの何を知っているんだ?」

 

 ぼくが問う。


「知らないわよ。あなたのことなんて何も知らないわ。だから、そうね。これからゆっくり、のんびり、だらだらと知っていくことにするわ」


 そう言って、少女はぼくの方に向かって歩いてきた。長い紫色の髪を揺らしながら、綺麗な瞳でぼくの目を見ながら歩いてくる。ぼくはその様子をただただ立ち尽くして茫然と見ていることしかできなかった。少女が、どちらかが手を伸ばせば互いが互いに触れ合える距離にまで近づいたところで立ち止まった。そして少女は口を開いた。


「私があなたの人生をあなたの見ている世界を面白くしてあげるわ」


 その言葉を聞いて、ぼくはまるで鋭利な刃物で心臓を刺されたように苦しくなる。少女の言葉が、少女の声がぼくの胸に深く突き刺さる。しかし、少女はそんなぼくにもお構いなしに言葉を続ける。


「だから、あなたは世界を救いなさい」


 少女は理不尽に、自分勝手に、強欲に、そして悪戯的にそう言うのだった。



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